NASAに売り飛ばそうぜ




「疑う心を失った」


 赤城のその言葉で前田は、松野にすかさず嘘を吹き込もうと悪戯心が芽生える。


「松野、実は今日待ち合わせ遅れてないよ。それは松野の勘違いだったんだ」


 目を輝かせながら前田は松野を見る。きっとこれで松野は遅刻したことによって何かしらの罰ゲームをさせられずに済む。そう前田は期待した。


「はぁ? お前遅れてきただろ。何なかったことにしようとしてんだよ」


 案の定、赤城の言っている事はただの悪戯だったと前田はがっかりした。

 やっぱりそんなペンがあるわけがない。組のおっさんに付き合って合わせてみたけど、結局ただの頭のおかしいおっさんで――――――


「わしは、実は1年前に宇宙船に乗ってきた地球外生命体なんじゃ」


 前田は、赤城がとんでもなく嘘が下手だと思った。そんな嘘、小学生でも信じない。ましてこれだけ疑心暗鬼の塊の松野が信じるわけが……――――


「マジ!? すげー!!! おい、さち子、捕獲してNASAに売り飛ばそうぜ! 遊んで暮らせるぞ!」


 目を輝かせ、前田に言う。「あぁ、なんだ、松野、乗ってやるんだな。そういう変な優しさあるよな松野って」そう思い、前田も乗る。


「いくらで売れるかなー?」


 若干棒読み気味で前田が言うと、松野は赤城に馬乗りになって先ほどまで必死に処置していた包帯を乱暴にむしり取ろうとしている。


「おい、やめろ! 何考えてやがるんだ!?」

「松野、なにしてるの!?」


 必死に抵抗する赤城に容赦なく、松野は乱暴に手をかける。何をしているかと問われて不思議そうに前田の顔を松野は見た。


「NASAに売り飛ばす前に、宇宙人の内臓がどうなっているかとか見ようと思って……」


 前田はおかしな違和感を覚える。


 嘘だ。真剣な表情だ。悪ふざけをしている様子は感じられない。

 松野と前田は高校のときからの付き合いで、同じ大学に進んで今はもう3年から4年の付き合いだ。松野が真剣なのかふざけているのかくらいは解る。


「嘘だ! 俺は宇宙人じゃねぇ!! だからやめろ!」


 馬乗りで乱暴なことをされそうになっている赤城は、先ほどの嘘を慌てて撤回した。


「は? あんた俺に嘘ついたのか! ふざけんな!」


 赤城の襟首をつかみ上げてブンブンと前後に振る。

 その真剣さを見て前田は確信した。松野は本気で赤城のことを宇宙人だと信じていたということを。


「まぁまぁ、松野。一先ひとまず赤城さんから降りて」

「あ? あぁ……」


 松野は冷静になり、赤城の上からどいて赤城を見つめた。


「どうだ? 解っただろう? お前はペンで書かれたものを失った。もうお前はその文字が消えない限り疑うことは出来ない」


 前田はにわかには信じがたい気持ちだったが、先ほどの松野の様子を見る限り、確かにそれは確認できた。


「これ、擦っても消えないけど、どうやって消すんだ?」


 松野はその文字をゴシゴシと腕をこするが、その『さいぎしん』の文字は微動だにしない。

 消える気配は全くなく、滲んだり、かすれたりせず、まるで刺青をされているように消えない。擦っても松野の皮膚が赤みを帯びるだけだ。


「それはそんなことで消えねぇ。専用の液剤を使うことで消せる」

「で、その専用の液剤は?」


 赤城はポケットを探った。前田はこの時点で嫌な予感がする。松野はポケットに手を突っ込んで呑気にしていた。

 前田のその不安は的中した。赤城は自分のポケットというポケットをまさぐっている。いつになってもその『専用の液剤』は出てこない。


「もしかして、ない……とか?」

「…………」


 前田が問うが、赤城は答えない。松野はそれでもあっけらかんとしていた。その様子を見て、前田が不安になってくる。以前の松野なら、再度掴みかかって「まさか、ねぇんじゃねぇだろうな!?」と言っているだろう。

 しかし「もっていないかもしれない」という疑う心が失っているのか、赤城が探しているのをひたすらに待つ。その様子はまるで、主人の帰りをひたすら待つ忠犬のようだ。


「……言いづらいが、ない」


 赤城がそう言う。松野が掴みかかるかと思っていたが、予想外に松野はそうしなかった。何度もまばたきをして赤城に問う。


「それって、俺は疑う心を失ったまま生活しないといけないってことか?」

「そうだ……」

「それって、このダサい刺青みたいなのを右腕に刻んだまま、この先も生活しないといけないってことか?」

「……そ、そうだ……」

「それって、あんたを殺しても許されるってことか?」

「そ……」


 そうだ。


 と赤城が反射的に答えようとしたところ、とんでもない問いだったことに気づき、答えるのを中断する。


「そ? そうだ?」


 改めて松野が赤城にうながすが、赤城は全力でそれを否定する。


「そんなわけがないじゃろうが!」


 松野は前田の予想通り、赤城に再度馬乗りになり、先ほどと同じ行動を繰り返した。

 襟首を掴み、前後に思い切り振る。きっと赤城の脳は頭蓋骨の中で大暴れしていることだろう。


「おい! どうしてくれるんだ!? おぉ!? 責任取れや! ケジメつけろ!」


 まるで、どっちが組の人間か解らない。いや、前田から見れば両方組の人間で、組の抗争を見ているようだった。


「洗いざらい話せやおい!!」


 その後しばらく、松野は赤城の脳を前後に振り続けた。



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