第2話 ガダルの町

□ 寄合所にて


 その後、彼女‥ユールのすすめで、この周辺に出没する危険だったり有用だったりする獣の討伐、便利屋に頼むような雑務の依頼などが張り出してある寄合所に来てみることにした。


「なーかなか渋い依頼しかきてないねーぇ」


 しかし、彼女ユールのいうとおり、このカラッカラになるまで太陽が砂を照らす季節は、普通獲物を狩りにいける時ではないというのが常識となっており、ここで暮らす人々はそれを見越して準備を重ねてきている。

 それすなわち、その類いの動物を目当てとする狩猟技術を飯の種としているヤツらにとっては、ほとんど稼ぎがない季節ということ。勿論、それ以外の依頼もあるにはあるが足下を見られるため好む者は多くない。


「来なくても分かるじゃん、さっさと傭兵ギルドの方いこうって」

「うう、アタシはアンタにはなるべくドロドロしオトナのカンケーには巻き込まれて欲しくないだけなのに‥」

「うるさい、稼げるんだし私は文句ないよ」


□ 傭兵ギルド支部「蛇使い」にて


「残念だったな、いくら元『蠍の左目』の腕利きだろうと、依頼はねえよ」


 とりつく島もなかった。


「なーんでよ?前来た時はたんまり依頼があったでしょうが、あの山が全部おしゃかになったって言われたって信じられ」

「あーうるせえうるせえ、ないもんはねえよ。とっととうせな、商売の邪魔だ」

「アタシらは取引相手じゃないってコト?言ってくれるじゃない」


 言い争う二人を横目で眺めつつ、いつも依頼が貼ってある大壁に意識を向ける。

 昨日とは見違えるほど小綺麗になった荒い壁だが、所々紙を無理矢理剥がしたり釘を抜いたりした跡が残っている。

 私はため息をついてから懐をまさぐり、よく使う中でも大きめの袋をカウンターに載せた。


「なにか重めの事情があるんでしょう、これでどう?」

「クク、俺は目と鼻が利く奴は好きだが、太っ腹な奴はもっと好きだ。

 だがな、ここの顔役として言わせてもらうが、聞かなかった方がいいこともこの世にはあると思うぜ?今なら返金してやるよ」

「あーんた、アタシのルージュの腕を信用しないっての?それにレディに太っ腹なんて言うもんじゃなくてよ」

「あんたには言ってもかまわんだろうが」


 ユールの剛腕のヘッドロックで上半身の身動きが取れなくなったマスターを白い目で見ながら、懺悔という名の情報を聞き込んでいく。

 どうやら、ここから西のオアシス付近で原因不明の瘴気のようなものが充満してしまい、しばらく通行不能になってしまったらしい。そのオアシスは人も物も、ここ中核都市ガダルに来るには絶対に通らなくてはたどり着けないほど重要で、砂漠一帯に根を張る傭兵ギルドに真っ先に救援が要請された。

 本部のギルドマスター(こいつのようなチンケな支部マスターとは格が違う)もこの事態を重く見て、動かせる中で一番の手練れを送り込んだ。そのグループは単純な戦闘力では劣る場面も見られるが、環境への対応力、柔軟な思考と判断でその地位まで上り詰めたと噂の、まごうことなき熟練者であった。

 彼らは本部直々の要請に奮起し、通達を受けてからわずか一週間で現地まで到着し、そして、一夜にして全滅した。


「かーわいそ‥」

「俺もこの結果は信じられなかった、だが、彼らを案内した地元の民が言っていたそうだ」


 ―砂漠が黒く染まり、口を開け彼らを呑み込んだ、と。


「まあ、んなことがあったから、原因不明な以上はこのあたりじゃあ似たようなケースで貴重な人材は減らせない、ってお達しが来てな、しばらくここは開店休業状態ってわけよ。納得したかこの娘っ子どもが」

 時間が解決する類いの問題かもしれんしな、とマスターは呟いた。

「自然災害みたいなものだ、飯の種はここ以外を当たるんだな」

「しょうがないねぇ、とりあえず‥ルージュ?」


 身震いが止まらなかった。


「‥そこの砂漠、ここからどのくらいかかる?」


 その言葉を聞いた二人は、信じられないといった風にため息をついた。


「だから聞かない方がいいと言ったんだ、腕利きほど命知らずってな」

「バカなこと言わんで、アタシは御免だよ」

「私一人でも行く、どこなの」

「お前はな、うちの支部じゃあ真っ先に名前が出てくる程度には名が売れてんだ。そんな奴を俺がみすみす死地に送ると思うか?弁えろ」

「五月蠅い、三年待った手がかりかもしれないの」

「三年?おいまさかお前」


 今も昨日のことのように思い返せる、あの夜。

 これに繋がる手がかりがあるのなら、命を賭ける価値がある。


「こりゃダメだな、キマってる目だ。

 俺の責任じゃねえからな、せめて生きて帰ってこい」

「アンタはもうちょっと粘りなさいよ、みすみす死にに行くのは見過ごせない」


 ごめんね、ユール。帰ったらちゃんと謝るから。


 二人の声を背中に、私は焦燥に駆られるままにギルドを飛び出した。

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