鬼が逝き、鬼が行く
第32話
「大雨だな……」
ムリムちゃんのキンキン声をかき消す程の音量で窓に打ち付けられる無数の雨粒を眺めながら、俺はひとり呟いた。任務の予定も無いし、こういう日はムリムちゃんの配信アーカイブを観るに限る。
『誰にも言えない秘密? あるに決まってんじゃん!』
その秘密というのは、俺が知っているあのことをいているのだろうか。それともまた別の何かなのか。当然ながら画面上に映るムリムちゃんは答えようとしなかった。
『あ、言っとくけど彼氏はいないからね!? そもそも恋愛する暇ないし!』
右側に流れるコメントを見て、ムリムちゃんは明るく否定した。
その直後、俺の部屋のインターホンがピンポーンと音を立てて来客を告げた。はてさて、今日は先輩か、それともルイか。俺はそう思いながら玄関に行き、ドアを開けた。
そして、ドアの前には。
「久しぶりだな、神野ナポリ。いや――『魔怪機構』」
黒いレインコートを羽織り、感情が消え失せた声で俺の名前とかつての呼び名を言い放つ、目の下の隈が際立つ女が立っていた。
「……今日はいい天気だな。あの日と同じ、大雨だ」
「何が言いたい。お前は誰だ」
「これを見ろ」
女は俺の質問には答えずそう言うと、コートのポケットの中から文庫本ほどのサイズのフォトアルバムを取り出し、そこから一枚の写真を地面に投げた。
「吸血鬼の魔怪……アムリタという名前だったか。君が情けをかけて見逃したようだね」
「それがどうした」
「私もしがない破怪師だ。彼女に手を出して欲しくないのなら、私について来い」
そう言って女はそのまま外へと立ち去っていった。
「待て!」
ろくに身支度もしないまま、俺もその背中を追った。
*
女は大雨に濡れた路をしばらく歩き、濡れた遊具が目立つ無人の公園に入っていった。そしてまたフォトアルバムから写真を放り投げる。
「この子を知っているか? 知らないとは言わせない」
俺は水溜まりに落ちた写真を見る。そこには、若かりし頃の会長と、会長と同い年くらいの女性と、角の生えた亜麻色の髪の少女が笑顔で映っていた。
「私は
女は、拳銃の銃口を俺に向けた。そこから放たれた銃弾が俺の頬を掠める。指で頬を拭うと、赤い血液が付着していた。
「君が殺した――鬼の魔怪だ」
俺に向けられている銃がプルプルと小刻みに震えている。
「なぜエターシャが殺されなきゃならなかった!? 魔怪だからか!? じゃあなぜ吸血鬼は殺さなかった!? 確かにエターシャは破怪師を殺した! だがそれは晴冬に嫉妬し、陥れようとした破怪師だ! 理屈ではわかっている! どんな理由であれ人殺しは許されないと! 晴冬も恨んでいないなどと言っていた! でも私は! 私はあああああああああっ!」
再び弾丸が放たれ、俺の肩を掠める。
「私はお前を許せない! 死んで欲しい! 殺したい! エターシャの仇は、私が討つ! 討たなければならない!」
俺は咄嗟に右腕を構え――「また奇天烈な技を使うつもりか! だったらそうしてくれ! その方が遠慮なく殺せるからな!」撃たれた。その隙を利用され、足を払われ泥の上に伏せられる。
そしてこめかみに銃口を押し当てられる。
「この距離なら外さない! 回復もさせない! この化け物! さっさと死ねえええええええええええええっ!」
刹那、俺の脚に、刃物で突き刺されたような痛烈な痛みが走る。
銃を撃たれた訳では、なかった。
「がはっ……」
雨ヶ崎は腹を両手で必死に抑えながら、ぐしゃりと音を立てて倒れた。
立ち上がり、足元には動かなくなった雨ヶ崎、奥には先輩が、大雨の中、羽を広げて、雨雲の下でも煌々と輝く輪っかを頭頂部につけて、立っていた。
「ナポリは……あたしが守る」
先輩は穴が開いた雨ヶ崎の背中を蹴りながら言った。穴からは大量の血がドクドクと溢れ出してきており、赤い湖を作り出す。
「行こ……ナポリ」
「でも……俺は……」
「何も言わないで。わかってるから、全部」
赤く染まる水溜まりの中の写真の笑顔は、泥に汚され、剥がされて無くなっていた。
それから先輩は、俺の前から姿を消した。
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