第15話「-劇場版-つちのこ 〜夢の泉がデラックス!犬と科学は使いよう〜」
泉の前で俺たちが悶着している間に、つちのこ村は業火に包まれていた。
火が苦手なツチノコたちの集落では、火事騒ぎなどもっての他。となれば、火を放った元凶がいるはずだ。
俺は空を見上げる。
赤く染まりつつある夜空には、犬のマークを掲げた巨大な飛行船が浮かんでいた。目を凝らすと、船から何やら小さな物体が投下されているのが分かる。……人?
「気付かなかった……!!早く村に行って助けないと!」
メイは声を上げて村の方角へ走りだした。
すぐに俺も後に続く。見失うと、村までの道のりはメイにしか分からない。
「お嬢も急げ!!」
振り向いて俺が呼ぶと、倒れたつちのこを木の棒でつっついていたあやは「やっぱり?」と言わんばかりの表情でこちらを見た。
「え〜〜つちのこげっちゅは?」
「そんなもん最初からナシだ!!」
「えぇ〜〜〜……」
_____
(((わたし、絶賛はぐれ中。村にたどり着いたと思ったら火事になってましたの件……)))
大火事になっているつちのこ村の片隅で、一人呆然と立ち尽くす少女がいた。東風さゆである。
つちのこ村の所在を突き止めたあやは、勘付かれるからと屋敷の使用人たちや設備はあえて使わず、さゆと二人でここへやってきた。
だが好奇心旺盛なあやは、さゆが1.43秒間目を離した隙に隣から消えていた。かくして、遭難という突然の現実が彼女へ襲いかかったのである。
さゆはしばらくあてもなく彷徨っていたが、ふと空を見上げて思わず青ざめた。空が赤く染まっている。それに気付けば、森のざわめきに混じっている何かの悲鳴にも気付き、どこかが火事になっていると察するまで時間は要しなかった。
あやが巻き込まれていたら大変だとさゆは走り出し、そしてたどり着いたこの場所こそ、先ほどまでねこたちが居た「つちのこ村」であった。
「酷い……なんでこんなことに」
惨い光景であった。家や店、村の憩いの場であったであろうシンボルなどが無慈悲に燃え、極め付けにカラクリ獅子舞が空を飛んでいる。
燃え盛る炎は物理的な破壊だけにとどまらず、これまで村が歩んできた今までの歴史ごと焼き尽くす。それはまるで、すべてを抹消していくために死神が放った業火のよう。さらに、カラクリ獅子舞も空を飛んでいる。
さゆは一筋の涙を流さずにいられなかった。カラクリ獅子舞は未だ空を飛び回っている。
しかもカラクリ獅子舞が
「カラクリ獅子舞っ!?!?!???」
さゆが異常な光景の中に紛れたさらにおかしい違和感に気付いた。
『……ン???生存者サ〜〜〜ン??』
頭上から降り注ぐ合成音声。
空飛ぶ獅子舞がこちらに気付き、揺れる風呂敷から轟音をたなびかせて飛来してくる。
そしてさゆの前に降り立った獅子舞は、かたかたと頭を揺らしながら言った。
『オッホウ!その制服ッ!……関係者?援軍っ?それって純情?正常?獅子参上!』
「この火事……あなたが?」
『そりゃもちろん!ていうかあなたもあの飛行船から来たのではないのかな?けたけたけた!』
不気味に笑う獅子舞が天を仰ぐ。銀色の機械仕掛けの蝶がどこからともなく飛んできて、風呂敷の中へ姿を消した。
その瞬間である。さゆの立っている地面全体が影に塗りつぶされた。
さゆが再び空を見上げると、巨大な飛行船が、燃えるつちのこ村の上でゆうゆうと浮かんでいた。
「わっ」
森を彷徨っている時は生い茂った木々に隠れて見えなかったのだろうが、ここまで大きな船を見逃していたとは。
さらにその時。
「う……うぅ……」
「わわっ!?」
さゆは近くで聞こえた呻き声にその場を飛び退いた。
今度は飛行船と火に気を取られ、足元で倒れているつちのこに気付かなかったのだ。
「つちのこさん!?一体何が……!?」
「うぅ……突然……動物の仮面を付けた……兵士がやってきて……村を……」
呻くつちのこ。
「逃げろ……小娘……ここはもう……」
「つちのこさん!!つちのこさん!!」
さゆはしゃがみこんで心配そうに揺さぶるが、既に反応は無く、のこは二度と喋らなかった。
「……」
さゆは立ち上がり、言葉無く獅子舞を睨む。そして言った。
「どうしてこんなことするんですか?」
丁寧な口調であったが、声は震えていた。
『どうして?そりゃ”泉”を……あぁ〜いやいや!全てはお上の指示ですヨ!お上の!』
獅子舞はおどけながら答える。
さゆは拳を握り込んだ。
「指示だったら酷いことしていいんですか!?!?」
『おお〜コワ!コワ!』
「許せない!」
憤るさゆに共鳴するかのように、制服が僅かに変形を始めた。背中に小さな翼が生え、瞳は燃えるような紅に染まる。
しかしその時であった。
「捕縛!」
「きゃっ!」
さゆの足元に突如として絡み付いた光の鎖は、彼女の体勢を崩させた。
そのまま引きずられるとさゆは思ったが、意外にも鎖はすぐさま投擲した本人の手元に戻っていく。……軍服姿の風紀委員、紀律さだめの元へ。
「さだめさん……!?」
「東風さゆ。なぜここへいるのですか?ここは立ち入り禁止区域に指定されています。至急立ち退くように」
さだめはいつもと同じく厳しい口調ではあったものの、流石にさゆがいることには少し予想外であったのか、どこか動きには躊躇いが見られる。
『けたけたけた!これはこれは風紀委員さま!助太刀痛み入るッ!』
「あなたまで、あなたまでどうしてこんなこと!?」
さゆは上体を起こしてさだめを見上げ、思わず叫んだ。
さだめは少し押し黙ったあと、呟くように答える。
「……風紀が為です」
「こんなことしても風紀なんて!」
『オイオイ、無視〜??シシマイショック!』
「あなただって!」
さゆはカラクリ獅子舞を見る。
「わたしと同じ”お嬢様”でしょ!?こんなこと辞めてください!つちのこたちが何をしたっていうんですか!?」
『お〜なるほどなるほど……で?』
獅子舞はわざとらしく首を傾げた。
『このつちのこ達が殺されたから、なんなの?』
「は……?」
『関係ないよね?目的は達成する。不安分子も一掃。一石二鳥で素晴らしい作戦だよネ。お嬢様からしてみたら、下々の民のことなんてカンケーないじゃん』
さらに獅子舞は罪悪感の欠片も感じられない口調で、さゆに訊いた。
『キミ、それでもお嬢様?』
さゆは自分の視界が怒りで真っ赤に染まったように感じた。目の前の邪智暴虐の権化を倒さなければならないと直感し、脚に力を込めて立ち上がる。
『けたけた』
獅子舞はそれを見て怪しく笑い、さだめは鎖を両手で張って迎撃の姿勢をとった。その間にも、飛行船から降下している動物の仮面を付けた兵士たちが村を焼き回り続けている。
状況は、劣勢の極みと言えた。
さゆは走り出す。
さだめは鎖を繰り出し、さゆの腕や脚に絡ませて素早く動きを止めた。
獅子舞が口を大きく開けると、中からおびただしい量の銃口が現れ、一斉にさゆに向かってレーザー光線を発射する。
レーザーは動けないさゆの身体を貫いた。
上着が消え、ダメージは消える。
それと同時に彼女から翼が消え、瞳は元の黒色に戻ってしまった。
さらに、彼女の身体は貫かれ続ける。
リボンが消える。
右のソックスが消える。
シャツが消える。
「……!!」
声も出すことができないまま、さゆは蹂躙され続けた。
獅子舞が光線銃を口から思いっきり伸ばし、トドメの一撃を放とうと溜めを開始した。
さだめは何か目を逸らすように片手で軍帽を目深に被りながら、鎖を引っ張り続ける。
そして……。
「アッ」
悲鳴は、一瞬だった。
それは獅子舞の悲鳴だった。
トドメを刺す直前、獅子舞の視界を何かが一瞬で横切っていった。それに気付いた時には、口から伸びていた光線銃の管が全て断ち切られていた。
間髪置かず、また目の前を小さな陰が何度か横切る。
すると今度は、身体中に風呂敷を貫通してナイフが刺さっていた。
「ガッガガッ!?」
鈍い機械音を立てて後ずさるカラクリ獅子舞。
急いでクルクルと首を360度回転させ周囲を確認する。
ようやく視界モニターに映ったのは、ナイフを握るメイド姿のつちのこ。
メイだった。
「生き残りのツチノコ?」
切断され、だらんと垂れ下がった鎖を片手にさだめはメイを見た。
「わたしたちはただ生きてるだけです。帰ってください」
メイは言った。しかしその目は「無駄」であると悟っているように感情の起伏が無い。
さらに彼女を追って、異様な尻尾をしたつちのこと、一人のお嬢様が現れた。
ねこ(つちのこ)と、早乙女あやだ。
「はぁ、はぁ……!!なんとかたどり着けた……!!」
ねこ(つちのこ)はひどく息を切らしていたが、同じ距離を疾走したはずのあやはなんともなさそうにしている。
「あらあら、さだめさん。こんなところで奇遇ですわね」
鎖から解放され、あられもない姿で倒れそうになるさゆを支えながらあやは言った。
「あなたは……」
さだめはあやの姿を認めると少し瞳孔を絞って訝しむ。
(((何故ここに早乙女あやが……?この場所の情報が早乙女家に?)))
「これも”風紀委員長様”の指示ですの?」あやは訊く。
「……いえ、直接的には。応援に駆り出されているようなもので」
「なるほど。じゃあ今は……あなたの思う正義で動いてはないということね?」
その一言はさだめの腕に力を込めさせた。
「……それが?」
「窮屈」
あやは目を閉じて呟く。
「何が言いたいのですか?」
無意識に、さだめは声を鋭くしていた。
「別に?あっ!?鎖辞めてそれ痛いから!!!」
鎖を見た途端、先程までの余裕な態度が嘘のように突然怯えだすあや。さだめはそんな様子を見て、気を張って損したと言わんばかりに息をつく。
「……ともかく。あなた方がこの計画を邪魔すると言うのであれば、容赦いたしません。お覚悟を」
その宣告に声を上げたのはメイであった。
「泉の破壊も、ツチノコ村も、あなたたちにこれ以上手出しさせません」
メイは屹然として言い返し、ナイフを構える。
さだめは鎖を投げ捨てると、光の剣を虚空から粒子と共に生み出してメイに突き付けた。
少しの間、睨み合う。
……先に動いたのは、さだめだった。
さだめが両手で剣を振り上げると、剣先が何倍にも天に伸びていき、巨大化した。
まばゆい光が辺りを覆い尽くす。
視界が奪われながらもメイは怯まず、ナイフを構えてさだめの懐に素早く駆け込む。いかに強い能力であろうが、攻撃する前に倒してしまえば問題ない。
しかしこれは、さだめの罠であった。
さだめの構える大剣が、それまで放っていた光とは比べないほどの光量を瞬間的に解放したのだ。
「ッ!?」
メイは構えたナイフにしっぽを使っているため咄嗟に目を瞑ることしかできず、怯んで完全に視界を奪われてしまう。
それは一瞬だったが、致命的な隙だった。
大剣が光の粒子と共に拡散、変形し、大量の槍となってメイに降り注ぐ。
メイは間一髪の連続で槍をなんとか回避するも、逃げ場を完全に奪われてその場に釘付けになってしまった。
さだめは軍服を深く被る。電流が迸った……。
「!」
メイは最後の抵抗として目にも止まらぬ速さでナイフを投擲していた。狙いはさだめの軍帽である。だが彼女はそれすらも首を傾けて避けてしまう。
さだめは言った。
「お見事」
メイに打つ手は残っていない。
光の電流を操り、さだめはメイを攻撃した。
「くっ……!!ああっ!!!」
「メイッ!!!」
苦しむメイにつちのこ(ねこ)は無意識のうちに尻尾を伸ばしていた。
からんと音を立てて落ちるナイフの代わりに、ねこの尻尾が絡む。当然、電撃はねこも容赦なく苛んだ。
「ぐあああああっっ……!!!」
「は、離れてくださいっ!!」
メイは懇願するかのように叫ぶ。
そして尻尾を離そうと絡みを解こうとしたが、ねこはそれを許さず強く尻尾を巻きつけた。
「ぐぅっ……!!メイ!!それは……俺がツチノコ神様だからか……?」
「違います……!!あなたが、あなたであるというだけで、私、はっ……!!」
「うおおおッ!!!」
ねこは力を振り絞り、電気に包まれながらもメイと共に身を投げ出した。さだめの攻撃範囲からなんとか逃れ、ごろごろと地面を転がる。
「……」
さだめは逃れた二匹に鋭い視線を向けるが、電撃を再び放とうとはしなかった。
見逃した訳ではない。さだめは逡巡していた。先ほどのあやの言葉が、彼女の頭の中で何度もこだましている。
(((窮屈?)))
さだめはかぶりを振った。
(((私は正義の使者。意思など……)))
一方でねこは覆い被さってメイを庇いながら、さっきまでの自分を叱責していた。
すぐ眼下では、メイが絶え絶えの息遣いでなんとか呼吸している。もはや動くことすらできないだろう。そんなになってまでも、彼女はつちのこ村とねこを……助けようとしたのだ。
そんな姿を見たねこは、己がどちら側に立つべきかなどと、どうでもいい事を重要視していた自分を心底恥じた。
(((俺は……何をやってるんだ)))
(((”お嬢のペットだからお嬢を守る”とか、”ツチノコ神さまだからメイを守る”とか、そういう話じゃねえだろ)))
(((俺は……!!)))
覚悟を決めたねこは、頭の中で動物のイメージを浮かべる……今度は、その輪郭が霧散することは無かった。
『ひィーーーーっ!!ひィーーーッ!!このツチノコ風情ドモッ!!よくもォーーーッ!!!』
その時、ねこたちから少し離れた瓦礫からノイズ混じりの絶叫が響いた。がらがらと瓦礫の塊が震えると、そこから火に覆われたカラクリ獅子舞が勢いよく飛び出した。
『殺処分してくれるーーーッ!!!』
獅子舞は憤りながら空を飛んでいた何百もの犬耳兵士や猫耳兵士たちを瞬時に統制し、綺麗な幾何学模様を描かせながら、メイへ向かわせる。
「……!」
満身創痍のメイは、迫り来る兵士たちを見上げた。霞む視界の中手を伸ばし、地面に落ちたナイフを拾おうとする。最早動くこともできないことは彼女自身分かっていたが、それを理由に諦めることなど選択肢には無かった。
数秒かけ、震える手が、ナイフをようやく掴む。
しかし……。
「「「……!」」」
兵士がメイの元へたどり着くことはなかった。
全軍が一斉に立ち止まったのだ。
獅子舞の意思ではない。
大きな影が軍勢を塗り潰したからだ。
『ン?』
飛行船のものではない。巨大な何かがその場に突然として現れたのである。
空を飛んでいたはずの兵士たちはさらに空を見上げることとなる。
メイを守るように現れた”それ”は、何者よりも巨大であった。
大翼が動き、風を押し潰す。空気は圧縮されて弾け飛び、周囲の炎を一瞬で消した。
赤い大翼、鋭い牙、刺々しい鱗、天に伸びる尻尾。
ファンタジーに出てくるような怪物の姿。
『ヒッ』
獅子舞は悲鳴をあげる。
それはまごうことなき、ドラゴンであった。
竜は炎を燻らせ、煉獄から響くような恐ろしい声で言い放つ。
「 消 え ろ 」と。
「「「……」」」
兵士たちは一瞬身じろぎしたが、一斉に踵を返し、飛行船へと引き返していった。
『あぁっ!!貴様ら!!敵前逃亡は極刑だぞーーーッ!!!』
「ねぇねぇ」
『ン?』
憤るカラクリ獅子舞は背中をとんとんと小突かれた。獅子舞は振り返る。
そこにいたのは満面の笑みのあやであった。
「ばーん!」
あやの拳が壊れかけたカラクリ獅子舞の身体を貫く。
馬鹿力から放たれたパンチの威力はすさまじく、部品を弾け飛ばしながら獅子舞は言葉も無く何メートルも吹き飛ばされていった。
かくして、兵士とカラクリ獅子舞はあやとねこによって退散した。
残ったのはさだめのみ。
「……」
さだめはあや、ドラゴンとなったねこに一瞬だけ敵意の眼差しを向けたが、軍服コートを翻して呟いた。
「……イレギュラー因子多数発生。作戦続行不可と判断」
飛び立ったさだめは鎖を手から伸ばし、飛行船へ引き返す兵士たちに次々と一瞬だけ巻き付けて離れてを繰り返し、まるで置き石のように空を飛んで飛行船へと帰っていった。
「くおー!かっけー!!」
空を飛ぶさだめを見て目を輝かせているあや。
ねこ(ドラゴン)は遠のいていく飛行船を注意深く眺めながら、口から炎を燻らせて静かに話す。
「お嬢。少し戻るのに時間がかかる。メイを頼む」
あやは胸を張って言った。
「まかせなさい!」
かくしてつちのこ村を襲った騒動は、一旦の終結を見せるのだった。
_____
その後、鎮火に成功したつちのこ村では、数日にかけて村のこの救助活動が早乙女財閥主導で行われた。ただ、事件当日は泉にほとんどの村のこが集まっていたことや、そもそも苦手意識はあれど炎に巻かれた程度では死に至らないほど頑丈な身体を持っていたつちのこ達は殆ど無事であった。
村の復興をねこは持ちかけたが、村長やメイたちはそれをやんわりと断り、新たな拠点を見つけるまで旅をするという。
理由として、やはり学園に位置を知られたということも大きかったが、何よりも村にとって大切な存在である”泉”が、元あった場所から忽然と消えていたからだ。
泉が消えた理由はのこ達にも謎であったが、本能として「世界のどこかに転移した」と確信しているらしく、当面はその泉を目指すらしい。
そして――
「あやさん。さゆさん。そしてねこさん」
大きな荷物を抱えたメイが、沢山の村人たちを背後に言った。事件から一週間後、あくまで泉の力でつちのこに変わっていた村人たちは、日が経つにつれてだんだんと元の姿に戻っていき、今では多種多様な動物たちの群れとなっている。
メイはというと、なんとつちのこのままであった。元の姿のことは覚えていないとはいえ本人も少し驚いているらしく、村人たちと接するメイはどこか遠慮がちに見える。
「この度はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。さらには村人たちの救助も手伝っていただいて、なんとお礼をしたらいいか……」
メイは二人と一匹へ綺麗にお辞儀した。
「いいのですわよ。困っている人を助けるのもお嬢様の務めですから」
あやは髪を優雅にかき上げながら言った。さゆも隣で手を小さく振っている。
「つちのこさんも無事でほんとによかったね〜」
そうして微笑むさゆの隣には、いつもの猫っぽい生き物の姿に戻ったねこがいた。
「……」
ねこは特に喋る様子もなく、何か思うところがあるような表情で俯いている。
「ねこ?」あやはねこの方を見て首を傾げた。
「あ、ああ……」
生返事を返しながら、ねこはメイと視線を合わせる。
「えぇと、ゴホン。じゃあ我々は少し席を外して……」
村長がわざとらしく大きな咳払いをした。
それを聞いて、申し合わせたように村人達が一斉に散っていく。
「えっ?お前らっ?」
「あ!そうだったそうだった!あとは2人でごゆっくり……」
さゆはそうだったと言わんばかりに驚いた様子を見せ、ねこが止める間もなくあやの手を引いてどこかへ走っていってしまった。
するとみんなが集まっていた広場跡地には、途端にねことメイの二匹だけになる。
「お前らな!!……いっちまった」
ねことメイは目を合わせた。
しばらくの沈黙。
先に口を開いたのは、メイであった。
「つちのこ神さ……いえ、ねこさん。でしたね」
「どっちでもいいよ」
ねこはつちのこへと変身した。
そして尻尾を使い、メイを抱き寄せる。
「わっ」
「俺は、俺だ。メイが呼びやすいように呼んでくれればいい」
「……じゃあ、つちのこ神さま」
上目遣いのメイは緩んだ表情と、紅潮した頬を見せる。しかしその時、幸せそうな顔は突然に陰り、一筋の涙が流れた。
「は、離れたく、ありません……!」
メイは泣いていた。これまでねこに話してきた中で一番感情を表に出していた。震えながら、ねこを抱きしめ返してひたすらにそう繰り返す。
ねこは、優しさに溢れた声色でメイに囁く。
「……俺もだ」
その日、村の片隅で、二匹のつちのこはいつまでも、いつまでも抱き合っていた。
終わり
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