お嬢ちゃんたち




【国民調節課 一室】


 重々しい空気の中、5人ほどのスーツを纏った男たちが、老獪の男が1人座っている前に立っている。

 分厚い資料が無造作に机に置かれているが、まるで整理がされていない。


「やっと奴の居場所が解ったというのに、逃した上にペンも回収できていないそうじゃないか。雇った殺し屋も無能だな。そんな無能は始末しておけ」


 座っている状態の、毛髪はほぼ白髪で眼鏡をかけている男性が、険しい顔をしている。


「あのオリジナルのペンを2年もあの男が持っている。あれが世間に知れたら国が傾く大惨事になりかねない」


 男は声に悔しさと怒りを滲ませる。


「しかし、2年も経っているのに特に騒動は起きておりません。そう焦ることはないでしょう。あんな反社会的な人間のいう事など、誰も信じないでしょうし」

「そういう問題ではない。しかし一度行動を起こせば我々にすぐさま見つかることくらいは、あのバカな男も理解しているだろう。過去に、下手に暴露しようとした組の人間の尻尾を捕まえたからな」


 葉巻に火をつけ、煙を吐き出す。


「新しい殺し屋を雇え。さっさと始末させろ」

「かしこまりました」


 怪しい会議は続いていく……




 ***




【赤城の隠れ家 廃墟】


 数日後、前田と松野の都合がつく日に、赤城の隠れ家の廃墟に再度集まった。

 前田は相変わらず待ち合わせ時間に遅れてきて松野に怒られる。前田は松野の車の助手席に乗り、機嫌良さそうに鼻歌を歌っていた。


「お前な、時間を守るってことの如何いかんをだな……」


 呆れながら松野が運転中に小言を言うものの、前田はあまり聞いていない。それを見て松野は、自分のまいているマフラーに顔を不機嫌そうに埋める。


より松野大丈夫なの? いや、やるしかないんだろうけど……あんなに法律を勉強して守っていた松野が、まさかの革命を起こそうなんて……もう少し違う方法を検討してみたら?」


 前田は怒られないように自然に話題を変えた。

 松野は明らかに前田が話題を逸らしたことに気づいたが、そこを言及するのはやめておいた。どうせ前田は時間を守らない。


「他の方法って言ったって、実際にこの文字消えないし、俺は疑う心がない……何が何だか分からないっつーか。1回吹き込まれた嘘も、新たに違う嘘を吹き込まれるとそっちを信じるみたいだ……」


 前田はやはりこれは現実だったんだと感じた。

 松野は妙なヤクザ組長を助けてしまい、イノシシを銃殺し、そして国から液剤を奪い取らないといけないという状況になっていることを、改めて感じた。


「普通にお願いしたら、液剤をくれないのかな」

「くれないだろ。だってペンの秘密を知っているからか、盗んだからか解らんけど、赤城さんが殺されかけてたんだぜ? 窃盗罪とかで逮捕とかじゃなくてさ。俺も殺されるだろうってことくらい解る」


 疑う心はなくても、鋭い指摘をする松野はやはり論理的だ。

 論理的な話を好むのに、赤城を宇宙人を騙したときは、すぐに宇宙人だと信じた。松野にとっては宇宙人がどうとかはどうでもいいことなのかと前田は考える。


 そんな話をしながら、あっという間に廃墟についた。車をその辺に適当に停め、廃墟の中に堂々と入っていく。

 廃墟に入ると相変わらず中はそんなに明るくはない。

 組の男たちはソファーでけだるげにタバコを吸っている者や、麻雀をしている者、武器の手入れをしている者、談笑をしている者、と無法地帯が更に無法地帯になっていた。

 酒瓶やビールの缶などが転がっている。煙草も酒も嫌いな松野と前田は顔をしかめた。

 中年の男が一人、松野と前田に歩み寄り、話しかける。


「お嬢ちゃん、こっちきて酒一緒に呑もうや」


 典型的な中年太りで、だらしのない身体をしている。

 松野から見ると、他の中年男性と顔の区別がつかない。せいぜい、違うことと言えば顔が飲酒によって紅潮していることくらいだ。


「酒は好きじゃない」


 素っ気なく松野が返事をすると、そう言ってきた男は少し機嫌を悪くしたようで、松野に更に近寄る。

 前田はいつも通り、松野の後ろに怯えて隠れた。


「いいじゃねえかよ、付き合いだろ? 20歳なら問題ねぇだろうが」


 元より法律などろくに守っていないくせに。と、松野は冷たい目を向けた。

 酒気を帯びた吐息が、松野をより一層不愉快にさせる。露骨に嫌な顔をする松野をよそに、男は松野の腕を引っ張った。


 ぐるり。


 掴んだ腕を振り払い、男の手をつかみ背中の方で捻(ひね)りあげた。いとも簡単に男は膝をついて音を上げる。


「いだだだだだだ! いてえよ! やめろ!!」


 ゴミを見るような目で、松野は組み伏せた男を見下した。


「おい! 兄貴に何しやがんだ!?」


 周りの若い不良が立ち上がって松野に向かおうとするが、松野は更に手を捻りあげ、男に苦悩の悲鳴をあげさせた。まるでそれを牽制に使うかのように目で訴える。


「近寄るな、アニキの腕がぜ」


 ギリギリギリギリギリ……


 手首が徐々にあり得ない方向に向いていく。華奢な身体のどこにそんな力があるのかと男たちは圧倒される。


「ギブアップ! ギブアップ!! 悪かった!」


 男が松野に謝罪すると、曲げようとする力を弱めた。


「共闘関係ではあると思うし、仲間意識がないわけじゃない。だが、それは俺らに危害を加えてこないことが前提だ。正当防衛の内で留めてやるのをありがたく思え」


 吐き捨てた後に手を離すと、男は自分の手首を大事そうに抱えた。なにやらうめき声をあげている。

 その背中を見て松野はだんごむしを思い出した。蹴飛ばしたらコロコロと転がっていくだろうか?


「……酒はほどほどにしないと、癌の危険性が高まるぞ」

「赤城兄貴のお気に入りだかなんだがしらねぇけど、女だからって容赦しねぇぞ!」

「そうだ! 1回痛い目見せてやれ!」

「マワせ! 黙らせてやれ!」


 ガヤガヤと男たちが松野の周りに集まってくる。前田は松野の服を強く握った。


「松野、やめておいたほうが……」


 前田は松野の背中の服を掴み、松野に訴える。

 ざっと8人程。傍観者ギャラリーもいれたらもっと多いだろうが、明らかに敵意があるのは数人だ。


「前田に手ぇ出したら、死なせてくれって思うような思いさせてやるよ。たち」


 松野はニヤリと笑いながら男たちを挑発した。



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