第4話「-劇場版- 始動!早乙女あや! ~東からの風と美味しい白湯はいかが?〜」

第四話「-劇場版- 始動!早乙女あや! ~東からの風と美味しい白湯はいかが?〜」



「この子のお友達を傷付けるのは、困りますわ」


 ナイフを握る傷跡の腕を横から掴み、あやはトーンを落とした別人のような口調で言った。

 窓から差し込む陽射しが彼女の背後へちょうど逆光を投じ、表情から鋭い眼差し以外の全てが影に落ちていく。

 もはや彼女は”早乙女あや”ではなく、”別の何か”だった。


「はな、せ……」


 傷跡は震えながら、掴まれていない左手をあやの髪へ伸ばそうとした。

 だが、その手が伸び切る前にあやは掴んだ手ひと捻り。傷跡は呻き声と共に左手をあらぬ方向へ投げ出し、これで彼に為す術は途端にひとつも無くなってしまった。


「す、すごい……」


 大の男が少女一人の腕に動きを止められるという、衝撃的な光景であった。

 さらに彼らを襲った災厄はそれだけではない。


「ボス!!」


 運転席のニット帽が突然絶叫した。

 一方傷跡はあやに腕を捻られたことへ気を取られ、そちらまで気が回せないようである。


「何か……」


 彼の目線の先にいたのは、執事服姿の男だった。


「何かいます!!!!!」


 道路の真ん中で堂々と腕を組み、彼らが乗るハイエースの行手を阻むように仁王立ちで微動だにしないその男。


「正気かよ!?」


 半ば恐慌状態に陥りながら、当然ブレーキを踏むニット帽。しかし車が停止する間もなく、執事は既に槍のような飛び蹴りをもってフロントガラスを突き破っていた。


「ひゃっ」


 突然の衝撃音と共に、さゆは自分の中の時間感覚が急激に鈍化していくのを感じた。

 まずフロントガラスの破片が視界いっぱいに溢れかえり、黒いスーツの脚が車内に侵入してくる。そして上半身が見えると、黒いスーツは執事服の一部だとようやく分かった。


(誰!?)


 それを着た男の顔がこちらへ向いたかと思うと、腕がまっすぐ伸びてきて身体がシートから宙に浮く。そして視界が……急激に後方へと引き戻された!

 

「なんッ!?」


 サングラスはレンズの奥で目を剥いた。

 車内に侵入してきた執事は左腕であやの身体を、右腕でさゆの身体をやや強引に抱き、侵入してきた勢いのまま車の後方にあるリアガラスを突き破っていったのだ。


_____



 街通りを迅雷の如く駆け抜ける一筋のテールランプ。エンジン音が青空のもと気前良く鳴り響き、ハンドルを握るライダーのヘルメットから伸びる赤髪は心地良くたなびいている。


(……良い天気だ)


 長身を改造制服に包み、赤髪を伸ばしたバイク乗りの女性。彼女はグランドすごいよ学園二年生、『鳳凰院 烈火』。


 今や烈火(れっか)は一陣の風。大通りへドリフトをきかせながら進入し、今までビルの隙間から僅かに射していただけであった太陽のスポットライトを全身に浴びた瞬間――彼女はまさに、命を超越していた。

 

(コイツの整備に時間がかかっちまったが、問題ない。このまま飛ばしていけば、”絶対門番”が門を締める前に校内へファンキーに参上できる)


 と、その時赤信号!


(おっと)


 信号を目にした烈火は意外にも律儀にバイクを停止線ぴったりに止めて、礼儀正しく信号が青に変わるのを待った。

 彼女はその豪快な外見に反して、ルールを重んじる性格なのである。


(……しかし、最近ほんとに退屈だな。一年の時はまだ挑戦してくるイキのいい奴らがいたもんだが、この学園の番長となってからは校内外で喧嘩のひとつも売られない。別に風紀や規則を乱したいわけじゃないが、こうも平坦な日々が続くと平和ボケしちまうな)


(そうだ……面白い出来事、面白い何かがひとつでも起きれば……)


 心地よいエンジン音を聴きながら烈火がそんな日々への小さな不満に心を募らせていると、まるで狙い澄ましたかのように、”おもしろいこと”が目の前で起きた。


「!?」


 スキール音とガラスの破れる爆音が、平和な雰囲気を吹き飛ばす。そして目の前を二人の少女を抱えた執事が横切っていった瞬間、退屈な空模様だった彼女の心は唐突な快晴に満ち足りた。


「オイッ!」


 通り過ぎる執事に手を伸ばそうとした烈火の視線は、運転手のパニックによりめちゃくちゃに回転しながら建物の壁にぶつかって停止した車へと移される。

 爆音。悲鳴。執事。……さらに抱えられた少女たちの制服は自分と同じ学校のものだ!

 なにが起こっている!?


「こうしちゃいられねぇっ!」


 烈火はバイクから降りようとした。しかしその時、制服の胸ポケットに入れていたスマホのアラームが鳴り響き、”始業時間まで残り僅か”という非情な現実を知らせるのだった。


(チッ)


 目の前で起きていることは明らかに彼女の気を引くに十分すぎるものだったが、何はともあれ遅刻はできない。

 逆再生のようにバイクへ乗り直した烈火は、エンジンをふかして学園の方向へハンドルを傾けてその場から走り去った。


(……今年の新年生は)


 無論不本意ではあった。しかし再び風の中を駆け抜けていく彼女の瞳は、先程までの退屈さに飢えたものではない。燃えていた……戦いに飢えていた新入生時代のように、ギラギラと!


(私を楽しませてくれそうだな!!)


_____


「……ひゃっ!?あれ、地面……?」


 自分の身体を持ち上げていた腕がすっと力を緩めたため、落ちると勘違いしたさゆは小さな悲鳴を上げて目を開いたが、視界に広がっていたのはコンクリートだった。手のひらと膝をついて、彼女は着地する。頭がくらくらした。未だに状況が読み込めていない。


「お嬢様。本日もクソ面倒ごとに巻き込まれてくれたようですね」


 低く、抑揚の無い声が頭上から降ってくる。さゆは顔を上げた。

 そこには、冷静な面持ちであやの頭を荒々しく鷲掴みにして話しかける執事の姿。大変な美形で、さゆはあやを初めて見た時と同じくしばし呆気にとられた。

 彼は黒髪を七三分けした目元の鋭い男性で、口元はきゅっと締まり、厳格で冷酷な雰囲気を醸し出している。しかしその瞳には憂いを感じさせ、見ているとどこまでも吸い込まれていきそうに魅力的であった。


「あら黒いそぎんちゃく、どうして私がここにいると分かったのかしら?もしかしてお父様が?」


 既にあやは先程までの”誰か”では無くなっていた。全世界をどこか馬鹿にしたような目で執事を見ながら、髪を優雅にかき上げる。

 執事はその質問に対して、あやの頭を掴んでいない手で懐からねこらしき生物をとりだして言った。


「このバカ猫が地を這って近くにいた私へ伝えてきました」


「おじょおーーーっ!!」


 ボロボロになったねこはあやを見るなり怒鳴り散らかした。あやのブラックボックスバッグから出てきたが車外へと無慈悲に放り出されたあの”ねこ”だ。


「ねこ!あんな酷いことをされて生きていましたの!?」


「お前がしたんだろこの人でなしーっ!!」


 驚愕するあやへねこは怒り心頭といった様子。今にもあやに飛びかかりそうであったが


「にゃ”」


 その前に執事に空中へと勢いよく放り出されたため、絶叫を残してまたどこかへ消えていくのであった。


「そんなことはどうでもいいのです」


「あやちゃん、この人って……」

 

 さゆが恐る恐る質問すると、あやは頭を掴まれながら動かしにくそうに彼女へ顔を向けて答えた。


「ああ、こいつは私の忠実なる僕の」


 しかしその言葉は途中で執事に遮られる。


「いえ、このアホの世話を渋々やらされている執事の黒磯 銀嫡(くろいそ ぎんちゃく)です。あなたはご学友の?」


「あ、はい!!私、東風さゆっていいます!あやちゃんとは今日知り合って!」


「そうですか。このダメダメはまぁ、悪い奴ではないのでそれなりに仲良くしてやってください」


「黒いそぎんちゃく、そろそろ手を離さないとトマトめいて頭が破裂しますわよ」


「おっと失礼」


 黒いそぎんちゃくは悪気も無い様子でその場に直り、離した腕に付けた腕時計の針を見て顔をしかめた。


「それでお嬢様、いくらバカだとしても早乙女財閥の令嬢が登校初日に遅刻はまずいかと」


「あと何分残ってるの?」


「チャイムまであと一分です」


「一分!?」さゆはその場で足踏みしながら慌てふためく。


「心配ないわ。さゆさん」


「あやちゃん!何か策が!?」


「これよ」


 憔悴するさゆの肩に手を置いたあやは、制服の胸内ポケットに隠した何かを密かに見せつける。ジジジジと焼けるような音が聞こえた。


「なんですか?それ」


 背の高い黒いそぎんちゃくは角度の問題でそれが見えず、振り返ってはてなマークを浮かべるさゆへきいた。


「うーん……」


 もう一度さゆは振り返ってみる。しかし変わらず、点火された導火線が付いている黒くて丸い謎の物体が、先程と同じくあやの胸元へ収まっていた。


「……………………どうみても爆




 大爆発が起きた。






「あやちゃーーーんっ!?わ、私たち、飛んでるーーーっ!!!」


 爆風に吹き飛ばされて宙を舞いながらさゆは叫んだ。あやは手をピースの形にして満面の笑みで言う。


「備えあれば嬉しいな☆」


「馬鹿言ってる場合じゃないよーーーっ!!!」


 さゆは半泣きになりながら、眼下に広がる街並みを見下ろした。


(うぅ……)


 視界いっぱいによく知っている住宅街やあまり行ったことのない都心部などが広がり、その中でも一際目立つ大きな学校は登校先である「グランドすごいよ学園」だ。

 

(そんな……憧れの学校に一度も登校できないまま終わっちゃうなんて……そんな)


 さゆ達の身体がだんだんと降下を開始する。目尻から溢れた涙を上空に残しながら、目を恐る恐る開けてみると、落下地点とおぼしき巨大な建物がぐんぐん迫ってきていた。そしてそれは、彼女が最も行きたかった場所……つまり。


「……あ、あれ……?」


「学校が……近づいてきて……!!」


_____



「えー、出席はこれで全部か?来てないのは……」


 その頃、学園の三階にある一年生の教室では、クラス担任が出席をとり終わろうとしていた。

 そしてまだ来ていない「早乙女あや」と「東風さゆ」の名前を読み上げようとした時。


「なんだ!?」

「先生!空!」

「何か来てます!!」「なにあれ!?」「人間!?」

「はぁ!?一体どうなって……」


「うわあああああああごめんなさいいいいいっ!!!」


 さゆの絶叫と風を猛烈に切る音。刹那、空気の交換のために開け放っていた窓から二人の生徒が隕石のごとく侵入した。


「先生!!空から人間が!!!」

「どんな遅刻回避!?」

「クールね!」


 ざわめく教室の中、もみくちゃになった二人は暫くの間周囲からの視線を受けた状態で沈黙していたが、ふと思い出したようにひょこ、とあやが顔を出し、何事もなかったような清々しい表情で高らかに言った。


「皆さまっっ!!おはようございますわーーっ!!」


「あやちゃん……元気……すぎ……」


 そんなこんなで、彼女たちの学園生活は奇妙なスタートを告げるのだった。



___




 場所は変わって、ここは校門前。


「……」


 校内へと飛来した二人を、眼鏡越しの鋭い瞳で目撃した少女がいる。


 彼女の名前は『紀律 さだめ』。

 閉じきった門を背に、あやたちのいる「1-M」教室を屹然とした態度で見上げるその目は、激しい敵意に燃えていた……。


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