第13話

 放課後、俺は約束の十六時半から十分遅れて、魔法生物棟の前に着いた。

 早稲田と二人で会うことをまたしても桃乃に反対され、その説得に時間を要したからだ。放課後の校内、人が多くいる状況で襲ってくるような無計画な人物が犯人なら、とっくに犯人の身元は割れているはず、と説明し桃乃からもなんとか了承を得た。


「遅くなってすみません」

「大丈夫だよ。私も今着いたところ」


 今着いたところ、という言葉ほど信憑生のないものはないが、その真偽を定かにしようとする行為ほど野暮なこともない。それをお互い分かっているからか、自然と同じタイミングで歩き出す。


「それで早速なんですが、話というのは何でしょうか?」

「う、うん、そうだね。呼び出しておいてなんだけど、まずは普通に話をしない?」


 銀色の髪は耳にかけられ、早稲田の横顔からは微笑が垣間見えた。


「そうですね。この学校に魔法生物の世話をする委員会とかってありますか?」


 後ろに魔法生物棟があることもあり、その質問自体に疑問を持った様子もなく早稲田は答える。


「飼育委員会があるよ」

「具体的にはどんな仕事をするんですか?」

「主に行っているのは、餌やり、体調管理、魔法生物棟の清掃。清掃に関しては魔法生物関連の運動部も行っていて、生徒会もたまに手伝ってるけど」


 生徒会と言っても、この学校には会長と副会長しか役職がない。この世界の俺と桃乃の二人で清掃を手伝っていたのだろうが、桃乃からはそういった話は聞かされていない。


「ありがとうございます。その清掃っていつ行われるんですか?」

「毎週日曜日の午前中だね」

「日曜日も仕事があるなんて、生徒会は忙しいですね」

「掛橋くんも生徒会長としてすごく頑張ってたよ。私も在任中は大変に感じてたけど、今思えば結構楽しかったな……」


 どこか遠くを見る早稲田の視線の先を辿ると、グラウンドで練習に励んでいる運動部の姿が目に入った。俺が知っているようなスポーツではなく、この世界特有の球技のようだ。

 グラウンドの端の辺りには丁度二人で腰掛けられるようなベンチがあり、早稲田の提案でその部活の練習試合を観戦することにした。ルールは分からないが、二つのチームが攻守を入れ替え競っており、ユニフォームは白と黒に分かれている。

 試合の行方を気にしているわけではないだろうが、早稲田は前を向いたまま口を開いた。


「私、掛橋くんが記憶を失くしたことに関して、少し心当たりがあるんだ」

「それは箒から落ちた原因を知っているってことですか?」

「まず、そこを確かめたいんだけどね、箒から落ちたっていうのは桃乃さんの証言?」

「そうです。丁度、落ちるところを見たそうで」


 俺と桃乃が決めた設定だが、早稲田が何をどこまで知っているかは分からない。ここはあくまで箒から落ちて記憶喪失になったと思い込んでいるフリをした方が良さそうだ。


「そっか……」

「それがどうかしたんですか?」

「魔法紙が盗まれた事件は知ってる?」

「はい、ざっくりですけど」

「実はね、掛橋くんは事件について一人で調べていて、私はその相談を受けてたんだ」


 生徒会長と前生徒会長なら、学校で起きた事件について話し合うのは別に不思議なことではないが、俺は「知りませんでした」と相槌を打つ。


「最初に相談を受けたのは、事件の翌日の木曜日。犯人が使った魔法はマギフェスの『貫通』と『斬撃』で、南川先生とリュクスを倒せるほどの魔法の技術から、三年生の中に犯人がいるかもしれないってことだった」


 使われた魔法の情報は桃乃からも教えてもらった。

 この世界の俺も同じところから事件に着手していたのだろうか。


「だけど、翌日の金曜日の放課後に話した時は違うことを言っていたの。犯人は三年生じゃないかもしれない、心当たりがあるって」

「心当たり?」

「うん。けど、その時は確信がまだ持てないってことで、誰かは教えてくれなかった。そういう状況での記憶喪失だったから、箒から落ちたんじゃなくて犯人に襲われたんじゃないか、って思ったんだ」


 早稲田が記憶喪失に関して、何も触れてこなかったのは、思い当たる理由があったからのようだ。

 今の話は理解出来る。この世界の俺が事件に介入したせいで犯人に襲われたのではないか、という説は桃乃とも昨夜話していたことだ。金曜日の時点で犯人に心当たりがあったのなら、それを犯人に悟られた可能性もある。

 だが、早稲田が本当に伝えたかった話はこれではないだろう。

 まだ続きがあるはずだが、早稲田は躊躇しているのかスカートの上で結んだ自らの両手に力を込めたまま話し出そうとはしない。仕方なく俺から切り出す。


「早稲田さんは桃乃が犯人だと考えているんですね」

「……ど、どうして?」


 小さく肩が動き、動揺した声で早稲田は尋ねた。


「『箒から落ちたんじゃなくて犯人に襲われたんじゃないか』と言っていましたよね?」

「うん」

「『犯人に襲われて箒から落ちた』とは最初に考えなかったんですか?」

「それは……」

「犯人が襲ったと考えるなら、まずは証言をした桃乃にその時の様子を詳しく聞くはずです。けれど、早稲田さんは桃乃の同席を拒んだ。それは始めから桃乃の証言を嘘だと思っていたから。箒から落ちたというのは桃乃の嘘の証言で、実際は桃乃が俺を襲い記憶喪失にしたと考えたんじゃないんですか?」


 魔法紙を盗んだ犯人が俺を襲った、そんな話を記憶喪失の人間に話したところで意味があるとは思えない。

 早稲田が今の俺に伝えたかった話、それは「桃乃に気をつけろ」ということだろう。


「呼び出したのは私なのに、いざ口にしようとすると怖くて……。掛橋くんの方から話させてごめん」

「いえ、僕が勝手に話したことなんで」

「でも勘違いしないで欲しい。桃乃さんが犯人だと確信しているわけじゃないの。その可能性が高いと思っているだけで……」

「教えて下さい。そもそも何故桃乃の証言を嘘だと思っていたんですか?」


 箒から落ちたという内容に問題があったのではなく、早稲田は最初から桃乃を怪しんでいたはずだ。でなければ、辻褄が合わない。


「犯人に心当たりがある、って掛橋くんは言ってた。それともう一つ私はお願いをされていたの」


 早稲田はこちらを向き、まっすぐ俺の目を見ながら言った。


「『魔法紙が盗まれた事件には桃乃が関わっています。このことは絶対に桃乃に言わないで下さい』って」


「桃乃が関わっている……?」

「だから、記憶喪失になった証言が桃乃さんから出た時に、怪しいって思ったんだ」

「……そういう話があったんですね」


 早稲田はベンチから立つと、手をすっとこちらに差し出した。


「嫌な気分にさせてごめんね。私に出来ることなら何でもするから」

「ありがとうございます。少し考えごとをしたいので、僕はもう少しだけここにいます」


 そうだよね、と言い残し、早稲田は寮へ戻って行った。

 今ここにいる掛橋渉は記憶喪失の生徒会長ではなく転生者。

 桃乃の証言はそもそも二人で作ったもの。

 これを知れば早稲田も桃乃を疑いはしなかっただろう。

 だが、それが理由で早稲田から重要な情報を教えてもらった。

 桃乃が関わっている、というこの世界の俺の発言の真意は何なのだろうか。

 気付けば空は夕焼けで、目の前の練習試合も決着がついている。

 結果は引き分けだったらしく、仕切り直しの第二試合が始まった。

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