第9話
この学校での二回目の昼食は、食堂の日替わり丼を選んだ。
今日の丼がミノタウロス丼と知り、一度断念しようかと思ったが、他の生徒のトレーを見た限りでは、ただの牛丼にしか見えなかったため、こうして俺は列に並んでいる。桃乃は売店だ。
カウンターでミノタウロス丼を受け取り、空いていたテーブルの二人席に座った。食堂に来るのが珍しいのか、それとも記憶喪失になったという話のせいか注目を集めているような気がする。
周囲の視線に気付いていないフリをしていると、冴木が対面に座ってきた。
「俺はミノタウロス丼の大盛りだ。どうやら俺の勝ちみたいだな」
席に座るや否や、冴木は始めた覚えのない勝負の勝敗を独断で決めた。座っていいとは言っていないが、丁度いい。
今後事件に関する情報を引き出すためにも冴木の勝負に乗ってみることにした。
「どうだろうな。それだけの量を食べるということは、エネルギーの消費量が激しいということだ。そういう観点で見れば、この量で活動が出来る俺の方が生物としては優れていることになる」
「フッ、いつもは冷めたような目でクールぶっていたお前も心の中ではそうやって俺に対抗心を燃やしていたんだな。これが本当のお前の姿か」
冴木はなにか腑に落ちた様子で、こくこくと頷いている。
「だが、掛橋。それは当たり前のことだ。俺はお前と違って午前中に魔法でエルファを消費しているからな。勝負を始める前提として、まずは両者がフェアでいなければいけない。したがって、この勝負は無効になる。残念だったな」
俺の勝ち、と言ってきた冴木に無効試合と認めさせたのなら、実質俺の勝ちのような気がするが、勝敗はどうでもいい。
「よし、いただきます」
返す言葉も特にないため、俺は肉とご飯を三対七の割合でかきこんだ。
「不味い……なんだこれ」
独特の臭みの中に、すりつぶした雑草のような苦味を感じた。周りの生徒はにこやかな表情で食している。同じ日本でも、世界が変われば味覚というのも変化するのか?
「これを食べてみろ。お前のも一口だけ貰うぞ」
冴木はそう言って、自らの丼を差し出してきた。不味いのを覚悟で口に運んでみると、それは紛れもなく俺が親しんできた牛丼の味だった。
「何で俺と冴木の丼は味が違うんだ……?」
「これは誰かに調合魔法をかけられたな」
「調合魔法?」
「お前のミノタウロス丼に、校舎付近に生えている雑草と、虫の死骸のエキスでも混ぜたんだろう。面白いことをする奴もいるな」
調合魔法『ディアーティ』は、全生徒が使える魔法で主に料理に用いられる。無生物に無生物を加えることが出来る魔法で、炒めたり、煮たりせずとも、食材に味を加えることが出来ると桃乃から教わった。
ただの悪戯のようだが、これが毒薬だったなら俺は死んでいたということだ。
「ここでは食事も落ち着いて出来ないみたいだな」
「自分の身は自分で守れ。それがこの学校の教訓だ」
冴木は三十秒足らずで大盛りを平らげ、俺の勝ちだ、と言い残し席を離れて行った。
午後は魔法論学という座学で、大講義室で行われる。実技はクラス単位で行われるが、座学は学年全員で受けるらしく、二年Aクラスから二年Cクラスまで、約百二十人が集まっていた。
授業が教室で行われることは滅多にないとのことで、何をもって教室と呼ばれているのかが少し気になる。
自由席のため、俺は目当ての人物の隣に座った。授業が始まる前の喧騒の中で、話を済ませておきたい。
「昨日の話なんだが、桃乃も同席していいか?」
「え? なんで?」
「その……生徒会関連の話なら、桃乃がいた方が話がスムーズに進むからな」
「ああ、そういうことね。けど個人的な話だから、桃乃さんはいない方がいいかも」
木ノ内は手で髪をときながら、あっけらかんと言った。断られることは分かっていたが、一度聞いておかなければ桃乃にも説明がしにくい。
「分かった。それならいつ部屋に来るか決めてくれ。放課後は色々と忙しいから、部屋にいないこともあるかもしれない」
「私も平日は栽培委員の仕事で忙しいから、今週の日曜日はどう? 時間は十三時で」
「日曜日か。今のところ大丈夫だ」
「ありがと。次、約束を忘れたら一週間昼ごはん奢りね」
ボールペンをこちらに向け、挑戦的な笑みを見せる木ノ内。俺が使っているお金はこの世界の俺のお金だ。浪費を避けるためにも、日曜日は必ず空けておかなければいけない。
「あ、来た! おーい、ここここ!」
「実栞、四日ぶり〜! あれ、掛橋くん? 珍しい組み合わせだね」
木ノ内に手招かれた人物は今田愛亜李だった。
俺の横に座り、二人に挟まれる形になる。クラスは違うが、どうやら友達らしい。
「もう用事は済んだから俺は行くよ」
「何の用事だったの? 気になる気になる!」
俺が立ちあがろうとすると、今田が距離を詰めてきた。
「愛亜李には関係ないから秘密〜!」
木ノ内は悪戯心に満ちたような表情を今田に向ける。
「掛橋くんは私のクラスだよ? 学級委員長の私には知る権利があるもん」
「え、ちょっと待って。愛亜李のそのリボンのヘアゴム初めて見た。めっちゃ可愛いんだけど」
「気付いてくれてありがと! 実栞も、また少し髪色変えたでしょ? 色すごく綺麗!」
「分かる? このカラー剤は魔草花から手に入れたんだよね。栽培委員の特権〜」
何もせずとも、興味は俺からお互いのお洒落へと移ったようだ。
一見共通点がないように見えたが、確かに二人とも見た目にはすごく気を使っているのが分かる。その成果は間違いなく出ており、付近にいる男子達の視線は二人の方へと向かっている。
俺は席を立ち、こちらへ手を振る桃乃の隣へと移動した。
「実栞ちゃん、何て言ってた?」
「個人的な話だから桃乃はいない方がいいって」
「そっか。……でも二人きりにするのは危ないし」
「と言っても、桃乃が部屋に隠れるわけにもいかないだろうな。見つかった時に説明のしようがない」
噂というのが一瞬で広まることを俺は身を持って知っている。
俺と桃乃がそういった関係にある、と広まりでもしたら色々な意味で面倒だ。
「それなら、何かあった時にすぐに入れるよう部屋の前で待機しておくのはどうかな?」
「木ノ内との話がすぐに終わるとは限らないだろ。もしかしたら、数時間に及ぶこともあるかもしれない。その間、部屋の前で数時間も立っているもの変だろ」
「うーん……」
俺の存在は犯人の目にどう映っているのだろう。今すぐにでも消したい存在なのか、放置しておいて問題ない存在なのか。この世界の俺に転生魔法が使われた経緯も分からない。
犯人の動機が見えてこない以上、まともな推論は浮かばない。
だが、俺に危害が加わる可能性が0でないなら、何かしらの策は講じた方が良さそうだ。
「要は俺に何も出来ないような状況を作り出せばいいわけだ。話を一緒に聞くことも出来ない、話をしているところに後から入ることも出来ない。それなら、木ノ内より先に桃乃が部屋にいればいい」
「え? どういうこと?」
「部屋に来た、という事実を第三者に見られることで行動に制限がかかる。桃乃が出て行った後、俺を殺しでもしたら、疑いの目は必ず自分に向いてしまうからな」
「……けど、絶対に安全とは言い切れなくないかな?」
「この世界の俺が胸を貫かれたくらいだ。桃乃が一緒にいたとしても、絶対に安全とは言えないんじゃないか?」
桃乃はなにか思うことがあるのか黙っている。
そこまでして話をする必要があるのか、と思っているのかもしれない。
この世界の俺が、一人で魔法紙を探していたという桃乃の話が本当なら、木ノ内と交わしていた約束を含めて、襲われた日までの行動を辿ることは間違っていないはずだ。
「そう……だね。実栞ちゃんが犯人とは思えないし、重要な情報かもしれないしね!」
微笑を作る桃乃に返す言葉を探していると、魔法論学の始業を告げるベルがりんりんと鳴り、俺は前に向き直った。
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