第16話「夏だ!海だ!アトランティスだ!自由を取り戻せ我らのお嬢様学園2024」

 グランドすごいよ学園には、地下階が存在する。


 コツ、コツ、コツ……。


 その内部構造は広大な迷宮のようになっており、その全貌を知る者は少ない。


 コツ、コツ、コツ……。

 

「……」


 永遠にも続きそうなほど長い通路に、重厚な靴音が響いている。

 カソックコートとサングラスを着用した大男、神骸(かみむくろ)は陰鬱な面持ちで長い廊下を歩く。やがて風景が変わり、壁の代わりに牢屋が並んだ「懲罰房」のエリアへと彼は足を踏み入れた。

 

「……さだめェ」


 神骸は呟き、房の一つへ振り返った。ウェーブのかかった長髪が揺れ、サングラス越しの厳しい瞳が檻の中にいる生徒に向けられる。

 牢屋には、鎖で手首を壁へ括り付けられている生徒の姿があった。


「……」


 眼鏡に光の無い瞳の風紀委員、紀律さだめ。

彼女は首を動かして神骸を見たが、何も喋ろうとはしない。


「zzz」


 さらに隣には繋がれてはいないものの、縄で雑に縛られた花の髪飾りが特徴的な生徒もいる。

 こちらは風紀副委員長の一人、綾間 礼。寝ている。


「Zz……はっ!!神骸!!」


 起きた。


「早く私を解放しなさい!!!土下座しながら!」


「……はぁ」


 寝起きとは思えない声量で喚く綾間に神骸はため息をつくと、無関心そうに口を開いた。


「紀律さだめ。お前何回任務失敗してんだ?早乙女あやを追い詰めることも、泉の破壊工作も失敗しやがってよ」


「綾間。まぁ俺も一度ミスったけどよ、あんな大衆の前で”ウルトラお嬢様”が醜態を晒すのはいただけねぇよ」


「だってあれはさだめがぁーー!!」


「言い訳はいいッ!おい」


 神骸が廊下奥の闇から誰かを呼びつけた。

 暫く経つと、がりがりと何か金属を引きずる不快な音と共に軽い足音が近付いてくる。綾間の顔が静かに青ざめた。


 闇の中から姿を現したのは、まるで海藻かと見紛うほどに黒髪を乱雑に伸ばした幽鬼のような女子生徒。片手に背丈からは到底合わない巨大なハサミを握りしめ、刃の先で地面をなぞりながら、不気味な微笑みを顔に貼り付けている。


「で、出たぁーーーーーッ!!!!」


 その姿を認めた瞬間、綾間は絶叫した。


「ふふふふふふ。ふふふ。どうも、どうも。綾間さんお久しぶり。ふふ」


 彼女はオカルト研究部の部長、鬼幽(きゆう) まな。どうみてもお嬢様といった容姿ではないが、これでもウルトラお嬢様である。


「助けてーーーーッ!!!!」


 綾間は泣きながら縄から抜けようと身体を動かす。まなはそんな情けないウルトラお嬢様を見下ろすと、どこか母性を思わせるおおらかで恐ろしい笑みを浮かべ、ハサミを両手で振り上げた。


「ふふ、大丈夫ですよお綾間さん。今切りますからあ」


「あああまなさん!!?あなたに言ったんじゃ」

 

 間髪入れずズバリ、と何かが切れる音に綾間の悲鳴は途切れた。彼女は自由になった両手と、身体から落ちる細切れとなった縄の現実に戦慄した。


「ヒイィーーーーッ!!!」


「ふふふふふふふふふふ…………」


 そこから暫くの間、グランドすごいよ学園の地下には悲鳴が鳴り響き続けた……。



_____



 ――AM11:00

アトランティス砂浜行きバス車内――




「バスというのに始めて乗りましたわ!」


 早乙女あやは珍しそうに周りをきょろきょろと見回して言った。


「そうだね!ちょっとじっとしててねあやちゃん!すぐに着くから」


 彼女の右隣に座るさゆは肩をくっつけて密かにあやを牽制しながら微笑みかける。


「車出すと目立つからな。狭いけど我慢してくれ……」


 さらにあやの左隣に座る烈火も、目を閉じてオーラを出し、バス初見テンションぶち上げお嬢様の暴走を未然に防ぎながら、震え声で呟いた。


 彼女たちの乗る「アトランティス砂浜行きグランドバス」は中々の混み合いであり、空いている席は殆ど無く、車内は客たちの窮屈感を紛らせるためのヒソヒソ話で飽和している。エアコンは効いているものの、窓がところどころ開けられており、そこからセミの鳴き声と暖かい風が時折通り抜けていた。


「しかし、なんで夏休みの自由外出が認められないんでしょう」あやは言った。


「風紀規則だな……海へ行ったり、プールへ行ったり、そういう浮ついた遊びは危険を生じさせる可能性があるかららしい」


 烈火は片目を開け、周りに聞こえないように声のトーンを落として説明する。開いた眼には僅かな敵意が感じられる。


「き、規則違反ですけど烈火さん的には良かったんですか?」


 さゆは心配そうな表情できいた。烈火はグランドすごいよ学園の番長をしているものの、遅刻や校則違反などは厳しく律する性格なのを知っているからだ。


 事の発端は、夏休みに入ったは良いがどうしたものかと家に引きこもっていたさゆの携帯へ届いたメッセージ。送信人は烈火であった。

 「海へ行かないか?あやも誘った」……烈火への恩もあり、何よりあやの暴走を危惧したさゆは数日後の今日、バス停で待ち合わせたのだ。


「校則じゃない、風紀規則だろ?私が重んずる規則とは違う……あれは奴らの勝手な正義だ」


「なるほど……」


 さゆは複雑そうな烈火の表情から何か深い思惑があると察し、それ以上の詮索を辞めた。


(((まぁ……偶然生徒の人と居合わせるとかじゃない限りバレないし、大丈夫だよね)))



 しかし。



 そんなさゆの思いとは裏腹に、このバスに乗っている生徒は彼女たちだけでは無かった。


(((ターゲットの早乙女あやと東風さゆは確認……。鳳凰院烈火がいるのは少し予想外だけど、まぁ大丈夫かなあ)))


 ここで視点を移して、少し前の座席へ。


「……」

 

 そこには、青髪のハネた短髪と情熱的な瞳に、前述のそれらとは相反するイメージの額縁眼鏡をかけた女性が座っている。

 私服であり、背も高く体型が大人びているために一見しただけでは分からないが、彼女は高校生であり、グランドすごいよ学園の生徒である。


 ――水泳部副部長 神田 みずき。


(((はぁ、大会は近いし部長はマグロのまんまだし、やる事山積みなのにこんな任務頼まれちゃってついてないなぁ。正直帰りたい……)))

 

 みずきは服越しでも大きすぎる胸の前で腕を組みながら、目を閉じて己の不運を静かに呪いながらバスに揺られるのだった。


_____



 青い空。白い海。打ち付ける波の音、人達のざわめき。

 三人のお嬢様が砂浜へと降り立ったのは、午後のもっとも日が照っている時間帯である。


「到着ッ!!」


 ビキニ姿の烈火は背筋を伸ばして気持ち良く叫んだ。その後方には、ビーチパラソルの下で海に出る準備をするさゆとあや。


「あやちゃん日焼け止め塗ってあげる!」


 そう提案しながら、水着キャミソール姿のさゆは目をきらきらさせる。


「さゆさん、太陽は甲羅蹴りで倒せますわよ」


 それに対し、麦わら帽子を被りサングラスをかけたあやはビーチチェアに背中を任せて優雅にジュースを啜っていた。


「おいお前ら、早く泳ごうじゃないか!学園のプールもデカいが、海に比べればちっぽけなもんだ!テンション上がるなぁ!」


 準備体操を終えた烈火はあや達に振り向いて言った。うずうずして今にでも泳ぎたい様子である。

 

「はいは〜い!!あや行きま〜す!!」


「あっ待ってよあやちゃーーん!」


 ジュースを放り出して急にモチベを上げて走り出すあや。さゆもそれに続いてパラソルの外へ。


 かくして、楽しい夏の一時は始まった。


「あやちゃん!?そのポーズはまさか!」


「あははーッ!早乙女家直伝!スーパーアクアトルネード!!」


「うわわっ!やったなー!」


 浅瀬で水をかけあったり……。


「泳ぎなら何メートルであろうと負けんッ!鳳凰院の名にかけてッ!!」


「早乙女ミギナナメマエニススムーーッ!!!」


「あやちゃん!あらぬ方向に進路切ってるよ!!」


 泳ぎ勝負に花を咲かせたり……。


「何だッこの女!!?パワーが違いすぎる!!」

「ぬるいぞ貴様らッ!!」


 通りすがりの客にバレーボール勝負を挑んで圧倒する烈火。


 を、遠目にして、


「さゆさん〜〜〜〜」

「なに〜〜〜〜あやちゃん〜〜〜〜」

「この世の全ては〜〜〜〜お嬢様から生まれたのですわ〜〜〜〜〜」

「ま〜〜〜じ〜〜〜〜〜か〜〜〜〜」


 あやとさゆは浮き輪で海に浮かびながら、三秒も記憶に持たない雑談をしたりした……。


 響く潮騒に照りつける夏の日差し。冷たい波と辺りを包み込む蝉と人の喧騒。

 誰しもが認める、最高の夏であった。


 ……この時までは。


(((……さて、始めますか)))


 さゆとあやが浮かんでいる海面より遥か深くの海の中。競泳水着にゴーグル姿のみずきは心の中で呟いた。





続く!

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