めちゃくちゃセンス悪い人
松野の挑発に乗った若い男が松野に殴りかかるが、松野は袖の中に入れていたスタンガンを男の顔面に当て、放電した。
バチバチバチバチバチ!!!
という爆音が響き渡り、男は顔を押さえて叫びながら転げまわる。
「ぎゃぁあああああ!!!」
他の男たちの拳も受け流しながら、スタンガンの爆音を響かせて、そしてその爆音に他の男たちの悲鳴も乗り、不協和音を奏でた。
その不協和音に他の者は驚愕する。
流れるように松野は腰のホルダーにつけていた警棒を引き抜き、思い切り振ってそれを伸ばす。
ジャキンッ!
という音と共に銀色の煌めきが怪しく光る。
「かかってこいよ。お嬢ちゃんたち」
先ほどまでの松野とは大違いだ。目をギラギラと輝かせ生き生きしている。狂気に陶酔し、恍惚感を松野は味わっていた。
「松野、ダメだって。落ち着いて」
「あぁ? いいじゃねぇかよ別に……」
スタンガンをバチバチと爆音で鳴らして遊んでいる松野に、前田は言う。
前田があまりに止めるものだから、松野は興が削がれたように警棒を指で軽く回して遊び始める。本当は服の中に、あと数本のナイフを仕込んでいた。
これは軽犯罪法違反どころではない、銃刀法違反だ。
しかし、虎の穴に入るのに丸腰で入る人間はいない。松野は用意周到だ。
「何の騒ぎだ!」
奥から騒ぎを聞きつけて赤城が現れる。警棒をまだくるくると弄び続けていた。周りの男たちはどこかしらを押さえて倒れてぐったりしていた。
「よお」
松野が軽く挨拶すると、赤城は松野を取り囲んでいる男たちと、両手に物騒なものを持っている松野を見て、状況を察した。男たちに怒鳴り始める。
「お前ら、なにしてやがる!? 丁重に扱えって言ったじゃろうが!」
「でも、兄貴がこの女に手首を――――」
「言い訳するな!!」
ドスのきいた声で怒鳴る赤城は、まだ身体の方が本調子でもないようだった。顔色がどことなく悪い。
松野は赤城の方へ歩いて行き、顔をまじまじとよく見た。
「…………」
やはり顔色はよくない。暑くはないのに汗をかいている。冷や汗のようだった。
どうしてそうなっているのか松野はすぐに察する。
「あんた、あの後病院いってないのか? きちんと処置しないと、大変なことになるぞ」
松野が行ったのはあくまで応急処置だ。きちんと処置しないと命に係わる傷であったことは松野には解っていた。
「てめぇに言われなくても解っとるわ」
そう強がりながらも、少しフラついた赤城を松野は肩を貸して支えた。
――身体が熱い。熱でもあるのか?
傷から菌が入っているのかもしれない。ましてここは廃墟だ。衛生的かと問われたら、けして衛生的とは言えない。
「兄貴、無理したら駄目ですよ……死んじまいますって!」
「そうですよ、病院に行きましょう!」
ふらついている男たちが口々にそういうが、赤城は肯定的な態度は示さなかった。
それを支えていた松野は、突然赤城から手を離す。
赤城は急に松野が離れたためにバランスを崩し、倒れそうになったがすかさず前田がその場を代わる。
「松野……?」
松野は男たちに向かい、鋭い目を向けたと思いきや、
「てめぇらマジもんのバカか!?」
大声でそう一喝した。
赤城と男たち全員が、ビクッ! と身体を震わせる。
「なんで病院連れていかねぇんだよ!? 酒飲んで笑ってる場合じゃねぇだろ!! くたばりかけてんのが解んねぇのか!!?」
いつもやる気のない声で話す松野からは、想像できないような声量と怒号だった。
「本人が拒否するから連れていかないのか? 本人が怒るから連れていかないのか? こいつが死んでもお前らは『あのとき兄貴がそう言ったから……』って言い訳すんのかよ!?」
松野は怒鳴った後、呆気に取られている間抜けな男どもを軽蔑した目で一瞥した。「くそが」と心の中で悪態をつきながら、諦めが混じる。
話にならないことくらい、松野は解っていた。
そんなことよりも治療が最優先だ。
「車の鍵よこせ、俺が連れて行く」
「余計なことするんじゃねぇ……病院には――――」
「知り合いの外科医のとこ連れてってやるから黙ってろ」
「わしはこれくらい平気じゃ――――」
「ちっ……」
機嫌悪そうに舌打ちし、赤城に向き直った。
「おい」
松野は膝をついている赤城の襟首を掴み上げた。
「疑うも何もなく、平気じゃねぇことくらい解る。あんた組の
そう言われた赤城は、言葉を失った。
情けない。そんな気持ちがその場全員の心の中に渦巻く。
まだ子供とも大人ともつかない女にそう言われて、それでも納得できるような正論を突き付けられて、ぐうの音も出なかった。
赤城に部屋に近寄るなと怒鳴られ、言われるがまま放っておいたことも、意地を張って病院に行かないと言っていたことも。ただの自己満足だ。
「お、俺、手伝うッス!」
そういって松野とは反対側の腕を肩にかけたのは平坂だった。
松野は特に驚いた様子もなく、前田に目配せしてついてくるように促す。そして鍵を受けとり車へ向かう。「俺も行きます!」と何人も言うが、大勢で押しかけても邪魔になるので残ってもらうことにした。
「俺が運転するから、あんたはこの人の身体見ててくれ」
颯爽と松野が運転席に乗る。長いマフラーを挟まないように配慮する。
「運転……大丈夫なんスか?」
平坂が心配そうにするが、松野は慣れた様子で車のエンジンをかけた。
免許をとってから半年。マニュアルで免許を取った松野は、教習所でも技能面ではかなり優秀だった。安心した様子で助手席に前田が乗る。
その際に、サイドブレーキが引いていないことに松野は気づいた。
「あんたこそ、サイドブレーキを引くまでが運転だって教わらなかったのか? サイドブレーキをひかないままで、車が動き出して誰かに傷害を与えたら自動車運転過失致傷罪に問われるぞ」
「えっ!? そうなんスか!?」
松野は前田の助手席側の窓を少し開けた。外気が入ってきて車内の芳香剤の匂いをやわらげる。
「お前、この匂い酔うだろ」
「うん、よくわかってるね」
平坂を無視する形で車を走らせる。ハンドルを握った時に何やら手に違和感を覚えた。ヌルリとしたものが松野の指に付着する。
「げっ、なんだよこれ!?」
「あ、すんません。クリームのドーナツを食べてたもんで」
松野は車のその辺のシートで自分の手を拭いた。
「あー! そんなところで拭かないでほしいッス!」
「汚ねぇんだよ。手が汚れただろうが!」
前田がそっと差し出したウェットティッシュを松野は受け取り、自分の手を拭いた。そしてハンドルも拭く。
「おい、まだどこか汚れてねぇだろうな!?」
キレ気味で聞く松野に、平坂は「ないッス……多分」と小声で言う。
「それに、前から思っていたけど、この趣味の悪い置物はなんなんだ?」
色の不調和が酷く、そして造形が奇抜な置物が沢山置かれている様を見て、松野はイライラしながら見つめた。
「それは
「あぁ、建築やら工業デザインの……機能面は天才だけど、めちゃくちゃセンス悪い人か……」
ここ最近、街中で明らかに奇抜で目を引くデザインの建物をたまに見かけるが、その設計は大体、高野美由がしているらしい。たまにテレビなどで紹介されている。
正体は明らかにされていないが、20代の超絶美人で巨乳だという、男の欲望の全てが詰まったイメージが独り歩きしている。
「俺、大ファンなんッス!」
「……あっそ」
心底趣味が悪いと松野は思った。
運転している松野は、たまにバックミラーで赤城の容態を松野は確認する。かなり具合が悪そうだ。
「しかし……てめぇに外科医の知り合いがいるなんてな……」
赤城が声を振り絞るように言うと、松野はしばしの沈黙の後に「そうだね」と素っ気なく答えた。
車内は沈黙に包まれる。平坂の爆音の音楽を音量ゼロにした。助手席の窓から入ってくる風がその沈黙を切り裂き続けた。
誰も話さないまま、20分程度運転した後に、外科病院についた。
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