第3話 僕、疑問だらけです
「なぁに……? まだ、不満なの?」
先生は、緩慢な動きで下着を身に付けながら、僕にそう声をかけてきた。
「……いぇ、あの。……ありがとうございました、こんなことまで」
僕は、とりあえずお礼を言った。
確かに、やり方としては卑怯だろう。
僕に断る余地は無い、といっていいほどの状況に追い込まれていたのだから。
だが、これ以上騙すつもりは無いのだということは……、なんとなくわかったような気がする。
大人の女性の……、身体を許すという行為の価値はどのくらいなのか…。
初めてでもあり、交際の経験も無い僕には伺い知ることはできなかった。
だが、お金を払うという事などよりもハードルが高いであろう事は、なんとなく予想できる。
それを証明するため、そして「契約」を守らせるための対価として、「先生」は僕に身体を差し出したのだ。
「これも『契約』のうちだから、気にしないで」
そして、当然のようにそんなことを言う。
やはり、どう考えてもおかしい。
……ちゃんと聞いておくべきだろう。
答えて貰えるか、わからないけれど。
「あの、できれば……」
「なに?」
───下着姿であることを除けば、もう学校で見るような、いつもの澄ました先生だ。
相変わらず、つかみどころの無い
だが、これからこの人と多くの時間を共にすることになる。知らないままでは、……いられないだろう。
僕は、意を決して質問する。
「教えて貰えませんか……
「ぷっ……あははは」
真剣な僕の質問に、先生は不意に愉快そうに笑い始めた。
「やっぱり……、きみ達観してるっていうか……変わってる」
そして、そんなことを言っていた。
「名前も変わってるもんね……
───
それが、僕の名前だ。
「お寺の子なのよね?」
先生はそう続けた。
……どうやら、僕の事はあらかた知っている……、いや、調べてあるようだ。
「はい。……深山住職に引き取られて、曹洞宗芙蓉寺で育てられたって、聞いてます」
名前も、
「わたしは、知っての通り……保健室の先生よ。……噂くらいは知ってると思うけど?」
花菱先生は、軽い感じでそう答えた。
───
それが……、先生の名前。
だが、それ以上僕が知っていることは多くない。
先生は、僕が高校1年である……去年の冬が差し迫ってくる頃に、養護教諭として突然赴任してきたのだ。
僕が通う、
前触れ無く赴任してきたことに加えて、その時期も変だった。
それまで保健室の主だった養護教諭は、理由もわからず
花菱ひばり先生は、誰もが認める美人、そして、グラマー……同級生に言わせればエロい身体をしている。
たちまち学校中の人気者になったのだが、保健室を訪れた生徒たちの評判は、美人だけど少々がさつ、いまいち掴み所がない、という評が多かった。
その為、赴任時にあった無垢な人気は次第に薄れ、そのうち下世話な噂の種にされることの方が増えていった。
そのうちに、彼女の素性についても様々な噂が飛び交うようになっていった。
わが校の名前にもなっている、「菱」の文字───。
うちの高校は、大手製薬会社「花菱製薬」の出資によって設立されたという、珍しい高校なのである。
名前で気付いた者も多かったが、花菱先生は、その出資者の血筋の者であるらしかった。赴任についても、その学校の出資者側の意向があっての事だろうというのは予想が付いていた。
しかし、そんな華麗なる一族の人間が養護教諭として、しかもこんな変な時期に赴任してくるという理由が謎であった。
一説には、一族の権力闘争に敗れてこの辺境の高校に飛ばされてきたのではないか、という話も聞こえていたのである。
あくまで噂である。
しかし、不思議な真実味を感じる内容でもあった。
いずれにしても、彼女の素性が謎であるということに変わりはなかった。
そして今……、その謎の人物が僕と不可解な契約を結んだのである。
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