第一章 嘘とさいぎしん
人でも埋まってるのかな
「……おせぇ……さち子。何やってんだあいつ……」
時間は12時32分。前田さち子との待ち合わせの時間は裕に30分は過ぎているというのに、一向に前田は松野の前に現れない。
身長167センチメートル、体重50キロ、肩につくかつかないかのざっくばらんに切られた栗毛色の髪。染めていない。その髪も皮膚も先天的に色素が薄い。
スラっとしたシルエットが浮かぶ。目は一重だが大きく、しかし三白眼で目つきが悪く見え、怖い印象が初対面の人間に植え付けられるだろう。その実、粗暴な性格が女性らしさを欠如させる。
薄い身体には凹凸が少なく、服を着ると一見すると性別を解らなくさせる。
黒いスキニージーンズに白いシャツにネクタイ。ベストを纏っている。その上からコートを着ている。
一番印象的なのは極彩色のなんともセンスの悪いマフラーだ。風にそのマフラーが
松野は指をトントン、と腕を組みながらせわしなく動かしている。
視界に映っている景色はいつも通りの景色だった。さびれたあまり人いない駅に、狭いロータリー、タクシーすら停まっていない。駅の周りだというのに何もない。遠くに交番があるくらいで、あとは田んぼや畑しかない。
片田舎とは、そういう場所だ。
イライラしながら待っていると、松野は遠くから前田さち子の姿を捕え、足早に近づいていく。そして不機嫌な顔をして嫌味を言った。
「お前、遅刻してくるなんて言い度胸だな。なにしてたんだよ」
どんな言い訳をしたところで、松野は前田を許そうとは思わないが、一応言い訳くらいは聞いてやってもいいとその弁解を
「実は街に現れた怪獣と闘っていたら遅れてしまったんだ」
「もっとマシな嘘つけ! 寝坊しただけだろ!」
笑いながら答える前田を厳しく叱責するものの、前田は特に気にする様子もなく笑っている。
「お前、遅れるなら連絡しろって言ってるだろ。俺はここに15分前から来て待っているんだぞ。だからお前が遅れてくると俺のその15分が全部無駄になって――――」
「まぁまぁ、とりあえず行こうよ。松野」
さして気にしない前田はマイペースに松野を誘導する。
松野はそれを見て、ため息交じりに歩き出した。
身長160センチメートル、体重45キロ。少し明るい色に染めたセミロングの髪に細いみつあみをしている。ジーパン姿に上は女性らしい服を着ていて、フワフワの白いファーが印象的だ。
温和で可愛らしい顔立ちをしていて、松野とは対照的に見える。人に安心感を与えるタイプと言えるだろう。
今日は2人で、山の上の使われていない鉄塔の廃墟があるという真偽を確認しに行くという目的で落ち合った。
「田舎って本当に友達と遊ぶときに行くないよな」
「まぁ、あれじゃない? カラオケとか、漫画喫茶とか、ボーリングとか……色々あるじゃん」
「そんなの毎回毎回、飽きるだろ。そういうの飽きた」
松野も前田も一見してタイプは全く違うものの、インドア派で本を読んだりゲームをしたりといった遊びを好む。それも相まって両者とも体力がない。
それがなぜ、今日は鉄塔の廃墟まで行くことになったかと言うと、松野の思いつきと気まぐれだ。
今までも突飛なことを想いつきでやってきた。
例えば車載されている期限切れの発煙筒を花火代わりにして遊んだり、モデルガンで射撃勝負をしたり、ダーツで勝負したり、小学校の問題集をふざけながら前田と遊んだり……――
その破天荒ぶりは予測がつかない。とにかく勝負事となると松野も前田も負けず嫌いだ。
「なぁ、この辺って熊とか出るの? 流石に熊とは戦えねぇわ」
「熊は出ないけど、イノシシなら出るよ。あと狸」
そういえば狸って食べたら美味しいのかな、などと思いながら2人は山についてから奥深くまで登っていく。
道は途中で道なき道となり、過酷さを増してく。松野は息切れを頻繁に起こし、何度も何度も休憩をしながら歩いた。
「松野……大丈夫か」
前田が心配するように松野に声をかけるも、前田も大概息が上がっていた。
「お前もしんどそうだな……」
「このくらい、三往復はできる」
「嘘つけ。お前が倒れたら、その辺にあるキノコ食わせて蘇生させてやるよ」
「それ下手したら死ぬやつ!」
冗談を言い合うも、疲弊からあまり笑える状況ではなかった。
どれほど2人は登ってきただろう。疲労困憊の松野は、もう何度目か解らない休憩をしているときに、ふと辺りを見回した。「何故こんな過酷なことをしなければならないのか」と、自分が言い出したのにもかかわらず、後悔を募らせていると、ふと、松野の視界の端にスーツが一着落ちているのが見えた。
「さち子、あそこにスーツ落ちてるぜ。人でも埋まってんのかな」
ふざけて前田にそう言うと、前田もそちらを見る。その顔は松野がふざけているのとは対照的に強ばっていた。
「あ? どうしたさち子」
「松野……あれ、スーツじゃなくて……『スーツ着てる人』が倒れているんじゃない……?」
松野より少し高い位置にいた前田には、ソレが見えていた。
血を流しながら倒れている金髪で派手なスーツの男性の姿。その男は血まみれの手で、黒い物々しい箱の取っ手をしっかりと掴んでいた。
「マジ? 埋まってないパターン?」
松野はそれに臆することなく、その少し急な斜面の木に引っかかっている男性へ近づいた。鞄からビニール手袋を取り出して手に嵌め、輪ゴムでずれないように手首の部分を止める。
男の首の頸動脈に自分の右人差し指と中指を当て、脈があるかどうか確認した。
「生きてる……おい、さち子、警察と救急車を――――」
ガッ……
と、倒れていた男は松野の右手首を掴んだ。「うぅ……」とうめき声をあげる男性は、土で汚れた冷や汗の浮かぶ顔面を松野に向けながら言う。
「警察は駄目だ……呼ぶんじゃねぇ」
ドスのきいた声を聞いた松野は男の顔を凝視する。
掴んでいる手をよく見ると、和彫りの立派な刺青が入っていることを確認した。松野はそれでも冷静な目で男を見つめ続ける。
「でもその怪我……」
「うるせえ……なんでもねぇよ……うっ……」
男は気丈に振舞うが、肩や腹部に刺し傷のようなものを松野は確認すると、その患部を止血しようと試みた。しかし、足場が不安定で処置が上手くできない。
「肩に腕回して、上まで運んだら止血する」
「わしにかまうな……」
「ごちゃごちゃうるせえな、文句があるなら止血が済んだ後にしろ」
松野は見て見ぬふりをして男を見捨てても罪に問われないことを知っていた。
不作為で罪に問われるのは、いくつか条件がある。まして当人が拒否をしているのだし、録音をしておけば、万が一火の粉がふりかかったとしても回避できるだろう。
しかし、一度助けかかったのにも関わらずそれを放棄する行為は、保護責任者遺棄に当たる。
もしこのまま男が死んだら、保護責任者遺棄致死罪に問われることになるだろう。
――最初から助けないと心に決めていれば良かった……
と松野は少し後悔した。
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