第19話

 新飼の協力者は誰なのか。それを調べるため、俺と桃乃は図書館へ来た。

 昨日、俺が二階に上がってから降りてくるまでの時間と、桃乃が図書館前に待機していた時間は完全には一致していない。そのズレの時間に協力者が風野宮のバッグに魔法紙を入れ、図書館から出て行ったのなら、俺にも桃乃にも姿を見られていないことになる。

 ただ、その場合でも、あの時間帯に図書館にいた生徒なら協力者を見ている可能性がある。桃乃は図書委員を中心に話を聞いて回り、あの時間帯に図書館を出入りした生徒の把握に努めている。生徒会長という立場であれば、一生徒の冤罪のために話を聞いて回っても特に怪しまれることはない。

 俺は桃乃とは別の方法で協力者を探しているが、そのヒントになりそうなものを未だに見つけられないでいた。


「私も協力しよっか?」


 肩を叩かれ振り返ると、やぁ、と手を上げる今田の姿があった。


「部活はいいのか?」

「今日は休みなんだ! 部活は月、水、金だから」


 言った後で、今田は少し不思議そうな顔を見せる。


「私、部活に入っていること掛橋くんに言った?」

「いや、木ノ内に聞いた。飛行乗馬部に入ってるって」

「実栞か〜。待って、他に私の変な話とかしてなかったよね……?」


 一拍の間を置き、思い当たる話がないことを告げようとすると、手で口を塞がれる。


「や、やっぱり大丈夫!」


 ハンドクリームの匂いがする今田の小さな手を剥がす。


「それより協力って?」

「あ、そうそう。掛橋くんが困っているように見えたから何か出来ないかな〜って」

「聞きたいんだが、俺は今田と仲が良かったのか?」


 多くの生徒が俺と一定の距離を保っている状況で、今田だけは親身に接してくる。

 学級委員長だから、という理由に若干違和感を抱く。


「仲が良いってわけではなかったかな」


 一つに結われた髪にそっと手を当て、今田は微笑んだ。


「というか、掛橋くんは誰とも仲良くしてなかったよ」


 自分のことではないが、胸に突き刺さるものがあるのは何故だろう。


「だったら何で俺を気にかけてくれるんだ?」

「掛橋くんには色々と感謝してるの。その恩返しが少しでも出来ればと思って」

「そうだったのか。何も覚えてなくて悪い」


 今田はバツが悪そうに視線を落とした。

 真意は分からないが、咄嗟に言った、部活が水曜日に行われる、というのは本当だろう。 昨日、早稲田とグラウンドを歩いていた時に空を飛ぶペガサスが数頭確認出来た。


「けど、今日は読みたい漫画を探しに来ただけだ。図書委員に聞けば解決するし、特に協力してもらうことはないかな」

「漫画かー。私は全然読まないから確かに図書委員の人に聞いた方がいいね」

「そういうことだ」

「分かった! それじゃ、また明日学校で」

「ああ、また明日」




 五月十九日金曜日。

 午前中は箒術魔法学の授業で、校舎と魔法生物棟の間にある中庭で行われている。

 使用する箒の木はエルファが含蓄されているもので、あらかじめ空を飛べるような仕様になっているらしい。

 風塵魔法『アネモスファ』は風を起こす魔法。

 授業では、術者半径一メートル内の空気量を調整し、加速や減速をスムーズに行えるようにすることが目的のようだ。

 魔法が使えない俺でも箒に乗れば空をゆっくり飛ぶことくらいは可能だと思われるが、記憶喪失の元凶となっている箒には触れることすら教員が許さなかった。

 中庭の芝生に座り、空を見上げると、生徒達は器用にお互いを避けながら交錯している。

 学校の箒で飛べる高さの上限は約十メートル、校舎の三階ほどの高さだ。

 その付近から冴木が急降下してくる。


「気分はどうだ、掛橋」

「気分?」

「お前が落ちた箒を華麗に俺が乗りこなしているのを見て何か思うことはあるか?」


 箒から降り、俺の前に立つと冴木は勝ち誇ったような顔をした。

 そのことに関しては勿論何も思うことはないが、今の率直な気持ちを口にする。


「空が飛べるっていうのは気持ちよさそうだな」

「フッ。そうやって誤魔化しても、悔しさの裏返しにしか見えないぞ」

「そもそも俺は箒に乗っていた時のことすら覚えてない。悔しいも何もないだろ」

「まあ、そういうことにしといてやろう」


 冴木は腰を下ろし、俺の横に座り込んだ。


「風野宮のことを庇ったらしいじゃないか」

「意外だな。冴木はそういった噂話には興味がないと思った」

「真偽の定かでない話を、ただ鵜呑みにしたわけじゃない。情報の取捨選択は俺の基準で行っている。記憶喪失になったばかりのお前が、人を助けたということに興味を持っただけさ」


 他の生徒に比べて、冴木は積極的にこの世界の俺と関わっていた。だからこそ、記憶を失う前後での人格の違いに人一倍疑問を持っているのかもしれない。


「別に助けたつもりはない。状況から見て風野宮が犯人ではないと思っただけだ」

「俺が気になっているのはそこじゃない。図書館での行動が、己の利益のためだったのか、それとも風野宮の利益のためだったのか、そこを聞きたい」

「それは……何とも言えないな」


 あそこで何もしなかったとしても俺に不利益が生じていたとは思えない。

 だとすると、風野宮の無罪を晴らしたくて行動したのかもしれないが、その根本には真犯人を捕まえたいという俺の目的もあったはずだ。


「何とも言えない、か。その言葉で十分だ」


 冴木は口の端を上げ、前髪をかき上げた。


「お前は俺と正反対の性格をしている。やはり、お前は俺のライバルのようだ」


 魔法生物棟の方向へ視線をやる冴木を見て、ふと疑問に思ったことを聞いてみる。


「俺が記憶を失った先週の日曜日。俺とお前は会っていたか?」

「急に何だ。日曜日なら、俺とお前は魔法生物棟の清掃で顔を合わせている」

「その後、俺はどこへ向かった?」

「知るわけがないだろ。俺はお前よりユニコーンの部屋の清掃に集中していたからな」


 この世界の俺をライバルと見なし、動向を気にしている冴木なら、何か知っていることがあると思ったが、そういうわけでもないらしい。

 一つ分かったのは、俺は一人で魔法生物棟の清掃に参加していたということだ。


「分かった。ありがとう」

「別に礼を言われる筋合いはない」


 冴木が指を鳴らすと芝生に置かれていた箒が浮遊した。片手で掴み、『アネモスファ』と唱えると、そのまま冴木の体は箒と一緒に宙へと上がり、その勢いを利用した鮮やかな所作で箒に跨ってみせた。


「一つ言っておくが、俺はお前の手助けをするつもりはない。それがライバルだからな」


 俺が言葉を返す間もなく、冴木は交錯する生徒達の中に合流して行った。

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