第10話「レイニー・シーズン(3)」


 お嬢様とお嬢様の決闘。

 

 それは単なる勝負事などではない。


 いくつもの儀礼的作法を通り、何度も和解の機会を与えられつつもお互いが譲れない場合にのみ許される――神から見定められし支配者同士がエゴをぶつけあう特例。


 超古代からの文献「嬢文怒記」には、こう記されている。





”オジョウサマ ドンパチ ヤッテル クサ”





_____



「「「……」」」


 お昼休み。

 昼食を食べ終えた西園寺瑠美とその取り巻き達の間では、普段より重々しい雰囲気が流れていた。

 理由はもちろん、今朝に東風さゆから申し込まれた”決闘”についてである。

 取り巻きはもとより、さゆへの虐めに直接関わっていないクラスメイト、果ては当の瑠美本人でさえもあれは予想外の行動であった。


「西園寺さん。何も恐れる必要はありませんわ」


 取り巻きの一人が声を上げた。月露だ。


「恐れる?何を。庶民如きに恐れなど」

 

 西園寺はそう言いながらティーカップをかちゃりと音を立てて置き、月露を横目で睨みつける。


「では挑戦は受けられるので?」


 しかし月露は恐れず問うた。彼女と西園寺の関係性は一見ただ取り巻きと主のようにも見えるが、その距離感はどこか近い。


「怖いですわ!」「今朝の教室での蛮行。思い出しただけで……」「野蛮な……」その他の取り巻き達も堰を切ったように狼狽を表に出し始める。


「……」西園寺は視線を正面へと戻し、少し黙って思いを巡らせた。


 大衆の前であれだけ堂々と宣言したのは、考え無しの行為では無いだろう。

 恐らくは、逃げの封殺……。対決の前に手を汚さずに決着を付ける”優雅”なやり方をさせないためだ。


(……逃げる?何を。彼女など敵ではありません。そうだ。もっと、もっとあの顔を歪ませたい。そう、彼女は被捕食者。私が彼女を捕食する立場なのです。かわいいあの小動物……東風 さゆ。さゆ。さゆ……)


 そう西園寺は思い、回想する……。


 あれは確か入学式の次の日。恥ずかしがりながら教室へと足を踏み入れる東風さゆを一目見たその時から、彼女の心は底無しの沼に囚われた。


 家に帰り、執事達に命令をしてすぐにさゆの個人情報を調べ上げ、驚いた。彼女にはなんの家柄も地位も無い。ただ単に学力を極めてこの学校へと入学した天才であったと知った時には、西園寺の心に初めて嫉妬のようなものが生まれていた。


 やがてその好意は嫉妬と混じり合い、極めて複雑で陰湿な感情となって西園寺の心を支配した。


 自室の壁は気付けばさゆの写真で埋め尽くされ、手作りのさゆぬいぐるみを何体も何体も作成しては夜な夜なハサミで切り裂き、えも言えぬ快楽に悶えた。

 

 今や西園寺にとってさゆは依存対象であり、明確な片想い相手であり、忌むべき敵でもある。


(……彼女に対して私が退くようなことはありえない)



「そう。逃げずに戦えばいいのです」



 そんな西園寺の酷く捻じ曲がった敵意に呼応するかのように、酷くえらそうな声が正面から突如として投げかけられる。


 声の主は取り巻きの誰かでは無かった。しかし西園寺は彼女をよく知っている。


「……綾間様」


 やや怪訝そうな瞳の月露は、歩いてきたウルトラお嬢様の名前を小さく呼んだ。黒髪のツインテール、腕には「風紀」の腕章がこれ見よがしに付いている。顔立ちは美しいが、何も考えていなさそうな目が周囲の尊敬の念を損なう原因の一つとなっていた。


 彼女は綾間 礼。風紀委員の副委員長であり、ウルトラお嬢様であり――今行われている東風さゆへのいじめ行為を指揮する黒幕である。


「ごきげんよう皆さん。土下座」


 綾間は言った。挨拶を受けた取り巻き達は口々にごきげんようと返すものの、誰も土下座はしなかった。

 

「むう、なんで土下座しないの!?」


 綾間は顔を赤らめて少し涙目になりつつ、目の前の理不尽に抗議した。彼女……通称”土下座ちゃん”はいつもこうなのである。


「綾間さん、今回の件は既にお耳に……?」


 月露はそう訊きながら、胸ポケットから折り畳まれた布を広げ、手慣れた仕草で腕に通し、ピンで留める。それは腕章で、「風紀」の文字がしっかり書かれていた。


「む……ええ。風紀委員の耳は全てを網羅していますからね」


 耳に手を当ててひらひらと動かしながら綾間は言った。


「それでは、西園寺さんには決闘の場へ挑むべきと」


「もちのろん。彼女の家柄などは既に調べてあります。ま、庶民ですね。取るに足りません。デコピン一発で倒してください。それで終わります。ね、西園寺さん」


 綾間は耳から手を離すと、今度は空にデコピンを撃ちながら西園寺へ視線を向ける。

 沈黙を貫いていた西園寺は、ここで初めて顔を上げて綾間と目を合わせ、にこりと微笑んで言った。


「……お任せください、綾間様。この西園寺瑠美、お嬢様のプライドに賭けてあの庶民を打ち破ります」


「それでよろしい」


_____



 一方同時刻。校舎裏の物陰にて、三人の生徒が静かな作戦会議を行っていた。


「……それで、勢いのままに決闘を申し込んだ。と」


 その内の一人、縦ロールは校舎の壁にもたれかかりながら、気怠そうにパックのいちごミルクを啜って言った。


「いやァー流石だぞ東風ッ!!見直したッ!!」


 もう一人の烈火はさゆの背中をばんばんと叩きながら、豪快な笑い声を上げる。

 彼女は「東風という新入生がクラスメイトへ決闘を申し込んだ」という噂を聞き、爆速で駆けつけたのだ。


「えへへ……」


 そしてこの決闘事件の当事者であるさゆは、両指をつんつんと突き合わせながら照れ笑いを繰り返していた。


「でもあなた、”決闘”ってどんなものか分かってるの?」縦ロールはさゆへ言った。


「ええと、一応教科書で調べました。マナーとかを競うんですよね?」


「うーん……そういう形式もあるにはあるんだけど……」


「決闘ッ!」


 急に烈火が叫んだ!そして言う。


「要はどちらが真のお嬢様足り得るかを競う勝負!!風格、マナー、そして何よりも大事な『お嬢様力』で勝敗を決するんだぞ!!」


「今更なんですけどそのお嬢様力って概念、私よく分かってなくて……」さゆは恐る恐るきいた。


「ああ!要は、殴り合いだな!!」


 烈火は堂々と答える。さゆの顔が青ざめた。


「ええぇーーーーっ!?むりむりむむり!」


 頭をふるふると振って狼狽するさゆ。縦ロールはため息をついて言った。


「じゃあ辞退するの?多分退学になっちゃうけど」


「退学ーっ!?むりむりむりむむぐっ」


 頭をさらにぶんぶんと振っているさゆの口元を烈火が人差し指で華麗に塞ぐ。その瞬間だけ、普段の彼女から少し雰囲気が変わった。


「私に任せろ」


 さゆは、無言で頷いた。


_____


 

 その日から始まった修行は筆舌に尽くし難い過酷の連続であったが、あえて読者の皆さんにもその一部をお見せしよう。

 

 (戦の準備みたいなドラムが流れる)



 ――砂風舞う緊張のグラウンド。ハチマキを付けて両手に何かを持ったさゆと腕組みして仁王立ちの烈火が、神妙な表情で目線を交わしていた。


「……」

「……」


 沈黙を守る二人。何分の間そうしていただろうか。


 烈火が……


「!」


 動いた!


「赤!!!」


「はい!!!!」


「あげて」


「はいっ」


 烈火の指示通り、さゆは右手の赤旗を上げる。


「白上げないで赤下げて」


「はいはいっ」


 極めて複雑な指示である。しかしさゆはなんとか食らいつき、赤旗を降ろしてみせた。


「赤上げたと思ったら上げないで白と黒の絶妙なラインを見極めつつも犯人を逮捕する名探偵刑事マクベの一見冷たい表情の奥にある燃えるような魂のように赤い旗あげて」


「はいっはいっ?はい……」


 さゆは困惑した様子を隠せない様子でまた赤旗を上げた。が、もう我慢の限界であったようで、彼女は大きく息を吸い込むと、この状況に高らかにツッこんだ。


「……これ!!!!なんの特訓になるんですかーーーーっっ!?!?」


「バカヤローッ!!お嬢様力を鍛える由緒正しいトレーニング方だーッ!!」


 特訓はまだまだ続く!


__________


_____


__




 そして時は過ぎ、遂に決闘当日を迎えた。


 決闘場所は学園内に設立されている専用のバトルグラウンド。


 外観はローマのコロッセウムを意識した豪華な造りとなっており、楕円形のバトルフィールドとそれを見下ろす観客席で構成されている。

 点在する絢爛な装飾や芸術的造型の見物席が羅列されし上部構造の一切を無粋だと切り捨てるように、敷き詰められた砂のみが存在する無骨なフィールドで、お嬢様同士はお互いのプライドを賭けて戦うのだ。


「決闘ですわーーッ!」「YABAN!YABAN!」「お手洗いはどこでしょう?」「やばい!」「新入生同士の決闘なんですってね」「お嬢様力余りあってよろしいですわ」「サイコーーーーっ!!」


 天候はあいにくの曇り。しかし席の殆どは珍しい決闘に釣られた生徒達で埋め尽くされ、凄まじい賑わいを見せている。


「さあーッ!!!やってまいりましたの決闘ですっ!!!」


 ざわつくコロシアムを切り裂くように張り上げられたマイクに観客は釘付けになる!歓声が上がった!


「司会はワタクシっ!!金城 大蛇(かねしろ おろち)がお送りします!」


 司会席に座る黒髪の角メガネ生徒がマイクを握りしめて言った。彼はこのグランドすごいよ学園の生徒会長。階級はウルトラお嬢様である。


「かいせつのがくえんちょうです〜〜よろしくね〜〜」


 床に付くのではないかと思うぐらいに長い白髪を伸ばした女神姿のおっとりした女性が、にこやかな笑みで観衆へと手を振りながら挨拶をした。彼女は学園長。一見ゆるい性格だが底の知れない人物という評判が生徒たちから上がっているものの、実のところただゆるいだけなのではないかという説もあり、結局はよく分からない。


「さてまず気になるのは今回のお色気要素ッ!お色気要素ですがやっぱり、こう、露出の多い剣闘士コスとかどうでしょうか!?二人の入場入りはまだですので、期待が持てますねっ!!ああっ!!早くかわいい女の子が見たいです!!」


 唾を飛ばして熱く語る金城。彼は眉目秀麗な秀才であるが、欲に忠実な男でもあった。


「がんばって〜〜ほしいですね〜〜〜」


____


「遂に。だな」


 試合前の選手控え室。張り詰めた空気の中、凛々しい表情で佇むさゆに烈火は語りかける。


「はい」


 さゆは頷いた。色んなことがあった……だが、今彼女の心の中にあるのはひとつだけ。

 決闘を制すること。ただそれだけだ。


「この一週間でお嬢様についてお前に叩き込めるだけのことは叩き込んだ。中々いいスジをしてる。何よりの収穫は”能力”に気付けたこと……上手くやれ」


 そう言うと烈火はさゆへ背中を向け、退室しようとドアを開いた。


「「「「烈火さん!!」」」」


 その瞬間、沢山の嬌声が室内になだれ込んできた。


「わっ!お前らついてきてたのか!?」驚く烈火。


「当たり前ですわ!」「最近我々の前に顔を出してくださらなくて心配していましたのよ!」「押忍!番長!ですわ!」「烈火さま好きです抱きついていいですか!?」「番長ーー!」


 烈火の舎弟(勝手に名乗っている)のお嬢様たちである。二年生などの上級生すら混ざっており、口々に烈火への愛を口にする様子はまるで餌を待つ雛鳥のようだ。


「じゃ、じゃあ私は観客席へ戻るから。あとは……。ん?そういえばその制服の上着、いつも着てるやつじゃないな?」


 烈火は舎弟たちの対応に追われながらも、さゆの変化にここで気付いた。

 特にデザインに変化があるわけではないが、いつも登校する時に着ている服ではない。胸のバッジ……スーパーお嬢様を示すものだ。さゆは階級はまだお嬢様であるから、このバッジは持っていないはず。


 この問いに、さゆはどこか誇らしげに答えた。



「友達の、贈り物です」

 


 ガチャリとドアを開けてさゆはバトルフィールドへと向かう。烈火も舎弟たちに半ばもみくちゃにされながら観客席へ向かい、控え室には誰もいなくなった。



 ――決闘が、始まる。






続く!

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