第16話

 魔法のある世界も夜は同じように月が地上の灯りを担い、星は山奥だからか目を凝らさずとも燦然と輝いているのが分かる。

 肩を並べて歩く桃乃は夜空ではなく、少し先にある建物を指差した。


「校長室は学生寮から少し歩いた場所にある教員寮の最上階にあるから!」

「散歩じゃなくて、これってただの付き添いだろ?」

「校長から二人で来るように言われたんだから、付き添いじゃないよ。立派な散歩!」

「今の俺が行く必要は全くない気がするけど……」


 現在は行われていないが、毎週水曜日は生徒会の会議が行われる日らしい。全ての業務を二人体制で行っているからか、終わるのは夜遅くになり、その流れで校長への報告もこの時間帯に行うのが慣例となっているとこのことだった。


「そういえば生徒会の仕事はいつやってるんだ?」

「自分の部屋で時間がある時かな」

「なるほど」


 俺は喉まで出かかった言葉を呑み込んだ。

 桃乃の身を俺が気遣ったところで、それで現実何かが変わるわけではない。


「なんか私達って不思議な関係だよね」

「不思議?」

「初対面じゃないけど、初対面だからさ」


 元の世界の桃乃のことも俺はほとんど知らない。

 だが、桃乃がそういった感覚になるのは分かる。


「確かにそうだな。あまり出来ない体験だ」


 掴みどころのないイマイチな返答に桃乃がくすっと笑う。


「掛橋くんの世界の私ってどんな人なの?」

「生徒会長を務めていて、誰もが手本にしたくなるような人……かな」

「そっか〜。掛橋くんは、元の世界の私と全然仲良くないんだね」

「何で分かるんだよ」

「分かるよ。だって、今の言葉には掛橋くんがいなかったから」

「…………」


 この広い夜空のどこかには、図星という名の星もあるのだろうかとくだらないことを考える。


「じゃあ、風野宮くんは友達?」

「風野宮?」

「屋上で初めて会った時、風野宮とグルとかなんとか言ってなかったっけ?」

「そういえば、そんなことも言ったな。まあ一応、俺の唯一の友達だ」


 唯一の友達というと、固い絆で結ばれた大親友のようなニュアンスを感じるが、そういった仲ではない。

 図書館で俺が風野宮を庇ったからなのか、桃乃は俺と風野宮の関係に興味を持つ。


「この世界の二人では想像つかないね。何で仲良くなったの?」

「どうでもよくないか? 俺と風野宮の話なんて」

「ううん。掛橋くんのことをもっと知りたいから」


 教員寮までは、まだ距離がある。俺から切り出す話題も特にない。それに誤魔化すのも変だ。桃乃の視線から逃れる術を持ち合わせていない俺は少し昔のことを話すことにした。


「高校に入学して風野宮と会う前──中学二年生の時の話なんだが」

「うん」

「俺には一人だけ友達がいた。名前は……Aとしよう」


 親しげに呼んでいた時の記憶が鮮明に蘇ってきそうで、名前を口にするのは憚られた。


「俺がAと親しくなったのは、中学一年生の時。きっかけは好きな漫画が一緒だったとか、そんなんだった気がする。俺達はお互いに一番の親友だと思っていた」

「うんうん」


 思ったより真剣に耳を傾ける桃乃に若干のやりにくさを感じながらも続ける。


「中学二年、俺達が別々のクラスになってしばらく経った時、Aの私物が頻繁に無くなるようになった。誰かに意図的に隠されていたんだ。Aは次第に暗くなり、一緒に遊ぶことはほとんどなくなった。だから俺は良かれと思って、犯人が誰かを突き止め、そいつに直接止めるように言ったんだが、その後どうなったと思う?」

「Aくんに感謝……されたわけではなさそうだね。余計に嫌がらせがエスカレートした……とか?」

「いや、Aは学校に言ったんだ。『掛橋くんからイジメに遭っています』って」

「え? どういうこと?」

「犯人の生徒はAのクラスの主要人物だった。仲間内でふざけてAの私物を隠していたんだ。俺から学校にそのことがバレることを恐れて、逆にAに掛橋渉が犯人だと言ったのさ。そしてAは俺に事実を確認することなく、学校側に報告をした」


 夜の散歩と銘打たれた今の時間には少々重い話だったかもしれない。

 誰にも話したことはなかったが、思いのほか淀みなく話すことが出来た。

 きっと桃乃との関係がもうじき終わるものだと分かっているからだ。


「何でAくんは掛橋くんを信じなかったんだろう」

「さあな。所詮俺たちはその程度の関係だったんじゃないか」


 桃乃は相槌も打たず、俯きがちに俺の斜め後ろを歩く。


「俺が犯人だという噂はすぐに校内に広まった。だから、俺は家から遠く離れた全寮制の高校に入学したんだ。人に深く踏み込めば、その分面倒事にも巻き込まれるし、傷つくこともある。だから風野宮との関係は楽だった。お互いに自分のことは大して話さず、悪ふざけをして楽しいことだけを共有する。表面的な付き合いを続けていたからこそ、あいつとは仲良くなれた。俺には元々それくらいが丁度良かったんだよ」

「それは違うよ」


 桃乃は俺の前に回り込み、距離を詰めてくる。


「……なんだよ」

「風野宮くんを助けたのはバッグの中を見たからってだけじゃないよね? この世界の風野宮くんは掛橋くんの友達じゃない。でも、困っている姿を見て、咄嗟に助けようとしたように私には見えた──」


 俺を見つめる桃乃の瞳に月明かりが差す。

 

「あの場で、私を含めて……誰も何も出来なかったのに、唯一行動を起こせた掛橋くんが人と表面的な付き合いを心から望んでいるとは思えないよ」

 

「それは──」


 反射的に否定しようとしたが、続く言葉が出てこない。

 桃乃は、ハッとした様子で俺から距離を取る。


「ごめん……。会って数日しか経ってないのに、掛橋くんのことを理解したようなこと言って」

「いや……別に気にしてない。三年前のことを人に話したのは初めてだったし、むしろ聞いてくれてありがとう」

「うん……」


 桃乃は再び俺の横に並んで、一緒に歩き出す。

 三年前、俺ではなく桃乃がAの友達だったなら状況は変わっていたのだろうか。


「もうすぐ着くよ」

「ああ」


 桃乃が事件に関係している、というこの世界の俺の言葉が脳裏から離れず、俺から桃乃に個人的な質問することはなかった。

 

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