脚本家・相沢友子さんへの誹謗中傷について、について
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第1話 脚本家・相沢友子さんへの誹謗中傷について、ついて考えてみた
脚本家・相沢友子さんへの誹謗中傷について
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kakuyomu.jp/works/16818023212796269683/episodes/16818023212796324885
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誹謗中傷は許されない。
私もそう思う。
一般的に誹謗中傷が無くならない理由は、ひとつは匿名であること、ふたつめに誹謗中傷であることを本人が認識していないことである。匿名を理由にリスクを認識したうえで発言をする人はいるが少数で、大多数は自分は正義で何も悪い事をしてないと思っており、「誹謗中傷を無くそう」という言葉は聞いて欲しい人には届かないのである。
誹謗中傷が無くならない事は、ある程度分かり切った議論であると思う。
(仕方がないと諦めるという意味ではなく、即効性のある薬は無いという事)
今回の脚本家の問題の本質はその脚本家の言動にある。脚本家をフォローする人達はそこに触れずにフォローするから炎上が止まらない。そして脚本家発言の真意および日テレの見解について追加の情報がないのであれば、沈静化は期待できない。
恐らく脚本家にも落ち度があるという事はフォローすする人たちも認識しているのだろう。だが、物書きであれば、脚本家の落ち度を含めたうえで誹謗中傷はやめようとフォローできるはずだ。出来ないのであれば何も言わないほうがまだいい。
それにもかかわらず、なぜ冒頭の筆者はお気持ち表明をしたのか考えてみた。
私の見立てはこうだ
「優しい意見だけくれ。傷つく意見は全て送ってくれるな。」
冒頭の筆者はこう書いてある
[抜粋]
”クリエイターと視聴者の間には相互の尊重と理解が求められます。作品への意見や感想は自由であるべき”
では、コメント欄非表示にする必要ないのでは?。
誹謗中傷がまた集まることを危惧してると思われるが、まずは意見を聞いてみない事には誹謗中傷が集まるかは分からないはずで、結局は捨てアカ(匿名)かつコメント非表示じゃ意見を受け入れる術は無い。自由を求める人の行動じゃないと判断する。
単純にコメント見たくねぇって思いだろう。
[抜粋]
”作品に対する批評は建設的かつ礼儀正しい形で行い、制作者と視聴者の双方が共に成長し、創造的な体験を享受できるような環境を築くことが大切です。”
本当の言いたいことはこれだと思う。
恐らくこの人は本アカがあって何か作品を提供したのだろう。
そして厳しいコメントがあったのだろう。
私は、その厳しいコメントへのお気持ちが多分に含まれていると感じた。
なぜ、そう思うかと言うと冒頭にも書いた通り誹謗中傷を行う人は読まないからだ。読む人は普通のカクヨムユーザーでしかなくカクヨムユーザー向けにいってるのであれば、誹謗中傷ではなく耳の痛いコメント向けと考えるのが自然だ。
もし、自分の作品の厳しい意見でやる気が削がれ、読者にそのお気持ちを伝えるために匿名捨てアカを作成し、今回の脚本家への誹謗中傷に絡めて自分の思いを伝えてきたのであれば、私は軽蔑するかな。
匿名なので自由に描きたい放題だ。あなたもわたしもすべてのユーザーも。
参照元が無くなればこの書き込みも消す予定。
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