第17話「夏だ!海だ!アトランティスだ!自由と平和と囚われお嬢様限定日めくりカレンダーvol.2」


「あははははあやちゃんなんだか流れが早くなってきたね〜〜」


 さゆは陽射しと海の心地良さに半ば夢うつつになりながら、隣に浮かぶあやに言った。


「そうですわね〜〜さゆさん〜〜〜」


 あやも返事こそ出来るものの、半ば意識を浸かる水に溶け込ませている。


 実際、水面を見れば僅かに細波が立ち始めており、さゆたちが浮力を頼っている浮き輪は上下にゆらりと揺れていた。

 そしてこの変化が単なる自然現象ではないと当人たちが気付いたのは、何もかも手遅れになってからだった……。


____



「いやはや……君の実力には驚いた!」


「アンタらだってすごかったぜ。久しぶりに楽しめたよ」

 

 一方その頃。砂浜ではビーチバレー勝負を終えた屈強な男たちと烈火が、熱い握手を交わしてお互いを讃えあうスポーツマンコミュニケーションの真っ最中であった。


「この才能を眠らせておくには勿体無い。我々のビーチバレーサークルに是非……」


 サークルのリーダーは爽やかに勧誘を試みた。背後の男達が初の女性メンバー加入の可能性にどよめく。


「いやあ辞めとくよ。私には……やることがあるんでね」


 だが烈火はやんわりと誘いを断り、額の汗をタオルを使って丁寧に拭った。


「そうか……残念だ」


 サークル長は肩を落とす。

 一方、サークルメンバー達は安堵と落胆が入り混じった溜め息を一斉に吐くと、お互いを励ましあっていた。「正直なんか怖かったぜ!」「お前にもきっと!俺にもきっと!」「まずはビーチバレーを極めてからだな!」


「ん?」

 

 その時、一人ただ落胆していたサークルリーダーは、いつもと違う種類の喧騒を耳に捉える。はしゃいでるのとはまた違う、そのざわめきは、まるで悲鳴のようで……。


「何か……」


 だが、海を見ても多少波が強くなっているぐらいで、異常は認められない。


「気のせいか……」


 そうして一通り海を見渡したサークル長が振り返った時、


「あれ、彼女がいない?」


 烈火はすでにその場にいなかった。


_____


「きゃああぁあぁあ!!!!」「お、溺れる!!」

「海が!!!」「助けてくれーーーッ!!!」


 海の揺らぎは次第にうねりと化し、さざなみは今に津波となって、水の中にいる人達を混沌へと引きずり込んでいく。


「あああああやちゃん!!!!何これどうしよう!!?」


 さゆも突然の事態に錯乱し、足をばたつかせてパニックになっている。


「さゆさん!私の手を離さないで!」


 近くにいるあやは流されながらも、さゆの手を握りしめた。

 さゆも手を握り返し、そして自分を呼びかける声に少し冷静さを取り戻したのか、足のばたつきを止めて涙目であやを見た。


「あ、あやちゃんッ!やっぱり頼りにな」

「溺れるなら一緒!」

「いやぁーッ!!!」さゆは絶叫した。


 結果として、さゆとあやは海の激動に呑まれながら、なんとか溺れないように手を繋ぎ、身を寄せ合って自らの運命をただ願うことにできなくなってしまった。


 この騒動は無論、自然現象の気まぐれではない。


_


『さぁーて』


 水中深くに潜む水泳部員、神田 みずきの仕業である。

 今の彼女は先ほどまでの競泳水着姿ではなく、江戸時代に活躍した陰陽師を思わせる狩衣(かりぎぬ)に身を纏い、手には笏(しゃく)を持った和装に変身していた。

 動きにくそうな格好だが、水の抵抗など感じさせない身のこなしで笏を振るって水流を操っており、さらには呼吸さえも必要無いようである。これがみずきの変身、お嬢様パワーなのだ!


『主水-ダイダロス-』


 みずきが笏(しゃく)を顔の前に翳してそう言うと、彼女の周囲の水流はまるで意思を持った獣のように躍動を始め、海面に浮かぶ客たちへと襲いかかっていった。


_


「あやちゃんっ!!」


 さゆは波に呑まれながら、咄嗟に水着のポケットから黒い小さな欠片を取り出した。それは黒曜石である。

 西園寺との決闘の後、さゆは彼女からそれを受け取っていた。「もしも役に立つ時があれば」と言われて渡されたのだが、さゆ自身、どうやってこれを使うのかろくに検討も付かないまま持ってきたのだ。


(((お願い……)))


 さゆは黒曜石を握りしめ、あやを守りたいと強く祈った。

 すると、彼女の脳裏に黒曜石の鎧に身を包む騎士の姿が甦り、激流に呑まれている首から下の身体がぐっと重くなるのを感じた。


「っ!?」


 さゆの身体は重みで海の中へ引き摺り込まれる。咄嗟にあやの手を離し、目を瞑った。

 そして何メートルか沈んだところで、彼女は恐る恐る目を開けた。視界は良好だ。それに、息ができる!


 さゆは不完全ながらも西園寺の変身形態を模倣できていた。

 首から下は所々露出のある黒曜石の鎧に包まれ、頭部は忍者のように目から下のみを隠す黒いマスクが作られていた。これが呼吸の補助をしているらしい。


「あやちゃん!」


 さゆは水面から顔を出した。


「は〜い」

 

 あやは変わらずマイペースな様子でぷかぷかと浮かんでいる。


「ちょっと行ってくるから!ここで待っててね!」


 さゆはそう告げると、息を大きく吸い込んで海深くへ潜っていくのだった。


_____

 

 一方その頃、海岸では泳いでいた客たちがさゆとあやを残して全員打ち上げられており、突然の事態に各々困惑していた。

 

「い、一体何が……」


 ある男が、先ほどまで入っていた海の豹変っぷりに慄いている。海の表面には大小さまざまな渦潮が現れ、入るどころか近付くことすらままならない。

 そうして男が動けずにいると、裸足で砂を踏み込む音が背後から近付いてきた。誰か歩いてくる。

 

「そこ、通るぞ」


 美しい声で一言置いてから、座り込む男を通り過ぎたのは赤髪の女性。烈火であった。


「き、きみ!あっちは危険だぞ!離れ……」


 男は尻餅をついた体勢でぎこちなく後退りしながら、海へと歩く女性に忠告する。

 しかし、男が言葉を言い終える前に、烈火 は突然背中から翼を広げ、砂を巻き上げながら大きく羽ばたいてその場から影を残して消えた。


 砂にまかれた男は咳き込みながら、目の前の非現実の連続に一言呟いた。


「どうなってるんだ」


_


「どうなってる……!?」


 変身形態となった烈火は赤い翼を広げ、荒れ狂う海を見下ろして呟いた。

 目を離した自分に反省し、さゆとあやを探す。


「わーわーわーわー」


 数秒も経たず、渦潮に巻き込まれてぐるぐると回され、情けない叫び声を上げているあやの姿が目に入った。烈火は急降下してあやの元へ向かう。


 だが。


『そうはいかないね』


 深海の中にいながら、みずきは海上の状況を完全に把握していた。そして笏を頭上にかざし、彼女は言った。


『主水-アトランティス-』


 みずきを包む海水は渦を巻く……。


__


「あやッ!」


 あやは既に烈火の目前。


「烈火さ〜ん」

「捕まれッ!」


 マイペースな口調で助けを求めているあやへ烈火は腕を伸ばし、その手を……掴んだ。


 だがその直後。


「!?」


 巨大な「水壁」が、烈火とあやの間を割って急速に迫り上がったのである。


「なッ……!」


 掴んだ手は激流によって離され、烈火は空中へと弾き出される。


(((また能力かッ!)))


 烈火は弾き出された衝撃を利用し、炎の渦を身体に纏わせながらきりもみ回転。空中高く飛び上がると、最後に翼を開いて体勢を回復し、再び海を見下ろした。


「なっ」


 あまりの光景に烈火は戦慄していた。先ほど彼女を襲った水流は、この壮大な”建築”の一部であったと知ったからだ。

 水壁とも呼べるほどに分厚く、重力を無視して迫り上がった水流が、海一帯に”都”を作ったが如く形を為して荒れ狂っていた。


「水の、城……」


 烈火は呟いた。


 当然、炎系の能力者である彼女にこの能力は得意分野とはいえない。

 みずきもこれを計算して、3人を同時に相手とったのだ。


「相性悪いな……」


 そんな絶望的な状況を見て、烈火は俯く。


「そんなの………」


 わなわなと手を握りしめ、


「そんなの……!」


 羽根をぐぐっと縮こませ、


「そんなのってさ……!!」


 顔を上げた彼女は、


「燃えてくる要素しかねェなあァ!!!」


 目をギラつかせ、炎を纏った羽根を炎天下の中大きく開き、握り拳を突き出して、闘志をより一層激しく燃やすのであった!


___



『おいおい』


 烈火の不屈の精神を見てみずきはため息代わりに口から空気の泡を吐く。


『戦意喪失してさっさと帰って欲しいんだけどな。その方が楽だし……』


『殺そうって訳じゃないんだから。って、そんなこと相手は分かんないか』


『ん〜なんかそういう意思を伝える?でも逆に燃えちゃうかも……』


 そうして考えているみずきの頭上から、鋭い影が降りてくるのに彼女自身が気付いたのは、自らを浮かすために周りに作っていた水流を、飛来する物体が僅かにかき混ぜたからであった。

 故に、対処が遅れた。


『!』


 頭上から降ってくるランス。

 みずきは咄嗟に身を捻り、さらに動きに合わせて水流を生み出して、くるりと回転して槍を避ける。しかしあまりにギリギリすぎた為か、変身衣装の一部にランスが引っかかり、布を破きながら海底へ沈んでいってしまった。


『誰?』


 海表の様子を観測するのは一旦辞め、頭上から降りてくる誰かへと神経を集中させた。正体はすぐにわかった。それは暗黒鎧の女騎士、さゆである。


『どなたか存じませんが、今すぐ辞めてください』


 さゆはみずきを見下ろし、新たなランスを構えながら、屹然と言った。言葉遣いは丁寧だが、有無を言わせぬ圧を口調から発していた。


『お、君がさゆって子かな?私は神田 みずき。よろしく』


『よろしくお願いします。……じゃなくて、辞めるつもり無しですか?』


『うーん風紀委員様の指示だからな〜、ごめんね』


 さゆはみずきと同じ目線まで降りると、ランスを一振りする。押し出された水圧はカッターのようになり、みずきに襲いかかった。

 対してみずきは笏を軽く振るい、操作した水流で水圧カッターを強引にかき消す。


『……』

黒騎士のマスクから気泡が漏れた。


(((んん。この子の能力、やっぱり聞いてた話と違うなぁ)))


 この一つの攻防の間に、みずきは注意深くさゆを観察していた。


(((あのマスクのおかげで呼吸の心配は恐らくナシ。動くのも特に支障が無い?水中特化でなくてこの性能なら、結構恐ろしい能力かも……。でも出力はそうでもない。水中なら、勝てる)))


(((それより心配なのは、海上の方。暫くこっちに集中するから支援できないけど、”あの子”上手くやってくれるかな)))


____


 また戻って今度は海上。


「ハーーハッハッハッ!!!」


 高笑いを上げる烈火。彼女は今や空爆機と化していた。

 みずきが産み出した海の城へ、烈火は飛び回りながら炎の塊を次々と落としていた。この攻撃は決して無駄ではなく、アトランティスは徐々にその外壁を蒸発させていき、だんだんと形を崩してきている。

 

「あやがその中に囚われているんなら、削って削って強引に見つけ出すだけだッ!!ハハハハハッ!!」


 烈火は半ばトリガーハッピー状態になりながら(※この時点で娘の居場所はまだ分かっていません)、海上を飛び回る。


 しかし、溶けかけた水の城はこのままやられるのを待ってはいなかった。アトランティス中央にある一際高い塔の頂上で、何者かが潮騒の咆哮を上げたのだ。


「GRUUUUU!!!!!!」


「こいつはっ!?」


 烈火はまたもや驚かされた。

 それは生え揃った牙を滴らせ、体毛を波立てて威嚇する巨大な水の獣。まるで城を守る聖獣のように、烈火に敵意の眼差しを向けている。


「GRUUU………!!」


「ふん、犬如きに今更ビビってられるか!かかってこい!」


「BOW!!!」


 啖呵を切る烈火に水の獣は飛び掛かった!


「 鳳 炎 弾 !」


 烈火は今まで投下していたものとは比べ物にならないほど大きな炎を産み出すと、襲いかかる獣へとバレーボールのように打ち出す。


「WAOOOOON!!!!!」


 獣は大口を開けて火炎弾を一瞬咥え、受け流すように首を振って海へと投げ捨てた!


「マジかよ!?」


「GOW!!!!!」


 首元へ噛みつこうとする水獣を烈火はギリギリで避けたが、すれ違い様に翼を水の爪で引っ掻かれてしまう。


「くっ……」


 烈火には殆どダメージは無かったが、炎の翼にとってそれは致命的な攻撃であり、何度か羽ばたいて暫く滑空を続けていたが、やがて翼の火はかき消え、烈火は海面へと落ちた。


「……ぷはっ!」


 落ちた先はアトランティスの外壁の中。烈火は水面から顔を出し、自らを取り囲む高い水壁を見上げた。

 獣はこちらを見失っているようだが、早くここから脱出しなければならない。水に浸かったこの状態は、烈火にとってあまり好ましくないからだ。


「あら烈火さん」


 そうして考えている烈火に、能天気な声が気軽に話しかける。


「誰だ、今忙し……え?」


 いつの間にか、烈火の隣にあやがいた。


「あや!?こんなところに!」


「私ほどのお嬢様となると、海のど真ん中でもお城に囚われるのですわね」


「……思ったよりも元気そうで何よりだ」


「それほどでも!えへえへえへへ」


 あやは赤面し、手を頭の後ろに当てて分かりやすく照れた。


「さゆは?」ツッコみたい気持ちを我慢して、烈火は訊く。


「さゆさんなら黒い騎士さんになって下へ……」


「ふぅん、中々準備良いじゃないか」烈火は少し感心した様子で頷いた。


「それで、私たちはどうしましょう?」


「……状況は悪い」


 烈火は自らを囲む水壁を見上げた。時折獣の影が水壁を貫通しながら飛沫を上げて飛び回っている。こちらの居場所を見つけるのも時間の問題だろう。


「く、時間さえ稼げれば……」呟く烈火。


「時間?」


 あやは首を傾げる。


「実は」


 そうして烈火が太陽を指差した時、それを覆い隠すように巨大な影が二人を塗り潰した。


「!まずい、あや!なんとか逃げろ!」


「そうは言っても袋のねずみですわ〜」


 水獣はしっかりとあやと烈火を視認し、水壁を伝って二人の目の前にするりと降り立つ。


「GRUUUUU……!!!」


「くっ……!」


 もはや万事休すか。覚悟を決めた烈火の瞳が紅く煌めく。

 

「烈火さん」


 その時だった。あやが手を伸ばして烈火を止めたのだ。


「お待ちを」


 あやはそう言い、唸る獣の目前へ自ら泳いで進み出る。


「あや!?何を」


 烈火にはその行動の意図が読めない。

 あやは水獣の瞳を真っ直ぐ見つめ、まるで女神のように優しい顔をして片手を伸ばす。


「獣さん」


「GRUUUUU……!!!」


「怯えていただけなんですよね」


 その一言を聞いた獣は、なんと唸るのを辞めた。


「BOWW……!?」


 戸惑いのような動きを見せる獣。


「ま、まさか!?」


 烈火はただ驚くことしかできない。まさかあやに動物と会話できる能力があるとは知「ほら、おt」


        ばっざーん。


 あやは みずのけものに うえからおもいっきり たたかれた!


「……えっ?」


 少し間をおいて、隣であやが沈められたという事実を飲み込んだ烈火が困惑の声を漏らすと、目をぐるぐる回した令嬢が仰向けで情けなく浮かんできた。


「ぶくぶくぶくぶく」


 烈火は叫んだ。


「お前やっぱり馬鹿なのか!?」



          続く!



 

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