第11話 重ならない心

□ 夕陽射す地下のダンスホール


 彼は目と口を閉じたまま、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきている。しかし、それはかつて愛した、踊るような雰囲気はなく、屍人が動かされているという様子がありありと見て取れた。

私の生命の気配に引き寄せられ、じわじわと近づいてくる。見たくもないのに、閉じていると思い込んでいた目と口が縫い合わされているのが見えてしまった。


「やっぱ何にも分かってなかったんだな、ゴミが」


 そう呟いたのとほぼ同時に、その動きは急変する。

 全身のギアが一気にフルスロットルになったかのように、所々人間には不可能な関節の使い方で、私めがけて不規則な動きで距離を詰めてきた。


 そして幕を開ける、世界で最後の逢瀬。


 呪術師は彼に武器の類いは持たせていなかったらしく、徒手空拳のままだ。かといって侮れる能力はしていない。その拳は大蛇を貫き、その踵落としは虎の背骨をも砕くほどのものだということを、私は誰よりも近くで見てきている。


 どうやら、呪術師特製の屍体は、精神は定着させられないが、生前の身体能力は喚び戻すことができる程度のものらしいと、ついいましがた目の前で空を切った回し蹴りを見ながら思う。


夜の方アッチの性能は据え置きなの?そういう情動がないなら無理なのかな?」


 自分でも不安定になっていると分かっている心を、息を吐くついでに軽口をたたくことで平静に保とうとする。


 私の戦闘技術の根幹には彼から教えてもらったり盗んだりしたものも含まれている。それを利用して彼の手数をさばけてはいるが、屍体として動いている彼は生前の人間的思考から解放されているようで、絶妙に動きが読みづらく、敏捷かつ力強い。追い詰められつばぜり合うような事態に陥れば苦戦は必至。


「まあ、その分技術は落ちてるみたいだけどね、死後硬直か、なっと」


 もはや呪術師の声はしない。今度こそ完全に死んだらしい。地獄で悔いていろ。

 どうも、言動からして、奴みずからの意思で私を殺しに来たわけではないらしかった。その背後にいる者のことを私はまだ知らない。唯一の手がかりだった呪術師は、それを吐かせる前にトドメを刺してしまった。


「そいつらもいつかブチコロさないとね、あなたも手伝ってくれない?」


 その声が本当の意味で届くことは永遠にないのに、そんなことを呟いてしまう。

 思いのほかスタミナの消耗が激しい。それもそうだ、ついさっき、呪術師を嵌めるためにユールに泣きを入れて準備を重ねた派手なスタントを成功させたばかりだった。

 この時間であっても、永劫に続いて欲しいと願うのは愚かなエゴだと、僅かな理性でわかっている。

 

「終わらせようか」

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