第7話「-劇場版- グランドすごいよ学園って何パンダ? 〜土下座のウーパールーパー〜」



「う、ううウルトラお嬢様って、この学校に30人しかいないっていう……」


 さゆは震えながら呟く。入学初日、理解が追いつかないながらも奇抜な学園システムの説明を受けた際、最も印象に残っていた「お嬢様ランク」。

 あの神骸(かみむくろ)という男の言葉が確かならば、さゆは入学二日目にして学園上位30名の一人と遭遇してしまったことになる。


「そう、彼は風紀委員に存在する二人のウルトラお嬢様の一人。学園屈指の武闘派……彼がなぜここへ……!?」縦ロールも動揺を隠せない。

 

「さゆさん」

「わっ」


 その時、さゆの腕の中で糸の切れた人形のようになっていたあやが突如として目を見開いた。


「あやちゃん!?まだ安静にしといた方が……」


 立ち上がろうとするあやに手を貸してあげながら、心配そうに声をかけるさゆ。


「ごめんなさいさゆさん、心配かけましたわね。記憶が少しおぼつきませんが、確かメトロノーム糊の襲来に備えた作戦会議中でしたっけ」


「ううん。さっきあの風紀委員さんに襲われてた時にあやちゃん気を失っちゃってね、赤いお姉さんが助けに来てくれたんだけど、あの強そうな男の人に倒されてどこかへ飛ばされちゃったの」


「なるほど、マックは美味しいものね」


「話聞いてる?」


「……それで」


 あやは目を細め、校門前へと視線を投げかけた。

 倒れた風紀委員。それを乱暴に踏みつける男。背後に控えた下級委員の軍勢。


「あの男は何ですの?」あやは言った。


「彼は風紀委員副委員長、神骸。足蹴にされているのは二年の紀律さだめね」縦ロールがすかさず説明する。


「そう。放ってはおけませんわね」


「確かに可哀想だけど、こればっかりは仕方ないわ。私たちだって危険よ。とにかくここから離れないと」


「なるほど」


 その言葉を聞き、あやは歩き出す。しかしその方角を見て、縦ロールとさゆの顔色は真っ青になった。


「ちょっと、あなた!?」


 しかし早乙女あやは、悠々とした足取りでウルトラお嬢様である神骸へと向かっていく。


「あやちゃん!」


 さゆは抱きついてでもあやを止めなければと思ったが、その臆さない背中を見てすぐに諦めた。

 これは恐らく彼女のポリシーに反する出来事なのだ。いくら引き留めても無駄だろう……つい先日の自分が、ちょうどそうであったように。


_____


「ぁァ?」


 土を踏み締める靴音に神骸は振り向いた。すると校舎の方向から、一人のお嬢様が明らかに敵意をはらんだ瞳をこちらへ突きつけて向かってくるのが見えた。


「誰だテメェ」神骸は言った。


「……」あやは何も答えない。


 神骸はさだめの肩に脚を置いたまま、鉄パイプを担ぎ直して向かってくるあやへ身体を向けた。

 背後に控える無数の部下風紀委員たちも、不気味なほど自我の薄い瞳で彼女を見やる。まるでゾンビのようだ。


「足をお退けなさい」


 あやは言う。


「これは教育的指導だ。部外者のお前になんの関係がある?」


「いかなる理由があろうと、淑女を足蹴にすることは許されませんわね」


 巨漢の前で立ち止まり、あやは堂々と拳を構えた。

 それを受け、神骸もおもむろに拳を振り上げる。


 同じ構えの二人だが、男から立ち昇るようなオーラがその勝敗を既に予告していた。

 圧倒的な差だ。あやに勝ち目はない。


「風紀執行妨害だな。歯を食い縛れ」


 そう言うと神骸は、拳を容赦無く振り下ろす――

 しかし!


「あやちゃあああぁん!!」


 あやの前へ突如として割り込む人影!!東風さゆだ!


「チッ」


 だが彼は怯まない!そのまま拳を振り抜き、乱入者を殴り倒した……はずだった。


「うわーーーッ!!!!……あれ?痛くない?」


「あ……?」


 神骸の拳は割り込んできたさゆの胴体へクリーンヒットしたかに思えたが、不可思議なことに彼女の身体は無事であった。衝撃を受けた様子もなく、まるで攻撃を無かったことにされたような感覚。


「早乙女ーっ!!」


「おッ」


 一瞬の戸惑いに気を取られた神骸は、さゆの背後から飛び出てくるあやへの反応を遅らせてしまった。


「パーーーンチッ!!!!!」


 咄嗟にお嬢様パワーによるシールド展開を行おうとしたが間に合わず、あやの馬鹿力がこもったパンチは神骸の頬を正確に撃ち抜いた!


「がはッ」


 どすん、と鈍い音を立てて大男は地面に沈む。

 すると背後の風紀委員達が機械的な動きで一斉にあやとさゆの周りを取り囲んだ。彼らは神骸が倒れたことにもさほど動じていないようだ。


「わたくし〜WIN!」あやは拳をあげた。


「あ、ああああやちゃん。やばいよ……!?」さゆは恐怖の悲鳴をあげた。


 人形のように静かな風紀委員たちとは裏腹に、校舎からはどよめく声が聞こえてくる。授業前の生徒たちが窓際に集まって、校門前の騒ぎを見物しているのだ。


 校門前で風紀委員達が生徒を検挙しているのはいつものことだが、それに抵抗して戦闘になることなど稀で、さらにウルトラお嬢様に真っ向から勝負を挑むなど大問題だ。

 これから大狼藉を行ったあやたちがどうなるのか。生徒達の好奇心の入り混じった興味が一斉に向けられている。


「さゆさん、また助けられましたわね。ありがとう」


「え、いいよ!だって友達だもん!……じゃなくって!?」


 じりじりと詰め寄ってくる風紀委員たち。さゆはあやの前へ立ちつつも脚を震わせていた。これから自分はどうなってしまうのだろう……?


 そう思った矢先、校舎から聞きなれない放送音声が響き渡った。


「「「!」」」


 全生徒が手を止めて放送スピーカーへと目を向ける。


『――各風紀委員へ伝達。

風紀委員長より伝言である。

緊急会議を行うため、全ての業務を中止し、至急、風紀室へ集合すること。

現行風紀規定に則り、このアナウンスより三分以内に集まれなかった生徒へは処分が下される。

以上! 』


 放送が終わると、一瞬の静寂が校内を包みこんだ。やがて”いまのは風紀委員に向けた放送なのだ”と安堵した生徒たちが日常生活へ戻り始め、学園内は再び動き始める。


 それはあや達の周りを取り囲む風紀委員たちや、地面から起き上がった大男……神骸もむろん例外では無かった。


「わっ!?生きてたの!?」さゆは叫んだ。


「当たり前だろクソッタレ。……しくじっちまった」


 神骸はそう毒ずくと、平然とした様子で頭をかきながら、重装砲兵のようなしっかりとした足取りで校内へ帰っていく。その背後をぴったりと規則正しく追従する風紀委員の群れ。


 もう彼らの脳内にあや達の事など毛頭ない。『風紀委員長』からの集合指令があれば、例え自らの身体が火に包まれていようとも風紀室へ彼らは向かうだろう。それが”風紀委員”なのだ。


「私の威光に恐れ慄きましたわね」あやは勝ち誇ったように言った。


「た、助かった……??」


 そんな突然すぎる嵐の去り方に、さゆはしばしの間、現実感を無くしてきょとんとしている。


「あなたたち、奇跡の生還とはこの事だわ」


 二人がそうしていると、驚いた様子の縦ロールが校舎から歩いてくるのが見えた。


「あ、縦ロールさん!」さゆは言った。


「失礼な呼び方ね。私には縦口 一ノレ(たてぐち いちのれ)というちゃんとした名前があるのよ」


 腕組みした縦ロールは不服そうにさゆへ言い返す。


「(そんな名前だったの!?)」さゆは人知れず驚愕した。


「?どうかいたしまして?」


「い、いえ!」


「よろしくですわ縦口(たてぐち)ールさん⭐︎」あやはグッドポーズをして言った。


「こちらこそ、あやさん。あと次同じ呼び方をしたら絞め殺しますわよ」


 縦ロールも笑顔で言った。すると長い金髪が意志を持ったように伸び、あやの身体に巻きついて軽々と持ち上げる。


「おわ〜〜〜っ!?」


「あやちゃーーーん!?」


 持ち上げられて叫ぶあやと、それを見上げてあたふたとするさゆ。

 そんな二人を横目に、縦ロールはひとつ疑問を口にした。


「……それで、どうしてさゆさんは上着がなくなっているのかしら?」


「えっ?」


 はっとして、さゆは自分の白い袖に目を落とす。確かに縦ロールの言うとおり、彼女の上着は消えてブラウスだけになっていた。


「アレ?ほんとだ全然気が付かなかった!どこいったんだろ……?」

 

 驚いてあちこちと周囲を見回すが、消えた上着のゆくえは分からない。


「あれー……??」


「さて、では教室に参りましょうか」縦ロールはあやを持ち上げながら言った。


「そうね。一限がもうすぐ始まりますし」縦ロールに持ち上げられながらあやも同意した。


 そこかしこと周りを探って制服を探すさゆを残し、二人は教室へとゆっくりと向かうのであった。


「あれ〜??……わーっ!!二人とも!!ちょっと待ってよーー!!」


_____


――PM 8:45――


「……それではこれより、第3492回グランドすごいよ学園風紀委員会を執り行います。みなさん、土下座」


 ツインテールにささやかな花の髪飾りが特徴的な、黒髪の風紀委員がそう宣誓すると、巨大な室内に所狭しと並べられた椅子に座った風紀委員たちが立ち上がり、「よろしくお願いします!」ときっかり斜め45度の礼を行った。


「土下座って言ったのに!!」


 黒髪風紀委員は嘆く。


「うるせえぞ綾間、とっとと始めろ」


 隣で立っていた大男、神骸は心底いらついた様子で溜息をこぼして言った。

 彼女の名前は綾間 礼(あやま れい)。風紀委員に所属する二人のウルトラお嬢様の一人であり、神骸とは犬猿の仲で知られる。


「はぁあ!?ウルトラお嬢様の私に命令しないで!!土下座して!!」


「俺だってウルトラお嬢様だァ!!」吼える神骸。


「わあ声おっきいっ」怯む綾間。


「二人とも、お静かに」

 

 そんな二人を咎めたのは、風紀室最奥にかけられた垂れ幕から聞こえる支配的な声色だった。


「「!」」


 言い合っていた二人はその声が聞こえた瞬間、ピタリと口を止めて静止する。


「ここは風紀の中心。喧嘩のような乱れた風紀が起こすトラブルなどありえません。……仲良しよね、二人は」


 声の主は紅茶をテーブルに置いておだやかに言った。揺れる水面に、ウェーブのかかった薄紫の髪と赤い残酷な瞳が映る。


「「はい仲良しです!!」」綾間と神骸はぴんと背筋を伸ばし、口を揃えて言った。


「よろしい……さて」


 声の主は座る椅子の手もたれに肘を預けて頬杖をつき、妖艶なポーズで浮く二枚の写真を見つめる。

 写真には、金髪の少女が一人ずつ映っていた。


「今日の議題は新入生”早乙女あやについて”……。風紀を守って、今日もがんばりましょう」







続く!

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