第2話 僕、食べられました

 そんな境遇であるからして、当然ながら……僕には経済的な後ろ楯が無い。


 現状、生きていくのに必要な経費は、僕の後見人の住職が所属する宗教法人とその外郭団体が、援助してくれている。

 だが、伝え聞くところによると今の待遇は、実は親無しの子供にとっては破格の待遇らしい、ということに、ある時気がついた。


 中学に上がる頃……僕も色々調べてみた。


 公営の養護施設や、自治体の支援金などは、かなりの薄氷でお世辞にも手厚いものではないという。

 そういった社会の実情に気付いてから、自分の境遇を客観的に見ることができるようになってきた。


 この暮らしは───、いつまでも続くものではない。いずれ、世間の荒波に裸で放り出されることは覚悟しておかなければならない。

 そう気付いてから、僕はひたすら金策に励んでいた。


 学業に掛かる経費については、僕の支援組織は特に手厚く、進学についてもかなりの補助がある。

 しかしこれは、成績優秀者に限る、という縛りがあるのだ。


 自分の状況を自覚していく過程で気付いたのだが……。

 僕のお世話になっている学生寮は、その入居者全てが成績優秀者だ。要は、「成績の良い親無し」を集めて囲っている、そういう施設なのである。


 その為、寮出身の卒業生は、それなりに有名な人が多い。実業家になったり、学者になったり……各方面で顕著な成果を挙げている人もそれなりに多く、そういった優秀な卒業生たちの援助もあって、この寮は運営できているのである。


 そしてそれは、この寮を巣立っていった者の……ある種の義務と責任でもある。


 不自由の無い暮らしは、決して無償ではない。

 今享受している、様々な恩恵に報いるために、僕らは学業に励み、責任を果たすことを……当然として内に持っている。


 僕ら寮生は、その学力と将来性を対価に、今の暮らしを保証されているのだ。



 ………………

 

 そんなわけで、僕も一応は成績優秀者のカテゴリーに含まれている。

 順位で言えば、さほど上位ではないが、成績は安定していると言っていい。

 正直なところ、勉学にそれほど熱心ではないのだが、授業と教科書の熟読で、充分成績は出せている。

 世の学生さんたちは、学習塾というものにせっせと通って学力を向上させているらしいが、あいにく僕には必要ないし、そんなものにかけるお金も時間も無い。


 僕の学校以外の時間は、全てがアルバイト中心である。部活動さえしていないし所属もしていない。


 僕の主なアルバイト先は、配送業者だ。


 この業者は、寮生の卒業生が立ち上げた会社で、その社長も寮生だった人だ。寮の先輩から話を聞いていて、中学になるとすぐにここで働き出した。

 僕は、16歳になるのと同時に自動二輪免許(いわゆる中免)を取ったのだが、それまでは自転車で配送していたのだ。しかし自転車では積載量が少なく、時間も掛かる上に体力的にもきつかった。

 先輩たちのバイク姿が羨ましく、バイト代はほぼ、免許とバイクを取得するための資金と言っていいくらいだった。

 

 当然、学校ではバイクも免許も許可されていないのだが、先輩たちからバレないように上手くやる方法というのも伝授されていて、寮では半ば公然だった。


 さらに、寮母さんもかつてはここの寮生だったらしく、僕ら寮生の境遇は身に染みて理解してくれていた。

 寮母さんは、厳しい人ではあったが杓子定規では無く、合理的で融通の利く人でもあった。

 その為、仕事や技能を身に付けるなら早い方がいい、自分で稼ぐためなら免許も積極的に取得しなさいとまで言ってくれていたのだ。

 

 たまに、アルバイトが学校にバレても、直接学校に出向いて掛け合って、寮生の権利を守ってもくれていた。

 その為、みんなからの信頼も厚く、そんな寮母さんに迷惑をかけまいと、規則はきちんと守られていた。


 ──そんな中、僕はヘマをやらかした。


 アルバイトは、危険の無い業種で学業に支障の無いように。免許は、違反しないことを前提で、事実上黙認──。


 という具合だったのだが……。


 僕は、バイクで配送中のところを、学校関係者に目撃されてしまった。


 バイク使用は、移動に限る……というのが暗黙の了解の範囲であり、業務にまで使用するというのは、慣例からいくと逸脱していたのだ。


 もちろん、それは知っていたし、その辺の上手い立ち回り方というのも、先輩から伝授されていたのだが……。

 運悪く、配送先だった場所が学校関係者──今、僕の目の前で裸で寝そべっている、──さっきまで僕と身体を重ねていた「先生」……のアパートだったのである。


 配送先のアパートの戸口から、先生が出てきた時には、当然驚いたし焦りもした。

 しかしその時は、心配しなくても学校には内緒にしておいてあげるから、と言って貰えていたので安心もしていたのだ。


 しかし、今日……先生から呼び出しを受けて、半ば強制的に「契約」という名の労働と守秘義務を課せられることになったのだった。




 ───改めて考えると、どうもおかしな点が散見される。


 配送先については、僕ら寮生の事情を熟知している事業所の先輩が、わざわざ学校関係者とその周辺の住所を除外して割り振ってくれていた。その為、今までそういった人に鉢合わせすることなど皆無だったのだ。

 おまけに、僕の他にも寮生のバイトはいるのに、ピンポイントで僕にその荷物が割り振られていて、……しかもどうやら、この状況を先生は予測済みだった雰囲気があるのだ。


 ひょっとしたら、僕は……

 「先生」の罠に嵌められたのかもしれない。

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