第4話 先生、どこ行くの?

 あくまで噂である。

 しかし、不思議な真実味を感じる内容でもあった。


 いずれにしても、彼女の素性が謎であるということに変わりはなかった。


 そして今……、その謎の人物が僕と不可解な契約を結んだのである。


「──噂で聞く程度の事しか、知らないですよ?」


 僕は、正直に答えた。


 先生とは違って、僕には守らねばならない秘密などは無い。唯一の秘密は、先生に握られてしまったため、……僕は既に丸裸だ。


 僕の事を、調べていたという点は、少し不信感というか……不穏な感じも受けたが。逆にいえば、そこまでして守らなければならない秘密が、先生の側にはあるのだろう。


 もちろん、秘密は厳守する。

 これに関しては……自信があると言っていい。


 性格的にも境遇的にも、僕には秘密を守るのに有利な要素が多い。先生の見立ては、正解であろう。


「うん、それじゃあ……あたしも、自分の事を開示するわね?」


 そう言って、先生は話し出した…………




 ────────────




 数時間前の事──。


 6時限目の授業が終わり、直ぐにHRが始まろうとしていた時……。

 教室に入ってきた学級副担任の直ぐ後ろに、何故か副校長が付いてきていた。


 クラス中が怪訝な表情になる中、

深山みやま…、深山窓月みやまそうげつ。花菱教諭がお呼びだ。直ぐに、来なさい」


 突然の呼び出しだった。


 だが、その相手が……あのバイト中に出くわした花菱先生と聞いて、何か言われるのだろうという予感はしていた。


 ほんの少しざわつく教室を後にして、僕は保健室に向かった。

 呼び出しなら職員室かな、とも思ったが、顔を出して…いなかったら改めてそちらに向かえばいいだろう。

 そう思いながら、保健室の扉をノックして入室する。

 そこには、ニットセーターにタイトスカート、その上に白衣を着た花菱先生が机の前に座って書類仕事をしていた。


 ……改めて、妙な状況である事に思い至る。


 副校長がわざわざ呼び出しに出向いて、いち養護教諭がどっかりと座って待っているという……、この状況。


 普通、逆だろうと思ったが、同時に彼女のが真実味を帯びて来るのも感じていた。


 そして、担任や校長などより……ずっと人間に、秘密を握られたのだということも、自覚せざるを得なくなっていた。


 仮に、辺境へ飛ばされてきたのだとしても、出資者一族の血筋の者……。この学校組織の中では、事実上権力のトップに近いものがあるのだろう、と。


 僕の姿を確認した先生は、書類から目を上げてメガネをはずし……、少し髪をかきあげてから、

「いらっしゃい、ごめんなさいね? 呼び出して……」

 そう言って、椅子から立ち上がった。


 先生は長身だ、その上…スタイルがいい。

 更に、どういうわけか…学校内だというのに、ハイヒールを履いている。そして、……立ち上がるときにチラリと目に入ったが、パンストではなくガーターストッキングを着用していた。

 普段からこうなのかは知らないが……ずいぶん攻めたというか、ぶっ飛んだ格好をしていると思った。

 普通なら他の先生から苦言のひとつも言われそうなものだが、やはり…なにも言われないほどの立場なのだろう、という想像を強く印象付けた。


「──いえ。…あの、ご用というのは?」


 僕は恐る恐る声をかけた。

 すると、即座に…


「ごめんね、すぐ出発しましょ…このあと予定、無いわよね?」


 そう言って、慌ただしく鞄を手に取り白衣を脱いで、くるくると雑に纏め小脇に抱えた。

 先日のバイトの件かと、身構えていたのだが意外にも先生は忙しそうな雰囲気で歩き出してしまった。


「は、はい。大丈夫です……けど」

 予想外の雰囲気に流されて、僕は思わず肯定の意を示してしまった。……本当は、配送のバイトの夜間シフトを入れていたので、あまり遅くなるのは困るのだが。


 花菱先生と連れ立って校舎の外に出る。


 どこに行くのだろうか…?

 校外で生徒指導というのもおかしな話だが……、どうも雰囲気が違う気がするのだ。


 駐車場に行くと先生の車と思われる、小さくて丸く可愛い車が置いてあった。国産の軽自動車である。

 らしい、と言えばらしいのだが……先ほどまでの印象だと、高級外車が停まっていても不思議ではなかったので、少し意外な気もしていた。

「乗って」

 少し急かすような声で促されたので、失礼します、も言わずに助手席にそそくさと乗り込んだ。

 先生も運転席に乗り込んでドアを閉めた。そして、持っていた鞄と白衣は乱暴に後部座席へ投げ込んでいた。

 僕はシートベルトを絞めながら、さりげなく車内を伺う。その間にも、車は動き出していた。


 車内は……少々、雑然としていた。


 生活感、というのとは違う……、何か現場作業に使われている車のような、変わった道具や機材が転がっていたのだ。


 ──さっきまでと、先生の印象がガラリと変わるのを感じた。


 高嶺の花、手の届かないイイ女、みんなのオ○ネタ………。


 生徒たちからは色々言われているが、

 そんなんじゃない……、もしかして先生……

 むしろ僕の側、……現場寄りの人なの?

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