第14話「つちのこ土の子」


 メイの誘いに乗った俺は案内されるがまま、つちのこ村の各所に立ち寄っていった。


 リボンをかたどった石造りの村のシンボル……元気な子供たちが走り回っている小さな公園……豊かな野菜が実っている畑……村を囲むように流れている大きな川……など。

 特に珍しいものは無かったが、それぞれに思い入れがあるらしく、メイは一つ一つに熱を込めて俺に説明をしてくれるので、退屈はしなかった。むしろ楽しいくらいだ。


 ときどき「ツチノコ神だ!」と子供達が集まってくるのだが、その度にメイの無言の圧力が炸裂して、蜘蛛の子ならぬ土の子を散らしていくので助かっている。彼女がいなければ、すぐに囲まれて出歩けたものではない……。

 


「あの、ツチノコ神さま」


 村を一通り歩き、最後に住んでいるツチノコ神社へと帰る途中、メイは俺の二歩(歩くのではなく這っているのでこの表現は少しおかしいが)後ろを歩きながら、控えめに口を開いた。


「ん?」


 俺は振り返ってメイを見た。彼女の背後で燦然(さんぜん)と煌めく空の陽は既に下りかけて、昼間とは違うオレンジ色の光を地面に塗りたくっている。

 

「楽しい、ですか?」


 不安そうにメイは言う。


「楽しいよ」


「!そうですか……!良かったです!」


「「……」」


 そこで会話が不自然に途切れ、なんともいえない空気が俺たちの間に流れた。

 聞きたいこと、話したいこと、つちのこ村を巡る中でそれは幾つもあったはずなのに、いざメイと向き合ってみると言葉が出てこない。

 

 ついに耐えきれなくなってお茶を濁そうと適当なことを口にしようとしたとき、メイは言った。


「ツチノコ神さまは、どうしても出ていかれるんですか……?」


 その問いに対して、俺は二つ返事できなくなっている事に気付いた。

 薄々感じてはいたのだ。ここが、俺の本当の居場所なのではないか?と……。


「……」


 俺は暫くの間返答に詰まり、口を閉ざしたままつちのこ村のことを回想した。


 村にはいつも心地良い風がたなびき、メイや村人たちは仲良くしていて、俺のことを尊敬し、歓迎もしてくれる。

 きっとそれはずっとそうなのだろう。

 

 だとすれば、ここで暮らすのも案外悪くないのかも……。



        『ねこ!』


「はっ」


 そう考えた瞬間、満面の笑みを浮かべるお嬢の顔が脳裏によみがえり、俺は我にかえった。


 そうだ。俺には、帰るべき場所がある……。


「……」


 メイはそうやって苦悩する俺の姿を見てなにか気持ちを察したのか、背後から自分のしっぽを俺のしっぽに大胆に絡めて、耳元で囁いた。


「メ、メイ?」


「最後にもう一つだけ、見ていただきたい場所があるんです」


「見て欲しい場所?」


「でも時間は夜の方がいいので、お夕飯のあとにまたお伺いしますね」


_____



 夜のツチノコ村は、昼間の賑やかさが嘘のように鎮まっていた。さらに虫の声もほとんど無いために、まるで集落は時間ごと止まってしまったかのようにさっぱりと静止している。


「どこへ行くんだ?メイ」


「村の外れへ向かいます。秘密の場所なので、道をまだ整備してなくて」


 メイはすいすいと俺の少し前を歩きながら、まっすぐと視線を道の先へ据え、振り向きもせずに答えた。

 俺は違和感を覚えた。声色が普段とは違い、どこか冷たいような気がする。


「……あぁ」


 そこからはお互い無言だった。

 村を囲む川を橋で越えて、道も無いうっそうとした森の中を進んでいく。

 暫く歩くと、前方に灯りが見えた。建物の光かと思ったがどうやら違う。目を凝らすと、パーティクルのような煌めきがその辺り一体に散っているのが見えた。例えるならばホタルの群れのような、自然的な光だ。


「ここです」


 草やぶから抜け出て少しすると、斜め前を歩いていたメイが足をぴたりと止める。


「おっ」


 思わず声が漏れてしまった。彼女の隣に追いついた俺が見たのは、超自然的な煌めきを発する”泉”であった。


 周りの風景に似合わない大理石で囲まれた円形の水面があり、その中央はいかなる原理か、重力に逆らって水が円錐状に持ち上がって隆起している。頂点からとめどなく落ちていく水と諦めずに天を目指す水が常にすれ違い続け、辺りに散る飛沫が不思議な煌めきを発していた。俺が見たのはこの光だったのだ。


「この泉は」俺は呆然としながらメイに訊く。


「私たちが”ここへ来る”遥か前から……これは存在していました」


「ここへ来る……?メイたちのご先祖ってことか?」


「ご先祖?いえ、私たちはここで生まれた訳じゃありません。お父様と呼んだり家族の形態を取っているのは、集団で暮らすにはそちらの方が都合がよいからです」


 そう話すメイの声色には感情が無かった。俺は血の気が引いた。


「えっ」


「”事故”から逃れた私たちがここへ来たのは……いつだったでしょうか。あまり覚えていませんが、その時ここはただの森でした」


「すまないメイ、なにを言っているか俺には……。お前達はつちのこ村のツチノコで、それで……」


「そもそも我々はもともとツチノコではありませんよ」


 それはにわかに信じ難い言葉だった。


「ツチノコ、じゃ、ない?」


「この村で……動物って見かけました?ツチノコ以外で、です。もちろん、虫とかも含めて」


 俺は記憶を遡り、息を呑んだ。……見ていない。


 夜の村の、不自然なほどの静けさを思い出す。そりゃあそうだ。鳴く虫がいないのだ。


「どうしてだと思います?」


「どうしてって」


「ツチノコ神さま……。わたし、知ってますよ。あなたの本当の姿はそうじゃない」


 背筋が震え、冷たい氷を身体に差し込まれるような衝撃が俺の頭を撃つ。

 バレていたのだ。俺が変身能力でツチノコになりすましていることが。


「ねえツチノコ神さま、元の姿に戻れます?」


 動けない俺を追い討つようにメイが言う。


「……知ってたんだな。そうだ、俺は」


 正体を見抜かれ、もう既にツチノコとなる必要が無くなった俺は、巨大なドラゴンになろうと変身を試みる。少し驚かせて、メイが怯んでいる内に逃げてしまおうと。


 だが。


 変身はできなかった。

 

「身体が戻らない……!?」


 いつもするように、変身したい動物のイメージを頭に浮かべるも意味は無かった。

 朧げな動物のシルエットが形を思い出す前に、賽の河原で無惨にも突き崩されるつみきのように霧散してしまう。


「この村に来た動物は、この”泉”の力でツチノコに変わっていくんです。私も元は……さぁ、なんだったか思い出せませんが」


 周囲を取り囲む小藪ががさりと動いた。そちらを見やると、暗闇に紛れた無数の眼光が俺とメイを監視しているのが分かった。


「っ」


 背筋をぞくりとさせながら俺は後ずさる。染み出した奴らの影は、犬、猫、鳥、狼、馬……様々な形をしていた。

 だが瞬きをすると、それらはみなツチノコの姿に戻っている。


「我々には確固たる存在の理由付けが必要なのです。突然地表に降りて生命を作り上げた伝説上の生き物……名前は”ツチノコ神さま”でどうでしょうか、ふふ、ふふふ……」


「「「はははははは……」」」


 不気味に笑う茂みの中にいる影たち……しかし俺はその中に一つ、おかしな姿があることに気が付いた。


(((……?あれは……)))


 他に気付いている者はいないらしい。それは二本の足と二本の手を持って自立する、頭の大きな動物で……。


「とうっ!」


 直後。その影はやや気の抜けた掛け声と共に茂みから飛び出すと、俺とメイの前に華麗に着地した。


「ッ!?」


 いつの間にかメイド服姿に戻っていたメイは、どこからか隠しナイフをしっぽで持ち、乱入者を警戒する。その息遣いには少し動揺が漏れていた。草薮の中からもどよめきが聞こえる。


 顔にツチノコ仮面を付け、豪華なお嬢様衣装を見に纏った……それは人間。


「ひと〜つ」


 その女は仮面を手で掴み、徐々にずらして素顔を見せながら、高らかに名乗りをあげた。


「ツチノコ獲ってみんなに自慢!ふたつ、不埒なお嬢様三昧!み〜っつ!醜い浮世の鬼を、退治してくれよう!私は早乙女あや!人呼ん、呼ばれたことはないけどツチノコハンター!!!」


 そいつの事はここにいる誰よりもよく知っている。俺の主人であり、こんなことになった元凶とも言える”人間”……早乙女あや!


 「「「なんだこいつ!?我々の仲間ではないぞ!?」」「「誰だ!?」」


「お嬢!?なんでここに!?」


「あらねこ!久しぶりですわね!ツチノコ捕りの季節かなあって思いまして!」


 お嬢は悪びれる素振り(というか一連の出来事をもう覚えていないように見える)もなく、元気な挨拶を俺に返す。思わず腹わたが煮えくり返りそうになったが、今はそれどころではない。


 ここにいるとお嬢の身が危険だ!


「そんな季節は無い!とにかく……」


「「「侵入者だ!!!捕えろ!!!」」」


 俺たちが話し合う間も無く、ツチノコたちがわらわらと草薮から出てきてあやに襲いかかっていく。


「ふふん……」


 あやはツチノコの大群を見ても少しも動じず、むしろその目に宿る好奇心の輝きを一層に強め、虫とり網を構えて堂々と迎え撃った。


「乱獲じゃあーーーーッ!!!!」



_



 流石のフィジカルと言うべきか、戦いはあやの圧勝である。


「なんと……これが……本物のお嬢様……がくっ」


 最後に残ったツチノコ……たしか村の村長をしていたそいつは奇妙な言葉を残し、項垂れて気を失った。


 残ったノコは、俺とメイだけ。


「あなた」


 冷たい口調でメイは言う。


「学園の人でしょう?我々は事実を公表する気なんてありません……ただ生きてるだけ」


 メイはナイフを構え、あやに対してじりじりと距離を詰めていく。

 

「ん、事実?」


 虫取り網を構えたあやは小首を傾げる。


「まぁどにしろ……泉を見られたからには生かして返せませんッ!」


 メイは恐るべき跳躍力で飛びかかり、あやの首元をナイフで狙い澄ます!


「お嬢ッ!」


 俺は咄嗟に二人の間に割って入り、つよつよドラゴンの尻尾でナイフの柄を我ながら器用に叩き落とし、メイの攻撃を阻止する。


「っ!?ツチノコ神さま!危ないから下がってて下さい!」


「俺はツチノコじゃねぇ!!もうこんなこと」


「ツチノコげっちゅ!」


 その隙を見計らい、あやが素早くメイの背後へ回り込んでいた。そして、虫取り網を思いっきりメイの頭へ振り下ろす。


「ッメイ!!」


 俺は虫取り網がメイに届く前に思いっきりジャンプをして、半ば体当たりするようにあやの手からそれを叩き落とす。


「ちょっとねこ!!あなたは私の忠実なるしもべでしょ!!」


「俺はしもべじゃねぇ!!あやもこいつらに手を出すな!!」


「「……あなた、どっちの味方!?」」


 俺の矛盾した行動に、二人は批判的な眼差しを同時に向ける。


「そ、それは……」


 俺は進退極まった。どっち、どっちの味方と言われても……。


『ねこ!』


 脳裏に浮かぶお嬢の微笑み。


『ツチノコ神さまっ』


 それを遮るように思い出す、メイの笑顔。


 俺は……ねこ。


 でも、今はねこでもねえ。


 ツチノコでも、誰かのしもべでも……。


 じゃあ、俺はなんなんだ?


 こうしている間にも、身体がツチノコに完全に変化していくのを感じる。

 

 自我を疑い、失っていくほど、この症状は加速度的に進むのだと悟った。


 俺は……






   「大変だっーーーーー!!!!」



「?」


 突然割り込んできた大声に、俺たちの意識はそちらへ引っ張られた。


「はぁ、はぁっ……!」


 声の主はボロボロの村ノコだ。息を切らし、しっぽを引きずり、服は千切れてまるでボロ布のようになってしまっている。


「ノコ木さん!?その格好は!?」


 駆け寄るメイに村ノコは精一杯の声を張り上げ、自らが向かってきた方向を指差す。


「む、村が……村が!!!」


 村ノコが指す方を見やると、木々の向こうで炎が赤々と燃えているのが分かった。

 そしてその方向、その場所は、間違いなくつちのこ村である。


 さらに上空には、なにやら大きな犬のマークが特徴的な飛行船が飛んでいた。


「なにが……」


 何が、起こっている?



 続く。

 

 

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