紐なしバンジーでも生き残った平坂
着いた病院は個人の経営する病院にしてはそれなりに大きい病院だった。
そこの駐車場に車をバックで止めると3人がかりで赤城を担ぎ出す。
【森谷外科】と書かれている看板を横目に、松野は足取り重く受付に行った。
中は少々悪趣味だ。
病院というと白を基調とした壁紙と清潔感が売りだろうが、そんなものはおかまいなしの、独創的な内装をしていた。
牛骨の飾り物や、奇抜な絵が何枚も壁にかけている。ぬいぐるみも置いてあるが、あまり子供受けしなさそうな物々しいクマのぬいぐるみ。受付に置いてある置物も、マトリョーシカであったり、何かの骨であったり統一感がない。
「あら、
受付の女性は豊満な胸を、胸元のざっくりと空いた服を着て強調している。下はスリットの入ったミニスカートでかなりきわどい。しかし、一応白衣の看護師姿ではあった。
ウェーブのかかった茶髪の髪の毛を揺らしながら、ぬらりと光る唇が松野に言葉を紡ぐ。
「……割と急患なんだけど、診てもらえないかな。訳アリ中の訳アリなんだよ」
用件だけぶっきらぼうに伝えると、その妖艶な看護師はあざとく口をとがらせる。
「それ、合法の患者さん?」
色っぽい看護師に、入ってきた前田たちは釘付けになる。松野が隣にいると、松野が男に見えるほど、その受付の女性は色気があって女性らしかった。
「森谷しか頼めないんだ」
「ふぅん? 患者さん診せて?」
その看護師は、運び込まれた赤城を見て、目つきが変わった。
「大変ね、今すぐ緊急でオペの準備にとりかかるわ」
「あぁ、すまない」
「ふふ、高くつくわよ? 羽ちゃん、今度デートしてね」
「……善処する」
チュッ。と松野に投げキスをして、足早に奥の部屋に入っていった。
その看護師、
「随分いい女だったッスね……高野美由みたいな……」
平坂が鼻の下を伸ばした状態で独り言をこぼした。
「口説いてみたら?」
全く相手にされないと思うぞ。とは言わずにおいた。そんなことはどうでもいい。
全員が緊張した表情で待っていると、奥から細く身長の高いシルエットが浮かぶ。
長い髪を後ろでポニーテールにして束ねている。眠そうな細い目をしていて、顔は整っているというよりはあっさりしているといった印象だ。
「やっときたと思ったら、騒々しいな」
松野は気まずそうに医師から目を逸らし、泳がせる。何も答えない。
「羽、その腕の包帯どうした?」
重症の患者である赤城を見るでもなく、その白衣を着た医師、
松野は消えないダサい文字が書かれているから、隠すために松野は包帯を巻いていた。長袖で見えないようにしていたのに、少し袖がめくれていたところから、森谷はあざとくもそれを見つけた。
「……刺青したから隠してる」
「なんで?」
突き詰めてくる森谷に、松野は目を泳がせる。
もうこれでは隠し通せないことを松野は察する。松野が言いたくないということは森谷も察しが付いた。
「そんなことより、この人の処置をしてくれ」
「なんでか教えてくれないと、嫌だ」
森谷は
「あんたそれでも医者か!? 人が死にかけてるってのに、なにもしないなんて!!」
平坂の罵倒にも動じず、白衣のポケットに手を入れて、見下したまま森谷は全員を一瞥した。森谷は他の誰でもなく、松野を見つめた。
「…………」
何も話さない森谷に観念して、松野は腕にしていた包帯をとって見せた。
「……それ、刺青じゃないね。なんで嘘ついたの?」
松野の腕を掴み、その「さいぎしん」と書かれている部分をよく見つめた。
「ふーん……なるほどね」
「もういいだろ、森谷」
腕を乱暴に奪い返すと、再び包帯を巻きはじめた。手際が良い。
「相当やばいことに首を突っ込んだね、羽」
責めるような声で、松野に言葉を鋭く突き刺す。
「……助けてくれないか、森谷」
珍しく、弱気なところ見せて森谷を見つめると、森谷は心底満足げに松野の顔を見つめ返した。
松野は気まずそうに森谷の目を見られずにいた。
その様子を見て前田は驚きを隠せない。あんなに弱々しい松野は初めて見たからだ。
「いいね、そうやっていつも傲慢な羽が俺に助けを求めるのって……」
うっとりと松野を舐めるように見つめると、ニヤリと笑った。その笑顔に松野も含めて全員がゾクリと寒気が背筋を伝う。
「メグ、奥に運んで。処置するから」
「はぁい」
赤城をストレッチャーに手際よくのせて、獅子丸が赤城を運んでいった。森谷はニヤニヤしながら奥に入っていく。
負けたような顔をして松野は渋い顔で前田を見た。
「あいつ、本当に嫌な奴」
情けないところを見せた恥ずかしさを誤魔化すようにそう言った。
「でも、よくお世話になってるんでしょ?」
「……うん…………」
あれだけ強気だった松野が弱気になっているのを見て、平坂は森谷に不安を覚えた。兄貴は本当に大丈夫なんだろうか。そんな気持ちが募る。
「は……松野ちゃんとあの医者って、どんな付き合いなの?」
羽織ちゃん。と言いかけて、平坂は慌てて苗字で呼ぶことにした。
「……なんでもいいだろ」
機嫌が悪いところに、平坂はズケズケと入っていく。その様子をドキドキしながら前田は見ていた。
「そんなツンケンしないでほしいッス。俺は2人と仲良くしたいんスから」
「そう」
心底鬱陶しそうに、松野は息を吐きだしながら言葉もついでに吐き出す。
「っていうか、今疑う心がないって兄貴から聞いてるッスけど、俺に敵意がないのは信じてくれてるッスよね?」
「……そのくらい、態度で解る」
可愛げのない松野の態度に、平坂はいたずら心が芽生える。自分をいくら誇示したところで、今の松野には疑う余地はないのだから。
「本当は俺って、プロのサッカー選手なんスよ!」
嘘だ。
サッカーなんて部活でベンチだった。もしプロサッカー選手なら組にも入っていなかっただろう。
「へぇ、そうなんだ」
素っ気ない態度。興味がない話題だったようだ。
プロのサッカー選手を夢見た自分そのものが否定されたかのようで少し傷ついた。
「あ……あと、超大金持ちなんスよ!」
嘘だ。
借金こそないが、裕福な家庭ではない。
それにアルバイトしている先の時給は、県の定めた最低賃金だ。
「へぇ」
それも興味がなさそうだった。
平坂は不安になってくる。赤城が言っていた通りなら、疑うことが全くできない状態であるにも関わらず、どうしてこんなに反応が薄いんだろうか。
女って言うのは金持ちで権力がある人間が好きなんじゃないのか、と平坂は考えていた。
「あ、あと……俺は、喧嘩が強い!」
嘘だ。
喧嘩は組でも弱い方だ。若いせいもあって、よくパシりに使われている。
「ふーん」
ことごとく自分が憧れている人物像に興味のない様子の松野を見て、平坂はムキになってきた。
絶対に食いつく話題を振って信じさせてやる。それは、自分に羨望の眼差しを向けてほしいという願望からだった。
前田はやれやれとい具合に興味なさそうにして、その光景を見つめていた。
夏祭りで金魚すくいで全部金魚を取って出禁になった話や、紐なしバンジーでも生きて残った話、クマを素手で倒した話、女はみんな俺に夢中になるという話、家族は皆有名人だという話……――――――
次々に平坂は口から出まかせに嘘を言うが、松野の反応は「へぇ」とか「ふーん」とか、そんな反応ばかりだった。
松野が何に興味があるのか、皆目見当がつかない。
「あとは……えっと……そう、俺は友達の為に命がけで戦ったことがあるッス!」
疲れた様子で、もう虚勢をはるのも虚しくなってきた平坂は、絞るように言い放った。
もう、顔に自信もなにもない。
それも嘘だ。
嘘で固めた鎧を
「へぇ。あんたのこと見直したよ。やるじゃん。凄いな」
そんな言葉が松野から出るとは思っていなかった平坂は「え?」という顔をした。
素直に感心しているような表情で、いつもの冷たい表情ではなく、少し優し気な顔をしている。
「そ、そうッス? やっと俺の凄さが解ったッスか!」
「どんなに凄い特技とか地位とか金より、ずっと価値があると思う」
平坂は後ろめたさを感じた。
自分が言った嘘を、真剣に褒めてくれている松野に、もう嘘だということができなくなっていた。
嘘だと言った瞬間、また松野は自分に冷たい視線を向けるだろう。
「松野ちゃんって、変わってるっスね」
「よく言われる」
優しかったのもつかの間、松野はまた素っ気ない態度になった。
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