第5話

 月曜日の学校は、元の世界と同様に体育館での全校集会から始まった。

 違うのは、体育館内を照らしているのがLED照明ではなく、浮遊している大きなシャンデリアであることくらいだ。

 壇上には俺も知っている八頭司やとうじ校長が登壇しており、生徒は講話に耳を傾けている。周囲を見渡すと、見知っている顔もあれば見覚えのない顔もあることに改めて気付く。医務室にいた猿渡も元の世界にはいなかった。

 パラレルワールドと言えど、元の世界と全ての人間が一致するわけではないのか。

 気が付けば八頭司校長は先週の事件について言及していた。


「先週の水曜日に起きた事件を皆さんもすでに知っていると思いますが、その件で魔法政府から調査員の方がいらしています。それでは前へお願いします」


 八頭司校長の後ろから姿を現したのは、長い黒髪を後ろで一本に結んだスラっとした女性だった。黒のシャツに黒のパンツ、その上に白いローブを羽織っている。


「只今ご紹介に与りました、政府調査員の新飼渚沙しんかいなぎさと申します。禁術魔法の魔法紙が盗まれた件で政府の命を受け、本日よりこの学校の調査に当たらせて頂くことになりました。よろしくお願いいたしします」


 調査員が具体的に何をするのかは分からないが、俺の正体を知られてはいけない以上、警戒するべき対象なのは間違いない。


「早速ですが、今から全生徒の身体検査並びに寮の全部屋を捜索させて頂きます。教員の方は私の指示に従って、サポートをお願いします」


 体育館内にいる生徒はどよめき、不平不満を漏らす。

 身体検査ならまだしも、部屋を捜索されるのは確かに誰だって嫌だろう。

 この状況は俺と桃乃にとっても非常に厄介だ。

 俺達は誰よりも先に魔法紙を見つけ、学校と政府に転生魔法が使われた事実を悟られないまま魔法を解除しなければならない。

 もし、ここで調査委員に魔法紙を見つけられたなら、付着している血の痕跡から転生魔法が使用されたことがバレてしまい、血の持ち主を探す作業へと入るだろう。

 そうなれば、俺へと辿り着くのも時間の問題だ。


「桃乃、臨時生徒会長なら、あの新飼とかいう調査員にサポートを名乗り出て、こっちが先に見つけられるように動いた方がいいんじゃないか?」


 目の前にいる桃乃にそっと耳打ちするとこちらを振り返り、耳を貸して、とジェスチャーをしてきた。


「身体検査も部屋の捜索も事件の翌日に行われたんだけど、何も進展はなかったから大丈夫だよ。犯人もそれを分かってるし、ここでバレるようなミスはしないと思う。一応、生徒会長としてサポートにも入るつもりだから」

「そうか、分かった。あと今更なんだが、この世界の俺はどういう人間だったんだ?」

「え? どうして?」

「いや、ちょっとな……」


 全校集会の一番初めに、生徒会長の掛橋渉が記憶喪失になったという周知がされ、そこから好奇の目を向けられているが、誰も俺と目を合わせようとはしない。

 生徒会長なら、周囲から気遣う一言くらいあってもいいような気もするが、話しかけてくる素振りすら全くない。


「会長は……勉強が出来て、魔法の使い方にも長けていて、多くの生徒から尊敬されていたよ。同級生だけど、私も会長からは学ぶことが多かった。ただ、寡黙で人とたくさん話すようなタイプではなかったから、それで少し他の人とは距離があったかも」

「なるほど。同じ見た目でも性格はやっぱり違うんだな」


 共通しているのは友達が少ないという点だけ。

 体育館に入る時、風野宮がこの世界にいることは確認出来たが、きっとこの世界の俺と友人関係ではないだろう。

 小太りで坊主という見た目は元の世界の風野宮と同じだ。

 その後、身体検査はローファーの中を含めて、制服の隅から隅までチェックが行われ、

 部屋の捜索と合わせて三時間程度かかったが、魔法紙が見つかることはなかった。



 全校集会の後は昼休みまで自習時間、午後は本来であれば常用魔法学という授業があるらしいが、事件の調査が長引いたこともあり、午前も午後も自習時間となった。


「お前ほどの男が、箒から落ちて記憶喪失とは信じ難いな」

「あ、ああ。俺も何が何だか」

「『ああ』? なんだ、その口調は」

「いや……自分がどんな口調で話していたのかも忘れてしまって」


 教室に戻り、真っ先に話しかけてきたこの男は冴木聡一郎さえきそういちろう

 センター分けの髪型に、切長の目で、歌舞伎俳優の女形が似合いそうな顔立ちをしている。元いた世界では生徒会の副会長を務めていた。


「教えてやろう。お前は俺の唯一のライバル。日々、魔法の研鑽に勤しみ、互いに切磋琢磨していたんだ。四月に行われた生徒会長選挙ではお前といい勝負をしたが、俺は負けてしまった。今はそのリベンジの機会を窺っている」

「へぇ……そうなのか」


 正直その勝負には全く興味がなかったので、他人事みたいな返答をしてしまったが、記憶喪失という設定上問題はないだろう。


「フッ。その澄ました表情はやっぱり変わってないようだな。掛橋、俺とまた勝負しろ。それでお前の中の燃えたぎる闘争心が再び目を覚まし、記憶が戻ることに繋がるはずだ」

「実は魔法の使い方も忘れてしまったんだ。悪い、その勝負はまた今度にして欲しい」


 思ったより冴木は熱い男のようで、圧を感じる。

 桃乃に助けを求める視線を送るが、友達と談笑していてこちらには気が付いていない。


「冴木くん、勝負を申し込むのはまだ早いよ。掛橋くん、大丈夫? 他に怪我とかはなかった?」


 冴木の後ろから現れた声の持ち主は、肌の白い美少女だった。目はまん丸で大きく、小動物系統の顔をしており、艶のある茶色の髪は、膨らみのある大きな白いリボンが付いたヘアゴムで束ねられている。


「えっと……誰?」

「あ、そうだよね、ごめん! 私はこのクラスの学級委員長をしている、今田愛亜李いまだめあり! 改めてよろしくね」


 差し出された手を握ると、両手で握り返される。


「……よろしく。今朝、医務室に行ったんだが、特に目立った外傷はないらしい。記憶喪失も一時的なものかもしれないから、そんなに心配しなくていい」

「そっかぁ〜! よかった! 学級委員長として出来ることは精一杯するから困ったことがあったら言ってね」

「掛橋の記憶が本当にないなら箒から落ちたことも覚えていないということか。それなら誰かに落とされた可能性っていうのもあるかもしれないな。どう思う?」


 冴木は淡々と自分の考えを述べ、隣の今田に尋ねた。


「う〜ん、言われてみたらそうだね。最近、ああいう事件もあったし誰かに落とされたっていうのも可能性としてはあるかも……」

「俺はライバルである掛橋に貸しを作ってやるつもりはない。学級委員長である今田にこの件は任せようと思う」

「冴木くんはいつも通りだね……。でも、確かに少し調べた方がいいかも」


 箒から落ちたというのは俺達が考えた設定だ。

 この世界では、自転車や自動車の代わりに箒が移動手段に使われているらしい。

 とにかく、この状況は回避しなければいけない。魔法紙の件を調べている間、別の人間が俺の記憶喪失の原因を調査しているという二重構造は、こちらの行動に支障をきたす可能性がある。


「いや、流石に申し訳ない。ただでさえ記憶喪失になって迷惑をかけているのに」

「そんなことは心配なくていい。掛橋は記憶を戻すことに専念するんだ。そして、俺と勝負をしろ。次の勝負こそは、俺が必ず勝利を掴み取らないといけないからな」

「私は大丈夫だよ。委員長って言っても、実はそんなにやることないんだよね、へへへ」


 冴木は得意げな顔、今田は笑顔で俺の机を囲む。

 会長は他の人と距離があった、という桃乃の言葉は本当なのだろうか。


「それなら必要ないよ」


 困っている俺に気付いたのか、桃乃が二人の間を割って入る。


「実は私、掛橋くんが箒から落ちる所を目撃したんだ。だから今朝も一緒に医務室に行ってきたの」

「なら、掛橋が箒から落ちた時、なにか不自然な所はなかったか?」

「特になかったかな。多分、生徒会長の仕事が大変で考え事しながら乗ってたんだよ」

「そっか。じゃあ、私達が深読みし過ぎただけだね。だったら、今は掛橋くんの体調のことを一番に考えよ!」


 今田は冴木の肩に手をぽんと置き、俺に笑顔を向けた。


「俺ならそんなミスは絶対起こさないが、皆が皆、俺ほど完璧なわけではないか。案外、掛橋も凡人だったのかもしれないな。ハッハッハッ」


 冴木の高笑いに苦笑する桃乃と今田に合わせるように、とりあえず俺は愛想笑いをした。 斜め前に座る風野宮がこちらを振り返り、一瞬だけ目が合ったが、すぐに逸らされる。

 やはり友人関係ではないようだ。

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