第10話

「貸し出し中です」


 視線を合わすこともなく琴羽は言い放った。


「返却予定がいつかは分かるか?」

「一週間ですので、来週の月曜日です」

「そうか……。ありがとう」

「失礼します」


 AIロボットよりも感情のない声を残し、その場を離れる琴羽。

 俺はソファに座る桃乃の元へ戻り、大きな溜息で成果がなかったということを伝える。


「駄目だったんだね」

「ああ。昨日、探しても見つからなかったのはすでに借りられた後だったんだな」

「そっか。でも、何で転生魔法の関連書を探しているの?」

「転生魔法の成り立ちを調べようと思ったからだ」

「成り立ち?」


 二日前に桃乃に見せてもらった、魔法紙の一覧が載っていた魔法史学の教科書。

 魔法の歴史が主に記されている教科書を読み、俺は一つ気付いたことがある。

 それは『魔法は人が作り出したもの』ということだ。


「篝火魔法は火を使うために、水雫魔法は水を使うために。魔法というのは何かの目的があって『人』が作り出したものなんだよな?」

「うん、そうだよ。魔法はエルファをもとに、人が作り出したもの」

「だから気になったんだ。転生魔法を作り出した人は、何の目的があってそんな魔法を作ったのか。別世界の人間を、この世界の人間として、存在の転生を行うことに何の意味があったのか」

「……そっか、それが分かれば魔法紙を盗んだ犯人の動機も見えてくるかもしれないね」

「とりあえずは来週の月曜日まで待つしかない。関連書に成り立ちが記載されているかどうかも分からないけどな」


 転生魔法の魔法紙が盗まれている今の状況で、一冊残らず関連書が借りられているという状況は少々気掛かりだが、誰が借りているかも月曜日に分かる。元の世界では本の貸出情報は基本的にデータベース化されているが、パソコンなどがないこの世界では借りた人の名前を記入する貸し出しカードが用いられている。


「あ、今から生徒会の用事があるから、また後で掛橋くんの部屋で話そ」


 桃乃は咄嗟に用事を思い出したのか、急いで図書館を出て行った。生徒会といえども役職は、会長と副会長のみ。元いた世界と同じで、生徒会長になった桃乃は多忙なようだ。

 一足先に部屋に戻ろうとソファから立った時、琴羽に本を返す遠矢の姿が目に入った。


「これ、返却するよ」

「もういいんですか? 借りたばかりなのに」


 転生魔法の関連書ではないかと思い、受け取った琴羽の手元を凝視するが、この距離ではよく見えない。


「うん。知っている内容ばかりで、あんまり意味がなかったからね」

「分かりました。私に出来ることなら何でもするので、いつでも言って下さい」

「ありがとう。今日は本を返しに来ただけだから、僕は魔法生物棟に戻るよ」

「はい、頑張って下さい」


 遠矢の姿が見えなくなったのを確認して、俺は琴羽に声をかける。


「今、返却された本って──」

「転生魔法の関連書は貸し出し中ですけど」


 見ると、返却された本はドラゴンの治療に関するものだった。

 遠矢はリュクスの世話係か何かなのだろう。


「じゃあ、俺はこれで……」

「はい、失礼します」


 琴羽とこの世界の俺の関係性が分からない限り、琴羽が取る態度の真意は分からない。 俺は頑張って笑顔を作り、その場から離れた。

 他に何か手掛かりになるような本がないか確認しようと図書館の奥へと進むと、表紙にアニメタッチの絵が描かれた本を読む風野宮の姿を見つけた。肩を揺らしながら笑っている。あれはこの世界の漫画なのだろうか。

 そのまま進むと、こちらに気付いた風野宮は怪訝な表情に変わり、そっぽを向いた。

 ふと、三年前の出来事が頭によぎる。


「──さてと、部屋に戻るか」


 昨日、一昨日は忙しく、部屋の中をしっかりと確認出来ていなかったため、机の引き出しやベッドの下を調べてみることにした。特に事件に関連するような物はなく、出てきたのは引き出しの中にあった集合写真と、ベッドの下に落ちていた一枚の花びら。

 この世界にカメラはない。恐らく写真を撮る魔法というのもあるのだろう。

 俺が部屋に戻って一時間程で、桃乃が扉をノックした。生徒会の繋がりがあるとはいえ、三日連続で部屋を出入りしているというのは他の生徒の目にどう映るだろうか。

 俺はすぐに扉を開け、周囲を確認した後、桃乃を部屋に入れた。


「遅くなってごめんね」

「別に気にしなくていい。臨時とはいえ生徒会長なら忙しいだろ」

「う、うん。ありがとう。……あ! これ、どうしたの?」

「部屋の中を調べていたら机の引き出しから出てきたんだ。これ同学年全員で撮った写真だよな?」

「そうだよ。先月の始業式の後に二年生全員で撮った写真!」


 写真は校舎の中庭で上から撮られており、クラスごとに整列しているわけではなく、各々仲の良い人物と固まっている。


『腰に手を当てモデルのようなポーズを決める、黄緑色の髪をした木ノ内』

『友達と大きなハートマークを作ってている、髪を下ろした今田』

『物憂げな表情で、視線を背けている遠矢』

『控えめなピースをして微笑んでいる琴羽』

『写真の丁度真ん中辺りに立ち、腕を組んで勝ち誇った様子の冴木』

『一人隅っこで、つまらなさそうにしている風野宮』

『周りの友達と一緒に、笑顔でこちらに手を振る桃乃』

『両手を前で組み、選挙ボスターのような顔をしている、この世界の俺』


「ね? 会長は髪をビシッと整えているでしょ?」

「そうだな。俺の中のイメージ通り、お固い生徒会長って感じだ」

「ふふっ。掛橋くんが言うと、なんか面白いね」


 同じ見た目をしているから、この世界の俺が自虐しているように見えたのだろうか。

 目の前で笑っている桃乃と、写真の桃乃を改めて比べてみる。

 

「この写真の桃乃は、ちゃんと笑っているんだな」

 

「──え?」


 桃乃は顔を上げ、目を丸くする。


「あ、いや何でもない。気にしないでくれ」


 余計なことを口にしてしまった。

 桃乃が何を思い、何を考えているかなど俺には分からないし、介入するべきことではない。大切なのはお互いの目的のためにいち早く事件を解決することだ。


「……うん。私はいつも元気だし、心配しなくて大丈夫だよ。掛橋くんこそ知らない世界に来て寂しくなったりしてない?」


 優しく微笑む桃乃から俺は目を逸らす。


「さっきも言ったが、気にしなくていい。むしろ、この世界に来てからの方が人と関わっているくらいだ。それより本題に入ろう。そのために部屋に来たんだろ?」

「そうだね……。じゃあ事件について少し話そ。私なりに情報を整理してみたの。聞いてくれる?」


 俺が頷くと、桃乃はふぅと呼吸を整え、話し出した。


「魔法紙が盗まれた事件については、犯人が使った魔法が『貫通』と『斬撃』って分かってるけど、動機はまだ分かってないよね? だけど、会長が襲われた事件に関しては動機が二つ考えられると思うんだ」

「二つか。教えてくれ」

「少しだけ魔法紙が盗まれた動機にも関係しているんだけど、会長の血で転生魔法が発動した今の状況から、犯人は最初から会長に転生魔法を使うつもりで襲った。会長に使った理由は分からないけど、これが一つ目」


 俺がこの世界に来たことで犯人にどんなメリットがあるのかは想像がつかないが、今の状況から考えると真っ先に浮かぶ考えだ。


「二つ目は、転生魔法を使う対象はは別の人物だったんだけど、会長が事件について調べているのを知って、それを阻止する必要があった。転生魔法が発動したのは、会長を襲った時に血が付着してしまったから」

「それも可能性としては0じゃないな。要するに、この世界の俺が襲われた理由が、魔法紙を盗んだ動機に関係するかしないか、ということだな」

「そういうこと。もし関係しているなら、そこから逆に犯人が魔法紙を盗んだ動機が見えてくるかもしれないと思ったの」


 桃乃が話したもの以外にも俺にはいくつか考えがあるが、どれも魔法紙を盗んだ動機に関係するものではない。

 それを今話したところで、かえって話を複雑にしてしまうだけだ。


「この世界の俺が事件について調べていたのは、自分が関係していると思ったからなのかもしれないな」

「うん。会長が何を調べていたのか、私達が調べる必要があるね」

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