確かめたいことがあるんだ




「さて……ずっと通院サボってやっと来たと思ったら、厄介事を持ち込んで。相変わらず悪い子だね」

「……悪かったよ」


 バツの悪そうな顔をして、松野は目を逸らした。


「まぁ、結果論で言うならいいが……そのマフラー、まだ巻いているんだな」


 少しホツレもある色鮮やかなマフラーだ。軽く、風によくなびく。

 松野はマフラーを握りしめて辛そうな表情を浮かべた。


「そんな世間話を俺としたいわけじゃねぇんだろ……」


 嫌なことは、先に済ませようとするか、それか後回しにするか。松野はどちらかと言えば遠回しにする方だ。しかし、いずれはしなければならない。


「俺のところに来たくなかったのはの件を蒸し返されるからだろ?」

「…………」


 心の底から嫌そうな顔をした松野の反応を見て、森谷は悟る。

 森谷は悩んでいた。もし松野が歪んだ認知のままでも、彼女なりに生きることができているのなら、それをわざわざ傷に塩をぬるようなことが治療として正しいのかどうか。

 腕に「さいぎしん」と書かれている今なら、ことができるかもしれないと森谷は考えた。


はお前のせいじゃない」

「違う……何度も同じことを言うな」


 またその話か。と、松野は眉をひそめた。今までの度重なる森谷の説得も虚しく、松野は頑なにそう主張する。「やはり駄目か……」森谷はそう感じた。

 投薬をしようにも、松野は服薬を拒否する。まして、薬を大量にため込んで飲もうとしない。その薬を一気に飲んだら胃洗浄の地獄を経験することになるだろう。最終的には通院も疎かしていた。

 ペンで疑う心をなくしているにも関わらず、信じる・信じないという問題の話ではないということを森谷は確認する。


「……羽、もうあいつらに関わるな。明らかにヤバイ案件だ」


 他の人間がいる前ではそこまで深刻な様子では話さなかったが、この案件がどれほど重いのかは森谷は解っていた。


「これが消えない限り、俺はそうしたくても無理だ」

「なら、俺がなんとかしてそれを消す液剤を持ってくる」


 医師である森谷なら、あるいは液剤を手に入れることも不可能ではないだろう。


「………………」


 浮かない顔をしている松野は、その森谷の提案を受け入れようとしない。


「確かめたいことがあるんだ。液剤があるなら、それは欲しいけど」

「なんだ? 確かめたいことって」


 松野は答えなかった。しかし、決意を秘めた彼女の目に、森谷はため息まじりに諦めざるをえない。いくら説得しても、牽制しても、松野は聞く気はないだろう。


「危ないことに、足やら首やらを突っ込むつもりじゃないだろうな?」

「国が絡んでるってなったら、反逆行為ともなれば『危ないこと』以外のなにものでもないと思う…………それでも、する」


 そのつらそうな顔を見ていたら、森谷は強く止めることは出来なかった。

 今までの松野を、森谷はよく知っていたからだ。から松野は本当の笑顔をなくしてしまったのだ。




 ***




 赤城は森谷の処置で一命をとりとめた。入院しているわけにもいかず通院をすることになった。松野も一緒に外来に通うことになって、正直ここ最近の松野は嫌そうな顔をしている。

 初めての処置を済ませた後に廃墟に戻ると、エントランスでふざけていた組の人間が横一列に整列し、赤城の帰還を待っていた。


「「「すんませんでした!」」」


 男たちが一斉に声を揃えて頭を赤城に下げる。松野と前田はそれを見て驚いた。


「よせ、頭を上げろ」

「上げるわけにはいかないです! 俺ら、間違ってました! すんません!!」


 酒を松野に飲めと言って絡んできた男が、大きな声で頭を下げたまま言う。


「……わしも悪かった。お相子じゃ、全員頭をあげんかい」


 そう言って頭をあげた組の人間は、少なからず涙を目に浮かべていた。松野は「漢だなぁ」なんて思いながら、その横を通り過ぎて前田と部屋に向かおうとしていた。


「姉さん!」


 それが自分のことかどうか解らなかったが、松野と前田は呼ばれた方に顔を向けた。


「すんませんでした!」


 酒を飲んでいた男が松野に頭を下げると、他の男たちも頭を下げた。さすがにそこまでされると松野もどうしたらいいか解らない。

 困った様子で赤城を見ると、赤城も松野の方を見て頭を下げた。


「やめてくれよ。別に俺は何もしてない」

「姉さんに言われなかったら……俺ら、兄貴を失うところでした!」

「……俺に謝るのはいいから、そういうの……柄じゃないから」


 若干照れて、足早に自分の部屋に向かう松野に前田は小声で話しかけた。


「あぁいうのに松野って弱いよね?」

「苦手なんだよ」


 頭をがりがりと掻きながら歩く松野の姿を、前田は微笑みながら見ていた。「まったく、素直じゃないんだから」そう思いながらも、言うと嫌がると解っていた前田は黙っていた。




 ***




【その夜】


 暗い山道で迷彩服を着た男が、かがみこんでを観察していた。


「これは……かなりの手練てだれ…………見事だ」


 ――――……死んでいる大きなイノシシを見て、その死に方を確認する。どう考えてもナイフの類の死に方ではない。頭部に2か所、致命的な弾丸の痕がついている。


「正面から撃っている……倒れ方からして走っている途中のイノシシ……襲われて撃ったか……それにしては的確だ。素晴らしい」


 それを見た男は、口元をニヤリと歪め、そのまま闇に消えていった。



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