第8話

第二章



 一期 四月──五月


 月曜日 午前:全校集会・自習

     午後:常用魔法学──復元魔法『エパナフェーロ』


 火曜日 午前:攻撃魔法学──攻撃魔法『マギフェス』

     午後:魔法論学


 水曜日 午前:体術魔法学──覚醒魔法『イプニシア』

     午後:魔法生物学


 木曜日 午前:精神魔法学──錯視魔法『オプティアーラ』

     午後:調合学


 金曜日 午前:箒術魔法学──風塵魔法『アネモスファ』

     午後:魔法史学



 この学校では二ヶ月毎にカリキュラムが変更されるらしい。

 学年毎に時間割は違うが、全学年が同じ内容を同じ時期に学ぶ制度を取っている。

 Aという授業を一年生の時に学ぶ学年もあれば、三年生で学ぶ学年もあるということだ。

 魔法を使うために必要なエルファリングは学校から貸与されているもので、あらかじめカリキュラムにある魔法しか使えないように魔法で制限がかけられている。これは教師陣も同じで学校にいる人間は校長の八頭司を除いて全員同じ条件下だ。

 唯一、魔法を制限されていない八頭司がエルファリングに制限をかけている。

 そのため、エルファリングは二ヶ月ごとに交換が行われる。

 学校が安全面に考慮した結果、このような運用になったとのことだ。

 確かに学んだ魔法を常に使えるなら一年生と三年生の間には圧倒的な実力差が生まれてしまう。それに教師陣に魔法の乱用を許せば、秩序が保てなくなることもある。

『魔法を扱うからには、自分の身は自分で守れるようにならなければいけない』

 それが、この学校の教訓のようだ。

 使える魔法に差が出てしまえば、それも難しくなってしまうだろう。

 二ヶ月毎に生徒が使える魔法は変わるが、常に使える魔法が四つある。

 全寮制の学校ということもあり、日々の生活に最低限必要な魔法だ。


 調合魔法『ディアーティ』

 相殺魔法『アキュロシ』

 篝火かがりび魔法『ミロフォティア』

 水雫みずな魔法『リゴネイロ』


 つまり、俺を除く全生徒は現在合計九つの魔法が使えるということだ。


「掛橋くん、おはよう! 一緒に教室行こ」


 ノックと共に桃乃の声が聞こえ、俺は開いていた生徒手帳を閉じてから立ち上がる。


「朝から元気だな。流石、生徒会長」


 扉を開けると溌剌とした様子の桃乃が立っていた。


「元気が一番だよ。それに今日は天気も良いしね」

「本当に朝ドラのヒロインみたいなことを言うな」

「ん? 朝……ドラ? それ何?」

「何でもない。さ、教室に行こう」

「じーーーーっ」


 声に出しながら、目を細めて俺に視線を送ってくる桃乃。


「な、なんだよ」

「寝癖がすごいなぁ、って思って」

「……髪か。身だしなみに時間を割くより、十分な睡眠を取る方が今は大事だからな」


 というのはでまかせで、ただ面倒なだけだ。


「会長はいつもビシッと整えてたよ? 周りから怪しまれないかな?」

「そのための記憶喪失だ。そんなことより、早く行こう。生徒会長が遅刻するわけにはいかないだろ?」

「あ、そうだった! もう、掛橋くんの用意が遅いからだよ」


 部屋を出ると、桃乃は俺のバッグの肩紐を掴んで、徐々に歩みを早める。階段を駆け降りた時といい、人を引っ張るのが好きなやつだ。

 生徒会長だからか、としょうもない言葉遊びを思いつく。

 ふと、二日前の屋上での出会いが頭によぎった。


「俺がこの世界に来た時、何で桃乃は屋上にいたんだ?」


 考えてみれば俺が呼び出していたのは元の世界の桃乃だ。

 頭の中で情報が交錯し、目の前の桃乃が屋上に現れたことを今まで不思議に思ってはいなかった。

 桃乃は足を止め、こちらを振り向く。


「そういえば話してなかったね。その日は会長から屋上に呼び出されてたんだ。何の用事かは教えてくれなかったんだけどね」

「そうだったのか」


 俺とは違い、この世界の俺には呼び出して然るべき理由があったのだろう。

 事件に関することなら調べる必要があるが、そうでないなら俺には関係のないことだ。




「それでは次、桃乃さん。この場所を射抜いてください」


 午前中の授業、攻撃魔法学は魔法実技室という場所で行われており、俺の所属する二年Bクラスの生徒は代わる代わる基礎攻撃魔法を人型の模型に向けて唱えている。

 授業が始まる前に桃乃から聞いた話では、南川と同じく、この基礎攻撃魔法の『貫通』でこの世界の俺の胸も貫かれたとのことだ。


「マギフェス」


 桃乃が人差し指を向けていた先、模型の右肩の部分に直径五センチほどの穴が開いた。

 数秒経つと模型の穴はすぐに塞がる仕様で、魔法はコスパが良いな、とつくづく思う。

 記憶喪失で魔法の使い方も忘れてしまったという設定の俺は隅で見学をしながら、教科書で魔法の基礎を覚えることにした。

 まず、この世界には魔法の原動力であるエルファというエネルギーがあり、それは空気中、また誰しもが体内に秘めているものらしい。

 そしてマギフェスという魔法は攻撃魔法の中でも簡単な部類で、体内のエルファを具現化して放出する魔法と説明が載っている。

 唱える時の手の形、脳内のイメージにより効果が変わるらしく、それは三タイプある。

 

 ①球状のエルファを相手に連続で放つ『連弾』

 ②一点にエルファを集中させ、相手を貫く『貫通』

 ③エルファを鋭利に変化させ、対象物を切り裂く『斬撃』

 

 現在は『貫通』の実技が行われているが、この次は『斬撃』の実技を行うようだ。


「どこか分からない部分あった? 逆に分かったことでもいいよ?」


 順番を終えた桃乃が、俺の横に座り教科書を覗き込んできた。

 基本的に桃乃はいつも距離が近い。

 雑談こそあまりしていないが、親しみを込めて話しているように感じられる。 


「やっぱり俺は魔法が使えないんだな、って再認識したよ」

「ん? どうして?」

「見学して分かった。桃乃達にはマギフェスで放たれたエルファが見えているんだろ?」

「うん。もしかして、掛橋くんには見えないの?」

「全く見えない。エルファが皆無の俺には、それを視認することも出来ないらしい」


 エルファが真っ直ぐ伸びているだの、混じり気のない色をしているだの、さっきから教員が生徒に向かって講評をしているが、俺には何のことだかさっぱり分からない。


「そうだったんだ……。今までそういう人に出会ったことがないから、考えたこともなかったよ」


 魔法が使える人間しかいない世界で、それは当然のことだ。

 転生者が記憶喪失のフリをするなんて例も、今までになかっただろう。


「『貫通』は、冴木くんが一番上手ですね。もう一度、皆の前で唱えてもらってもいいですか?」


 順番が一巡し、教師から高評価を受けたのは冴木だった。桃乃からの話では、実技に関してはこの世界の俺と冴木が頭一つ出ているとのことだったが、それは本当のようだ。


「どの部分を狙えばいいでしょうか?」


 冴木は俺達の前に立ち、右手を模型に向かって構える。


「それでは、胸の真ん中を射抜いてもらえますか?」

「胸の真ん中ですね。分かりました。マギフェス」


 俺には冴木の指先から出ているエルファは視認出来なかったが、模型の胸の真ん中にはコンパスを使って描いたような綺麗な丸が穴として確認出来た。

 この腕前なら、相手が動く人間でも的確に胸を撃ち抜くことが出来るだろう。

 その後は『斬撃』の実技が行われ、順番が一巡したところで休憩時間に入った。

 俺と桃乃は部屋の隅に移動する。


「マギフェスの種類はどういう時に使い分けするんだ?」

「えっとね、『連弾』は相手が複数いる時に、『貫通』は相手を確実に仕留める時に、そして『斬撃』は人というよりかは、遮蔽物などを壊す時に使われるよ。基本は人に使用してはいけない魔法だから実際は護身用って感じだけどね」

「なるほど……」


 しばらく思索に耽っていると、桃乃に肩をぽんぽんと叩かれる。


「何か考えているなら教えて。一人じゃなくて、二人で一緒に頑張りたいんだ」


 桃乃は胸の前で、グッと握り拳を作り微笑んだ。


「あ、悪い。犯人は何故、南川には『貫通』、リュクスには『斬撃』と魔法を使い分けたのかを考えていたんだ」

「そこに何か意味があるってこと?」


 『斬撃』の実技を思い出す。

 模型に絡まった紐を、本体を傷付けずに引き裂くことが出来るか、といった内容だった。


「素人目に見ても、相手に致命傷を与えるなら『斬撃』より『貫通』の方が適していると分かる。魔法紙を確実に盗むなら、リュクスにも『貫通』を使うのが普通じゃないか?」

「……言われてみたら確かにそうだね。ドラゴンは人間より攻撃魔法に耐性があるし、私が犯人なら、わざわざ『斬撃』は使わないかも」


 状況から考えても、一人ずつに『貫通』、若しくは二人同時に『連弾』を使うのが合理的だろう。

 全員が同じ魔法を使えるのなら、事件で使われた魔法から犯人を特定するのは至難の業。

 ましてや俺は何一つとして魔法が使えない。無意識にため息が出る。


「大丈夫?」


 桃乃が心配をするように顔を覗き込んでくる。


「俺のことは気にしなくていい。今は情報を集めることが最重要だ」

「知らない世界に来たんだし、不安なことはない?」

「魔法について分からないことがあれば、その時に聞くよ。ありがとう」

「……そっか」


 事件を解決しなければ、どんな問題だって解消されない。

 そのために必要なことを、今から一つ一つこなしていくだけだ。


「掛橋くんの学校では、どんな授業が行われていたの?」

「話して面白いような授業は特にないな。魔法の授業の方がきっと楽しいと思うぞ」

「授業内容というより、掛橋君がどんな学校生活を受けていたのかが気になるんだ」


 俺の学校生活を知って何だと言うのだろう。

 桃乃の真意を探ろうとしたところで、教員が休憩時間の終わりを告げた。


「戻った方がいいんじゃないか」

「……うん。じゃあ、また後でね」


 魔法の使えない俺が、犯人を見つけることは本当に可能なのだろうか。

 

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