第11話「レイニー・シーズン(4)」


『皆さまゲートにご注目下さい!!決闘者達の……入場だーっ!!』


 バトルフィールドへの入場口に激しくスモークが焚かれる。煙が晴れると、そこにはさゆの姿があった。


 スモークを抜けたさゆの頭上へ眩い陽光が降りかかり、彼女は少し目を絞りながら前方を見渡した。ちょうど対称となる向こう側の入場口にも人影が見える。


「……」


 決闘相手、西園寺 瑠美だ。


 フィールドの中央にはレフェリー。壁際に控えるのは決闘のセットアップを担うスタッフ達。 


 二人は歓声の中真っ直ぐに歩いて中央に向かい、10mほどの距離を空けて立ち止まった。歓声が収まり、二人の挨拶に観衆は耳を傾ける。


「ごきげんよう」


 西園寺が言った。


「ごきげんよう」


 さゆも同じく返す。


 ……小さな歓声!一見ただ挨拶をしただけに見えるが、ここでの彼女の言葉の出し方や態度は非常に重要なものになってくる。いわば事前の格付けだ。


 前評判ではやはり、一般人であったさゆはこの時点で格の違いを見せられてしまうのではないかと予想されていたが、彼女は西園寺と同じく……いやそれ以上に堂々と、そして敬意を持った挨拶を返して見せたのだ。


「お手柔らかにお願いします。こういった事には慣れていないので……」


 西園寺は慎ましく言った。さゆも両手を前に組んで小さく頷く。


「えぇ。お互い実りある勝負にしましょう」


 丁寧な言葉とは裏腹に、殺伐とした空気があたりに張り詰める。


「ではこれより、決闘を始めます」


 レフェリーが口を開いた。


「グランドすごいよ学園一年生、東風さゆ。同じく一年生の西園寺 瑠美。事前の取り決め通り、この決闘で負けた側は勝った側の言うことに絶対服従すること。いいですね?」


 決闘者の両名は無言で頷いた。


 がらがらがら……がらがらがら……どこかから、何かを転がす音が聞こえてくる。


「では……勝負の内容を発表します」


 音の正体はすぐに分かった。控えていたスタッフ達が、滑車を押して何かを運んできていたのだ。

 そこにあったのは豪華な椅子とテーブル。そしてティーセット。


「二人にはこれより、使用人に汲まれた紅茶をただ、飲んでいただきます。そしてよりお嬢様らしい、と審査員に判断された方が勝者となります」


_____


(((真っ向からの対決では、ない?)))


 群衆の中で決闘を見守っていた縦ロールは、予想外の勝負内容に一抹の不安を頭に過らせた。


(((確かに礼儀作法での勝負でも彼女……西園寺は有利。産まれた時からそういったものを叩き込まれているのですから)))


 だが、それならばここまでの観衆を集めた理由が付かない。


 観客席に座る者たちは興味本位程度の者が大半だが、それなりの誘導や宣伝を受けたからこそ集まっている。

 そしてその手を引いたのは西園寺側で間違いない。多くの人間の前で恥を晒させ、そしてさゆの心を逆にへし折ってやろうという魂胆だ。


 勝負内容に関してはさゆは裏に手を回す方法が何も無いのだから、西園寺側の都合になっているにこれも違いない。


 ならば、最も効果的な決闘法はお嬢様パワーでぶつかる伝統的な肉弾戦だ。

 集めた観客は盛り上がり、さゆをお嬢様力や身体共に打ちのめせる。礼儀作法勝負でも勝てるには勝てるだろうが、”元庶民”の触れ込みが浸透しているさゆの敗因としては微妙だ。


「……」


 縦ロールは訝しげに眉をひそめた。何かひっかかる……。


「大丈夫だよ、アイツは」


 するとそんな彼女の悩みを拭い去るように、落ち着いた声が話しかけてきた。

 隣を見れば、腕を組んだ烈火がいつの間にか立っている。


「烈火さん」


「それよりもアレ、見ろよ」


 烈火が組んだ腕から一本指を伸ばしてそれとなく指したのは、決闘フィールドの壁に設けられた、ガラス張りの個室になっている『風紀監視室』である。


「ああ、あれは確か風紀委員さま達の……」

 

 縦ロールは視線を監視室へ移しながら、皮肉混じりにそう呟いた。


 決闘によって起きる風紀の乱れを正す為に作られた、という建前だが、実際は風紀委員の特権を表す質の良い観客席である。

 中にいるのは勿論、風紀委員たち……一般風紀委員たち、既に戦闘衣装の紀律さだめ、そして……ウルトラお嬢様である綾間 礼。


 彼女らを取り巻くムードはどこか異様であった。何かを確信し、そしてそれらが無事行われるのを待つだけの消化試合の見物のような、冷たい空気。


「なーんかイヤな感じだろ……。アイツら、なに企んでやがるんだか」


___



 数分も経たぬうちに、”決闘”の準備は整然と整った。

 さゆと西園寺の席は睨み合うように対角線上へ置かれ、中央奥に置かれた長テーブルには四人の審査員が横並びになって座っている。

 さらに全方位から見えるポール状の縦長電光掲示板が審査員席の両端から二つ伸び、これがお嬢様力の得点を表示して最終的な勝敗を決めるのだ。


「さて、準備が整いましたのでお二人とも着席を」レフェリーは言った。


 二人にはそれぞれ学園側が用意した執事が一人ずつ付けられ、これらが決闘中の世話を担当する。


 それぞれの椅子が執事によって華麗に引かれ、両名は席におさまった。


「では……」


 深い深呼吸の後、レフェリーは目を見開き、全体に響き渡るような声で決闘の火ぶたを切って落とした!


「開始しますッ!!!」


『うーん、これって一種の茶道?ってことですよね。もしかしてわいわい実況すると良くないですかね?どう思いますか学園長?』


 久しぶりに実況席からのコメント。金城大蛇だ。


『う〜〜〜〜〜ん……とりあえず……う〜〜〜ん………………むにゃ………』


『が、学園長?もしかして寝て……な!?!?!?テーブルに押し付けられしなんという胸の大き』


 ザザッ。という音と共に実況席からの声は突如として途切れた。

 さゆがジト目遣いで実況席へ目を向けると、居眠りを始めた学園長がよだれをリットル単位で流したために足元の機器が故障したようであった。


(((あ、相変わらずこの学園めちゃくちゃだ……)))


 実況席内はちょっとした騒ぎになっている。トラブルを受けて助太刀しにきたスタッフ達や、胸から視線を外せないながらも冷静にこれからの動きを判断しようと顎に手を当てている生徒会長、静かな寝息と共に口端から涎を流し続ける学園長、など、最早実況解説の役割をこなすどころではない。 


 やがて、背後から見事としか言いようがない見栄えのバニーガール銀髪美女(ちなみに彼女は副生徒会長である)が姿を現し、『気にせずお続きを♡』と書いたプラカードを片手で掲げて柔らかく手を振った。


(((はっ)))


 ここでやっとさゆは我に帰り、自分が決闘の当事者であることを思い出す。


(((違う違う!目の前の勝負に集中しなきゃ……!!!ええっと、お茶を飲む決闘方法もあるからって一応鳳凰院さん教えてくれてるけど、あくまで一通りだから上手くできるかなあ……)))


 さゆはかぶりを振って目の前へ向き直す。テーブルでは、既に執事が動き出していた。


 ゆっくりと、ポットを持ち上げる執事。彼が目を閉じたままそれを傾けると、煌めく紅のアーチが注ぎ口から生み出された。

 アーチは華麗な曲線を描き、終着点は当然カップの中だ。さざ波をたてる水面が一定の速度で上がっていくのをさゆが夢中で見つめていると、それはカップ縁からきっちりと4cm下で止まった。


 次に執事はポットを置くと、隣に置かれているミルクピッチャーの取手に指を通した。

 ゆっくりと注がれるミルクを紅茶が受け入れ、ティースプーンが驚くべき無音でそれらをかき混ぜたことにより、カップ内に満たされていた残酷な赤茶色は生肌のように暖かみのある色へと変わる。


「どうぞ」


 万事は整い、あとは飲むのみ。

 さゆは見てはいけないと思いつつも、ちらりと対戦相手である西園寺の様子を伺った。

 彼女は平然と、まるで今が決闘中ではないかのような落ち着きっぷりを見せ、既にミルクティーに口を付けていた。


 その言葉では言い表せぬ気品は、やはり育ちの良さというものなのか。


(((負けてられない!)))


 さゆも心の中で気合いを入れ直す。カップに手を伸ばし、取手に指を通さずに人差し指と親指で挟んで持つと、ゆっくりと飲みすぎない量を啜った。


(((……?これ……!?)))


 その時にさゆの口内を襲った違和感は、筆舌に尽くしがたい。


 練習で飲んだものとは違った味だった。確かにミルクティーだが、何かが変だ……!


 さゆは目を見開き、風紀監視室を睨んだ。

 そこにいた風紀委員たちはみな口を閉ざし無表情そのものであったが、一人、にやけ顔を隠せずに肩を振るわせている生徒がいる。副委員長の綾間 怜だ。

 隣にたたずむ鎖コート姿のさだめは綾間にどこか批判的な眼差しを向けていたが、表立って抗議しようという気はないようであった。


 そして、そんな違和感の正体はすぐさま”症状”となって彼女を襲う。


(((い、意識が……!!)))


 ぐらりぐらりと世界が歪んでいる。

 さゆは手元のカップに目を落とし、何か仕込まれたことを察した。身体の重心コントロールが効かなくなり、椅子から倒れ込みかける。


 観客席から、困惑のどよめきがくぐもった。


____


 その頃、観客席。


「さゆ!」


 さゆの明らかな異変に気付いた烈火は思わず叫んだ。しかしその声は溶けるように観客席のざわめきにかき消され、本人へは届かない。

  

「くそッ!アイツらやっぱり何か仕込んでやがったんだ!」


 彼女は手すりを掴んで、歯をぎりりと噛み締め、今にもここから飛び出していきそうな様子である。


「……なるほど」


 一方、縦ロールは怒りに震える烈火とは対象的に、冷静に状況を分析していた。


 確かに遠回りではあるものの、これならば手を汚さずにさゆのお嬢様としての品格を台無しにできる。

 東風さゆの事を知っている烈火らはまだしも、事情を知らない観客がこの様子を見た第一印象は、「あまりの緊張による失神」「慣れないお嬢様オーラのぶつかり合いに耐えられなかった」であろう。


 戦って負けるのならばまだしも、一般人であり、お嬢様として失格であるさゆはその手前で意識を失い、敗北するのだ。

 彼女のこれからの学園生活を暗黒に染め上げる出来事としては、十分すぎると言えた。


「アイツら卑怯にも程があるっ!!!こうなったら私が直接乗り込んで……!!」


「待って」縦ロールは前を向いたまま言った。


「止めてくれるな!!」


 烈火は目をギラつかせて言い返す。しかし観客席から飛び立とうと足をかけたところで、いまだに縦ロールが動じず一点に視線を集中させているので、少し不思議に思った烈火は彼女の見ている何かをチラリと見た。


 それはやはり東風さゆであった。しかし、縦ロールは彼女を心配そうに見ているといった様子ではない。


「彼女の目を見てごらんなさい」


「目……?」


「あの子は今、お嬢様としての壁をひとつ乗り越えようとしているわ」




_____



 さゆの意識は限界を迎えていた。



(((た、耐えなきゃ……でも……もう頭が ……))



 必死の抵抗も虚しく崩れる体勢。垣間見えた西園寺の微笑。


 手元のミルクティーはゆっくりと傾き、中身がテーブルに落ちてしまいそうになる。

 

 負けてしまうのか。

 

 やはり庶民は、お嬢様には勝てないのか。



(((せっかくみんな、応援してくれたのに……やっぱり、私は……)))



 闇に落ちていく視界。


 さゆの意識は奈落へと落ちていく。


 抗おうにも身体に力が入らない。



『………………………ゆさん…………』


 誰かの声が聞こえる。


(((だれ……??)))



 真っ暗な視界の中、声の方向すらも分からず、無力なさゆはただ手を伸ばす。

 無意味な行動であると、内心分かっていながら。



 だが


 その手はとられた。




(((!?)))


 目を開けると、初めて通学をしたあの日と同じように、美しい手が自分の手を握っていた。


 その手の主は、微笑みかけて言う。



『ええ、きっと大丈夫。さゆさんも立派なお嬢様ですもの』



 暗闇に包まれていたはずの視界に、一筋の光が差し込んだ。



(((…‥そうだ)))


 その光の筋はだんだんと数を増やし、幅を広げ……。


(((私は……)))



 もはや眼前に、闇は一欠片も無かった。



(((私は”庶民”じゃない!!)))



 ホワイトアウトした視界にヒビが入り、ガラスの如く砕け散る。


 光を超えて、戻ってきたのはコロッセオの光景。


    さゆの瞳に、闘志が灯る!



 気合いを全身にみなぎらせ、崩れ落ちている軟体生物のような身体を無理やり起立させ、背筋を伸ばす。


(((お嬢様学校に通う……立派な……!!!)))


 片手のカップを頂点に掲げ、さゆは立ち上がった!


(((”お嬢様”なんだッ!!!!!)))


 そしてそのポーズは、鳳凰院との特訓で培った旗揚げの姿勢と同じであった。


 観衆席はどよめき、既にカップを皿へと置いていた西園寺さえも驚きの表情でその姿を見ていた。


 ピピピピピピ……。


 審判でさえフリーズする中、審査員の採点を受けた電光掲示板が迅速に結果を表示する。


 観衆は纏まらない思考のまま、とりあえず映される採点結果に目を向けた。


 東風さゆもまた、やりきったという清々しい表情で掲示板に振り返る。


(((ありがとう、あやちゃん。それにみんな……。私、なんども躓きそうになったけどその度に助けられちゃった)))


 心中は感謝の気持ちでいっぱいだった。


(((でも私もやっと、自分に自信が持てたよ)))



   サイテンケッカ



        西園寺 東風

優雅さ     4.8 1.2

テクニック   4.9 0.8

表現力     4.5 3.1

味       4.2 4.2

こく      4.0 3.8

のどごし    3.3 4.1

汗       2.9 5.0

ハート     1.3 7.8



総合点数    29.9 30.0

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る