狐に支配された村

第29話

 椿の魔怪の討伐の翌週、俺は狐の魔怪らしき存在の調査のため先輩とともに漆迷鹿村うるしめいかという天高くそびえ立つ山と山の間にあるような田舎へとやって来た。それまでは良かった。良かったのだが。


「さすがにこれは……先輩でもわかりますよね」

「うん……なんかヤバそうだよ……この村……」


 見渡す限り古びた家ばかりで出歩いている人がほとんどいないのにも関わらず、村全体を包む空気が明らかに尋常ではない。何もせず立っているだけでも身の毛がよだつほど魔怪の妖気で満ち足りている。


「この妖気……一匹の強大な魔怪がいるのか、あるいは……」

「たくさんの魔怪がいるのか……?」

「そうですね。どちらにせよ、この村に魔怪がいることは間違いないようです」


 とにかく、まずは妖気の気配を辿って魔怪を見つけるとしよう。


「回ってみましょう」

「うん……」

「大丈夫です。先輩は俺が守りますので」

「あたしが先輩だもん……一応」


 先輩がちょっと怒りながら俺の手を握った。その手は少し震えていて、やはり俺が守らなければならないと再度思った。


「若者が、こんな村に一体何の用かの」


 高台を見つけ、そこから村を眺めていたらいかにも田舎に住んでいそうな杖をついた老人が声を掛けたきた。これくらいの出来事は他の村を訪れた際もよくあることなのだが、明らかに今までとは違うことが一つあった。


 だから俺は、魔壊弾を持った右手で老人の手を掴んだ。


「ぬああああああああああああああああっ!!」


 老人は苦悶の表情を浮かべて絶叫するとみるみるうちに身体を小さくさせていき、毛づやが悪く痩せこけた狐の姿へと変化した。


 もしかしたらこの老人もルイやムリムちゃんみたいに人間の姿になれる存在なのだろうか。しかしルイとは異なり魔壊弾を異常に痛がっている。それに漂う気配も魔怪のそれだ。


「お前は何だ。狐の魔怪か。ここで何をしていた?」

「あああああああああああ!」


 尋ねてみるも狐は絶叫して悶えているだけで、何も答えようとしない。


「ちょ、ちょっとナポリ!」


 俺が狐の様子を見ていたら先輩が俺の服の袖を掴み、遠くに見えるデモ集団のような群衆を指さしてきた。その群衆はこちらへと真っすぐに向かってきている。


「おいお前! あれは一体――」


 俺が足元でもがいていた狐に尋ねようとしたが、狐は既に息絶えており、間もなく身体が徐々に灰のように崩壊していった。


「まさかここにまで破怪師が来るとはな。まあ、この村を征服した時点で時間の問題だったがな」


 低い男の声が背後でしたので咄嗟に振り向くと、背が高くオールバックで厳つい顔の男が目の前に立っていた。


「どういうことだ」

「そのままの意味だ。この村は俺たち狐の魔怪――いや、『新世代の狐たち《ニュージェネレーションフォクサー》』が支配したのだ。老人しかいない限界集落だったから、乗っ取るのは実に容易かったさ」

「……殺したのか、ここに住んでいた人間を」

「無論だ」


 俺はその返事を聞くと迷わず破怪銃をホルスターから抜き取り、男の目掛けて引き金を引いた。刹那鋭い銃声とともに、魔怪の肉体を破壊する弾丸が男の眉間を撃ち抜いた。


「が……は……」


 眉間に風穴を空けた男は絶句し、顔と身体を黄褐の毛色の狐に変えて仰向けに倒れた後、焼けるように崩壊させていった。


「人間を殺したのなら、情けは無しだ」


 俺は亡骸にそう返事をし、破怪銃を持ったまま群衆に向かって走り出そうとしたところで先輩に裾を掴まれて止められる。


「まだ人が混ざっていたら!」

「魔壊弾で人を撃っても死にはしません。それに俺ならすぐ治せます。ただ、能力は確かに人を巻き込んでしまう可能性がありますし、第一この数相手じゃ身体が持たないと思うので先輩も頑張って下さい」

「う、うん……あたしもたまには先輩らしく頑張らないとね……!」


 先輩もそう言った後、恐る恐る破怪銃を手に取った。俺の破怪銃・六式とは異なり、先輩の持つ破怪銃・短機三式はサブマシンガン型だ。ちなみに天界には破怪銃なんてものは全くないらしく、俺が一から使い方を教えてあげた。


「ちゃんと当たりますように……!」

「ジャムったらすぐ言ってくださいね」


 こうして俺と先輩は高台を走りながら下り、あちこちで遠吠えのような叫び声を上げている群衆へと突っ込んでいった。目測でも100人はいるが、一体どれだけいるんだ。まあいい、弾がある限り撃ち続けるだけだ。


 群衆の先頭と向かい合わせになるや、狐に姿を変えた女がこちらに牙を向けて飛び掛かって大きく開いていた口に向けて発砲し地に堕とした。と思った瞬間右腕に激しい痛みが走ったので見ると男が噛みついていた。


「ああああ!」


 痛みに耐えながら左手でベルトに挟まっていた破邪の札を抜き取り、男に張り付ける。すると男は悲鳴を上げた後、狐の姿になったので破怪銃を左手に持ち替えて頭部を撃った。右腕を抑えながら先輩は大丈夫かと思い、顔を向ける。


「当たってえええええええ! だあああああああ!!!」


 先輩は絶叫しながら大きく跳び上がり、狐を空から撃ちまくっていた。数秒ひらひらと宙を舞い、華麗に着地したかと思いきやまた跳んで狐を撃ち始めた。5メートルは跳んでいそうな大ジャンプだった。


「ナポリには指一本触れさせないんだからあああっ!」


 絶叫しながら殺戮を繰り返すその姿は、まるで翼を生やした悪魔のようだった。腕噛まれたから既に指一本では済んでいないんだけどなと思いながらも俺も目前の唸り声を上げている狐を傷が癒えた右手で撃つ。気づけば群衆は見るからに数を減らしていた。


「貴様ああああああああああああああ! よくも同士を!」

「それはこっちの台詞だ」


 怒りに身を任せて人間の姿のまま蹴りを繰り出してきたが、破邪の札で文字通り足止めしてから弾をリロードし、頭を撃ち抜く。


「ナポリ避けてぇええええええ!」

「え?」


 上空から先輩の声がしたと思ったら魔怪弾の雨が降ってきたので慌てて退避する。そして残っていた残党も一匹残らず蜂の巣にし、撃滅した。


「終わったか……」


 俺は静寂に包まれたひびだらけのアスファルトの道を見て呟いた。今回ばかりは、俺よりも先輩の方が活躍していたと言うべきだろうか。


「やった! やったよナポリ!」

「撃つとき以外は引き金に指を掛けるな!」

「あ、ご、ごめんなさい……」


 先輩が引き金に指を掛けたまま俺の方に銃口を向けて走ってきたので叱責する。先輩はうきうきだったが俺に怒られ一気にしょんぼりした顔になった。


「まあ、魔怪以外にはただのおもちゃでしかないのでそこまで気をつけなくてもいいんですけどね」

「う、うん……でもごめん……」

「まだ残っているのがいないか索敵しましょう。あと、今回は先輩に助けられました。すごく」

「ほ、ほんと!?」

「本当です。だからこれからもお願いします」

「うん……! うん!」


 落ち込ませてしまった罪悪感もあり、励ましとお礼を少しした。すると先輩はまた喜んだ。そして俺たちは、無音の村を再び歩き始めた。


 *


 しばらく歩いて人も魔怪も誰も何もいないかもなと思ったところで、大きな切り株の上で体育座りになっている幼い少年の姿を見つけ歩み寄る。


「僕も魔怪だよ」


 俺が何か言う前に、どこにでもいそうな平凡な顔をした少年は言った。俺はそれを聞いて、破怪銃の銃口をそいつの眉間に押し当てる。


「最期に何か言い残すことはあるか」

「村を乗っ取って、人間のふりまでしてきたけど、僕たちは結局人間にはなれなかったんだね」


 少年はそう言うと、姿を小さな狐に変えた。そしてその姿のまま、流暢な日本語で話を続ける。


「失敗しちゃったけど、他の狐は上手くやってくれるといいな」

「他の狐……? まだ魔怪がいるのか?」

「狐なのか、魔怪なのか、それは僕にもわからないよ。でも、世界から狐が滅びない限り希望は繋がれていく。僕はそう信じてる」

「どういうことだ」

「さあね。ほら、撃つなら早く撃ってよ。僕はもう疲れた」


 俺はその言葉を聞き、引き金を引いた。


 銃声が止んだ後には、小さな虫が歩く切り株と、左手に感じる先輩の手の温もりだけが、静寂に包まれた村の中で残った。

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