第3話 かつての記憶

□ セーフハウスの一つにて


 久々にここの空気を嗅ぐなあ、と人ごとのような感想がこぼれた。

 まだ駆け出しで、汚れ仕事にも手を染めていた日々を思い出す。

 あの頃は人間不信をこじらせており、活動範囲に可能な限りのセーフハウス‥とは名ばかりの寝泊まりができ荷物を置ける程度の空間を作ることに躍起になっていた。

 壁と地面には、かつて使っていた道具が整然と置かれている。

 感触が残らなくて嫌いじゃなかったが、費用対効果が論外だったため埃を被ったままの投げナイフ、無理を言って西方から手に入れたボウガン、どんな猛獣も貫いてきた弓矢に投げ槍、東方の友人から譲り受けた種子島テッポウ

 これらと、普段使いの双剣が、今の私だけで用意できる武装の全てだ。


「いつも通り、やることやって帰るだけ。おーけー」


 傭兵ギルド一押しのパーティーが全滅した原因に、黒幕以外だと今生きている人間の中で、心当たりがあるのは私だけ。

 蔓延する瘴気はターゲットに目印をつけるためのものであり、害はほとんどない。そして黒く染まる砂漠は、地を埋め尽くすほどに巨大なムシの群れだ。

 かつて、私の所属していた「蠍の左目」と呼ばれたパーティーは、その蟲どもに喰い殺された。

 私が生き残ったのは、ただの偶然。本能のままに放たれた蟲が、満腹になった蟲と「蠍の左目」に殺された蟲にちょうど分かれきったから。

 そして、私はパーティーの中で一番視力が良かったため、見えてしまった。蟲の群れの向こうに消えていく、子供のような小さい背中が。


「呪術師は殺す。うちの血筋は嫌いだけど、力を貸してもらう」


 入り用なものは、幸運にも穴やほつれができていなかった麻袋に放り込み、まだ日が出ているうちに少しでも移動しておこうと計算しながら、穴蔵から這い出た。


 マスターの言を信じるなら、西に急げば四日、普通なら六日あればなんなくたどり着ける。それに、


「あの日の瘴気の匂い、片時も忘れたことはない」

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