第7話

 この世界の修楠学院高等学校には、元いた世界の修楠学院高等学校にはなかったものがいくつかある。

 その内の一つが図書館内にある螺旋階段。

 この世界では一般書物の他に、実用的な魔法書なども膨大にあり、一フロアでは収まらず、吹き抜けの空間を利用して各フロア、合計四フロアの校舎の中心地が図書館の空間となっている。その空間を移動する手段の螺旋階段は、地下にも続いており、そこに禁書庫があるとのことだ。

 放課後、俺と桃乃は事件について調べるため、その図書館に来ていた。


「こんなに本があると調べ物するのも一苦労だろうな」

「私達はそこまで大変じゃないよ。大変なのは図書委員の人達」


 桃乃が指差した先には、貸し出しカウンターがあり、そこでは数名の生徒達が業務に追われていた。


「図書委員の人達が本の場所を把握しているから、聞けば大体は教えてくれるの。それだけでも覚えることは多いのに、今は司書の南川みなみかわ先生の仕事も代わりに行っているからね……。私も手伝えたらいいんだけど」


 桃乃の話では南川という司書教諭は五十代の女性で、穏やかな性格をしていたようだ。


「そういえば、その南川という人は今どんな状態なんだ?」

「意識は最近戻ったんだけど、傷がひどくてしばらくは安静にしないといけないみたい」

「そうか、助かったなら良かったな。その人から事件が起きた時の話とかは聞けているのか?」


 司書といえども教員であるなら、生徒よりも魔法の腕は立つだろう。魔法生物がどういった生き物かはまだよく分からないが、一緒に連れていたということは多少なりとも戦力にカウントされていたはずだ。一人と一頭を相手にして、どうやって鍵を奪ったかが分かれば犯人を絞ることにも繋がる。


「それを図書委員の人に聞くために図書館に来たんだよ。南川先生のお見舞いに行けたのは、直接業務を引き継いだ人だけだったから。えーっと──」


 辺りを見渡す桃乃の視線の先を後追いする。

 探している人物は貸し出しカウンターにはいないようだ。


「あ、いた! ちょっと呼んでくるね!」


 図書館だからか走りはせずに早歩きで移動し、桃乃は見つけた人物を連れてきた。


「何ですか? 私、忙しいんですけど……」

「急にごめんね。大事な話があって呼んだんだ。掛橋くん、この子は琴羽絵梨香ことはえりかちゃん」


 琴羽という生徒は困った様子で、こちらを見上げた。背が少し低く、黒縁の丸眼鏡をかけている。胸元まで伸びた金髪と鼻筋の通った綺麗な顔立ちにはベージュのロープがよく似合っており、今日会った人物で一番「魔法使い」らしさを感じさせる。


「初めまして……じゃないかもしれないけど、俺は掛橋渉。よろしく」

「桃乃さん、大事な話っていうのは何でしょうか?」


 あからさまな無視をした琴羽は、そのまま視界から俺を除外した。元いた世界で話し相手は風野宮だけだったが、業務連絡程度なら女子とも話していた。俺が言えることではないが、さっきの木ノ内といい琴羽といい、この世界の俺はどうやら女子人気がないらしい。


「調査員の新飼さんに、魔法紙の事件について図書委員から話を聞いてくるように頼まれたの。今は私が臨時で生徒会長を務めているからさ」


 今朝の医務室の時より、桃乃の演技が上達しているように感じた。琴羽も調査員の話を出されたら、話を聞かざるを得ないだろう。


「そういうことだったんですね。分かりました、立ち話でするような内容ではないので、桃乃さんにだけ別室でお話します」

「あの……絵梨香ちゃん。掛橋くんも一緒に話を聞いてもいいかな? 記憶を取り戻すためにも、ここ最近の学校の状況を知ってもらいたいんだ」

「必要ありますか? 今の生徒会長は桃乃さんですよね? 事件が記憶喪失に関係あるなら話は別ですけど」

「い、いや、俺は大丈夫。図書館で記憶喪失に関する文献でも探そうと思っていたし、適当に時間潰しとくから」


 話なら後で桃乃から教えてもらえば問題はない。図書館内を見て周りたいのも本当だ。何より、面と向かって拒絶の意思を示されているのに、素知らぬ顔でこの場に居座るほど図太い神経はしていない。


「では、桃乃さんこちらへ。奥の部屋に案内しますね」


 ここは私に任せて、という桃乃からのアイコンタクトを受け取り、俺は図書館内を見て回ることにした。

 丁度、確認したい本がある。近くにいた図書委員の生徒に声をかけ、目当ての本が陳列されてある棚を教えてもらう。そこで何冊かの本を開いてみるが、それらしき本は見つからなかった。代わりに、横の棚で、『魔法生物図鑑』という本を見つける。

 事件の現場にいた魔法生物という生き物が気になり、魔法生物図鑑を手に取った俺は、貸出しカウンター近くにあったソファに腰を下ろした。中を確認すると、そこにはドラゴン、ユニコーンといった元いた世界で空想上のモノとして扱われていた生物達の絵がある。


遠矢とおやくん、リュクスの怪我はもう大丈夫そう?」

「うん。ドラゴンの皮膚は元々魔法攻撃に耐性があるから。後、一ヶ月くらいで傷も完全に消えると思う」


 ドラゴンの絵を何気なく眺めていた時、「ドラゴン」というワードが聞こえ、顔を上げると図書委員と話す男子生徒の姿があった。後ろ姿なので顔は見えないが、細身で背が少し高い。


「琴羽さんがどこにいるか分かる?」

「さっき、桃乃さんと一緒に図書準備室に入っていったよ」

「そっか。なら大丈夫。琴羽さんにもリュクスの様子を伝えておいてもらってもいい?」

「分かった! 遠矢くんも大変だと思うけど、頑張ってね」

「ありがとう。それじゃ仕事があるから僕は戻るよ」


 用が済んだのか、遠矢と呼ばれていた男子生徒はこちらに向きを変えた。正面から見ても、長い前髪のせいで顔はよく分からない。遠矢は少し歩いたとこで、俺の視線に気付き足を止めた。話すこともないため、とりあえず会釈をする。


「どうも」


 遠矢はそれだけ言い残して、図書館を後にした。




 この世界では電気、ガス、水道といった生活インフラも全て魔法で賄われている。

 例えば、エルファリングをはめた方の手で部屋のランプに触れると光が点き、蛇口にかざすと水が出る。

 これは俺が魔法を使ったわけではなく、ランプ、蛇口にあらかじめ付与されている魔法がエルファリングの魔力に反応しているとのことらしい。

 俺は蛇口から出る水をグラスに注ぎ、テーブルの前に座っている桃乃に差し出した。

 放課後、事件の話をする時は基本的に俺の部屋を使うようだ。


「司書の南川先生の話では、先にリュクスが倒れたらしいの。それで様子を確認しようと屈んだ時に、後ろから魔法で胸を貫かれたみたい……。一瞬の出来事だったから、犯人の姿はちゃんと確認出来なかったんだって」


 リュクスというのは南川が連れていた魔法生物の名前で、種族はドラゴンとのことだ。先程読んだ魔法生物図鑑のドラゴンの絵と、遠矢の姿が脳裏に浮かぶ。


「ドラゴンって、あの強そうな魔法生物だろ? それを不意打ちとは言え、生徒が倒すのは本当に可能なのか?」

「可能……だね。胸を貫かれた南川先生には基礎攻撃魔法マギフェスの『貫通』、全身に擦り傷が出来たリュクスには同じマギフェスの『斬撃』っていう魔法が使われた痕跡があるから、本当に生徒の誰かがやったんだと思う」

「マギフェスって医務室で猿渡が俺に唱えていた魔法……だよな?」

「うん。明日の授業で攻撃魔法学があるから、その時に詳しく教えるね」


 微笑んだ桃乃の淡いピンク色の髪がさらっと揺れる。


「分かった、ありがとう。他に琴羽から聞いたことは?」

「後は特にないかな。南川先生の引き継ぎ業務で絵梨香ちゃんも忙しそうだったし」

「それなら他の情報は俺達が集めないといけないな」

「そうだね。明日からは授業もあるし、他の生徒達と関わる機会が増えてくると思うよ」


 そういえば、と俺は桃乃に一つ質問をする。


「木ノ内という女子生徒と俺の部屋で会ってもいいか?」


 口に運ぼうとしていたグラスを離して、桃乃は少しだけ目を見開いた。


「え? どういうこと?」

「この世界の俺と何か約束をしていて、それを話すために俺の部屋に来る必要があるらしいんだ。この世界の俺が事件の調査をしていたなら、その約束ももしかしたら関係しているかもしれない」


 桃乃はしばらく考え込み、口を開く。


「でも、実栞ちゃんは栽培委員だよ? 事件に関連するような話ではないような気がする。後、部屋で二人っきりっていうのは危ないよ。もし会うっていうなら、私も一緒にいる」

「あいつ栽培委員なのか。とりあえず分かった。一度木ノ内に伝えてみる」

「うん、よろしくね。遅い時間だから私は部屋に戻るけど、今の話に限らず、この部屋には私以外誰も入れちゃ駄目だからね? 分かった?」

「分かってる。誰かが直接尋ねてきても、居留守を使うつもりだ」


 何か言いたげな顔をしたまま、桃乃は俺の部屋を出て行った。

 桃乃が念押ししてきたのも分かる。犯人が俺とコンタクトを取ろうとする可能性が高いからだ。俺が転生者だと知っている犯人は、記憶喪失になった生徒会長のフリをしていることを疑問に思っているはず。俺に直接コンタクトを取り、こちらの手の内をさりげなく探ってきてもおかしくはない。

 

 こんこん。


 片付けを始め、テーブルの下に桃乃のハンカチが落ちているのを見つけたタイミングで、部屋をノックする音が聞こえた。自分の落とし物に気付いて桃乃が取りに来たのだろうか。出て行った直後ということもあり、俺は扉を開けた。


「ほら、ハンカチだろ」

「遅くにごめんね。ちょ、ちょっといいかな?」


 目の前には、もじもじしながら視線を泳がせている見知らぬ女子生徒の姿があった。身長は低く、ミディアムロングで外ハネしている銀髪に、あどけなさが残る顔をしている。

 俺は一拍置いて、扉をすぐに閉めた。


「あ、え! な、なんで閉めちゃうの?」

「すみません。人違いでした」

「だからって閉めなくても……」


 消え入りそうな声が扉の向こうから聞こえてくる。居留守よりもタチが悪いことをしてしまい、多少の罪悪感を持った俺は扉越しに話しかけた。


「えーっと……誰? 知ってると思うけど、記憶喪失になって誰のことも覚えてないんだ」

「そうだったね……。私は前生徒会長の早稲田彩わせだあや。掛橋くんとは、生徒会のことでよく話していたんだ」

「あ、すみません。先輩と知らずに、タメ口で」


 見た目から、一年生だと思い込んでしまった。雰囲気からは想像つかないが、前生徒会長ということは魔法に精通しているのだろうか。


「別に大丈夫だよ。私、先輩に見えないしね。それより中に入れてもらってもいい……かな? 話したいことがあるんだ」


「いや、ちょっと散らかってて……。それに時間も遅いですし、また別の日でもいいですか? 出来れば食堂とかで」

「大事な話だから、あまり人がいない所で話したいの。掛橋くんの部屋が難しいなら、今度私の部屋に来てくれないかな……?」


 断る口実が即座に思い付かない。

 いや、前生徒会長なら桃乃とも面識があるはずだ。桃乃と一緒に話を聞けば問題ないか。


「桃乃と一緒に話を聞いてもいいですか? 生徒会関連なら、僕一人より話がスムーズに進むと思います」

「ご、ごめん。桃乃さんには話せない内容なんだ」


 現生徒会長の桃乃に話せない話を記憶喪失の俺に話す。

 気掛かりな点は他にもあるが、話を聞いておいて損はない。


「分かりました。ただし、場所は寮ではなく、外でお願い出来ますか? 歩きながらであれば、話の一部始終を誰かに聞かれることはないと思います」


 桃乃がいない状況でも外なら問題ないだろう。他の人間の目がある所で何かするとは思えない。図書館で筆談という方法もあるが、形にするのは内容によっては危険だ。


「それで大丈夫。また私から声をかけるね。じゃ、おやすみ」

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