第8話 小休止

□ オアシスの外れの水場


 出発前に買い込んだなけなしの護符タリスマンを据え、たき火で火を通した粘土のような乾物を、水と一緒に飲み下す。

 呪術師クソヤロウは期限を三日後に定めてきた。それに唯々諾々と従うほど愚かでも諦めてもいない。それは即ちその日時に彼がここにいるのと同義、また殺る好機ができるということだ。

 先ほどは私の完敗だったが、


「今度は、私が殺ってやる」

 

 その実力差を正しく見積もり、正しく私を舐めていた呪術師。しかし、呼吸次第でそいつを一撃で即死させることもできないほど、差が離れているとも思っていない。百回中一回しか成功しないとしても、その一回を引き寄せればいいのだ。

 それに、せんだっての呪術師はその最大の武器であったはずの蟲を出してもおらず、出すそぶりもなく、最低限の幻覚のみ使用していた。徹頭徹尾、殺すつもりは無かったということだろう。どうやら、本気で私を呪術の世界に引きずり込むか、死体にして利用するつもりなのだ。


「反吐が出る」


 にしても、あの眼帯は何だったんだろう。視界を確保することの重要性は高いはずだが、それを捨てても得られる何かがあるということか。おそらく、何らかの制約により視界を失っているか塞いでいる。これが呪術を使用する上での前提となっているのだろう。蟲を使役できればその複眼も使用できるはずだし、元々の人の眼にこだわる必要も特にない。


「イカレてるよ、あいつ」


 あの夜を生み出した張本人である以上、分かってはいたけれど。

 ‥最後に言い残していたプレゼント、あれは一体なんだったのだろう?

 護符の効果で周囲の呪術の影響を受けたものは全て探索、解呪済みであり、それらはいずれも蟲の食いさしや死体だった。


 一旦、身体を拭いて睡眠をとることにし、水辺を覗くと胸元に違和感を覚えた。

 急いで胸をはだけると、鎖骨の間に血の色の花を象った刺青イレズミのような文様が浮き上がっていた。

護符タリスマンに反応しないことを察するに、これはただ単に呪術によって描かれ、しかしその痕跡を残さず呪術的効果も欠片も無い、ただの手遊びレベルのプレゼントである。

 蟲も目視もなしで、あの須臾の間にこんなことを仕込めるほどの腕‥?

 私は思わず地面にへたり込み、ただ身体の震えを抑えるのに精一杯だった。


 落ちていく陽だけが、惨めな敗者を照らしていた。

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