第26話

「まさかこんなすぐに別の女の子を連れてまた来るとはね」

「仕方ないでしょう。また来ないといけない状況になったんですから……」


 京都駅から新幹線に揺られ辿り着いた本部で俺と会長はおよそ2ヶ月ぶりに再会していた。普段なら半年に一度会うか会わないかくらいなので異例の頻度である。会長は俺の両隣にいる女子2人を見ながら社長椅子から降り、鈴の方へと近寄る。


「話は既に聞いているよ。大変なことをしてくれたようだね。本当に大変だ」

「ご……ごめんなさい……」


 口調こそ穏やかであるが、圧を感じる会長の言葉に鈴は萎縮してしまっていた。会長は椅子の方へと戻ると机の上に指を置いて再び喋り始める。


「人を殺めたか、殺めていないか。その間にある壁は極めて高い。そして一度越えてしまったら二度と戻れない」

「でも、鈴自身は――!」

「殺していない。それは僕も理解しているよ。だけど椿の魔怪が人を殺すことが出来る状況に置いた。人を殺すのを止めなかった。それはもう殺人幇助だ。だから僕は君をこうしなければならない」


 会長はそう言って破怪銃――いや違う! 俺は思考よりも先に、足が動いていた。


「待って下さい! こうなったのは俺の責任でもあります! だから撃つなら俺を!」

「何言うとんのや!」


 俺が会長が鈴に向ける自動式拳銃の斜線に割って入ると鈴が後ろから焦った声で叫ぶ。会長は俺たちを真っ直ぐに見据えたまま、銃口を向けている。


「早う私を撃って! 撃たれるのは私だけでええ!」

「やめろ!」


 俺が叫ぶと、会長は無言で拳銃を机に置いて社長椅子に座り床を蹴って一回転した。そして再び俺たちに向き直る。


「撃たないよ。今は僕が会長だからね」

「あ……」


 会長はそう言うと立ち上がり、腰が抜けて床に座りこんでいる鈴に手を差し伸べた。先輩も同じように腰が抜けていたのでそっちは俺が手を伸ばす。


「や……やめてよ……もう……」

「ごめんなさい」


 俺は震えている先輩の少し冷たくなっている手を取りながら謝罪した。しかし先輩は立った後もなぜか俺の手を離そうとしない。なぜだと顔を見ると頬が膨らんでおり、ちょっと怒っていた。仕方ないので俺はそのまま先輩と手を繋いだまま再び鈴と会長の方へと目を向ける。見ると会長は再び社長椅子に座っていて、鈴がその真正面で棒立ちになっていた。


「僕は君を殺さない。でも処罰を下さないつもりもないよ。とはいえ、これ以上人材を失いたくはないし、どうしたものかな」


 会長は再び一回転した後、窓から外の様子を観察し始めた。ややあって、鈴の方に向き直ると、鈴にこう告げた。


「風瀬鈴。君を今日から1年間の活動禁止処分とする。これでいいかい?」

「え……あ……でも……」

「失敬、そうさせてくれ。僕はもう自分の手を人の血で汚したくないんだ。身勝手かもしれないけれど、人間なんてみんな身勝手なものだからね。僕だけがとやかく言われる筋合いは無いさ」


 会長は「せいぜい限りある青春時代を楽しみたまえ」と笑いながら再び床を蹴って回転した。そして何回か回った後、俺たちへと向き合ってこう言った。


「という訳で、おじさんからのお説教は以上だ。……自分で言っておいて少し悲しくなったから早く帰りたまえ」


 こうして鈴の処分を聞いた俺たちは本部を後にしようとした。ところでまたしても俺だけ会長に呼び止められた。


「本当に撃つと思ったかい?」

「それは……まあ」

「貴重な若い人材をみすみす撃つ訳ないよ。それに君は特別な存在だからね。拳銃じゃ殺せなさそうだ」


 会長は笑いながら「ちゃんと実銃だよ」と言いながらさっきの拳銃のマガジンから弾を取り出し始めた。もしかしたら鈴よりこの人の方が先に捕まるんじゃなかろうかなんて思いながらその光景を見ていると、プリンターが音を立てて紙を排出した。そしてその紙を手に取り俺の方へと向かってくる。


「次の任務だ。めいあも連れていくつもりなら好きにしたまえ」

「連れていくというか、ついてきてるというか、俺がいないとダメというか……」


 そう呟きながら紙を受け取り内容を確認すると「漆迷鹿しちめいか村にて狐の魔怪と思わしき存在の目撃情報有り。当存在の調査及び討伐を任務とする」といったものであった。


「二足歩行で喋る狐が漆迷鹿村で目撃されたらしいんだ。もし有害な魔怪だったら討伐したまえ」

「……わかりました」

「行くのは来週でいいからね。今週はゆっくりしたまえ」


 こうして俺は、次の任務という喜びにくいお土産を持って2人より少し遅れて本部を後にしたのだった。


 にしても村か……。なんでこう田舎にばかり行かされるのだろうか。たまにはスパイダーマンみたいに都会で戦いたいものだ。


 *


「あ、ナポリ!」


 外に出ると先輩がすぐに駆け寄ってきた。


「来週、また一緒に行きましょう」

「うん……!」


 そんな喜ばれても大変なのは俺なんだけどなと思いつつもまあいいかとなってしまう辺り、俺も大概ダメになっていそうだ。


「で、お前はこれからどうするんだ」


 天使の羽じゃなくて犬の耳が生えてきそうな先輩を置いておいて、俺はまだ表情が優れていない鈴に声を掛けた。


「私……これからどうしたら……」

「会長も言ってただろ。青春を楽しめ」

「でも……」

「直久だってお前が構ってきてくれなくなって内心寂しがってるかもしれないぞ。いや、あいつなら絶対そうだな。うん」

「でも……私……」


 鈴の顔は浮かないというか、戸惑っていように見えた。破怪師ではない、普通の高校生としてこれからどう過ごせばいいのかわからないのだろう。


 とはいえ俺は高校生ではないし、破怪師をいきなりやめさせられたら俺でも戸惑うのでどう言葉を掛けたらいいのかがわからなかった。そうしてしばらく無言の状態が続いていると、先輩が鈴の元へと歩いて言った。


「あたしはちゃんと自分で言った……だから、あなたもちゃんと言えるように……頑張って」

「はい……。じゃあナポリ……またな……」

「ああ。またな……」


 俺は遠慮がちに手を振りながら去っていく鈴の背中が小さくなっていくのを、ただただ見ていることしか出来なかった。


「ナポリ」


 そもそも罰を受けるのが鈴だけで本当にいいのだろうか? 彼女がこのような事態を引き起こしたのは俺の行いが原因だ。それなのに俺には何も無しというのはあまりにも――


「ナポリ!」

「な、なんですか……」


 あれこれ考えていたらなぜか先輩がキレ気味に話しかけてきた。もしかしてさっき鈴の代わりに撃たれようとしたことを怒っているのかもしれない。理由はどうあれ先輩は俺が守るって言った手前ああいうことしちゃったら怒るのも無理はないか。


「ごめんなさい」

「別に……謝らなくてもいいけど……」


 謝ったら先輩は急に大人しくなった。なんなんだよもうと思っていると先輩は俺の右手を掴みながら、艶やかな唇を動かした。


「これから一緒に……どっか行こ……」


 そして、こう言ってきた。手は離してくれそうにない。


「行くって言ってもどこに?」

「ナポリが行きたいところでいい」


 と言われてもそんな場所思いつ――いた。あそこだ。あそこに行かなければ気が済まない。でも今はもう夕暮れだし、もう間に合わないか。仕方ない、一旦……。


「ホテルに行きましょう」

「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?!!?!?!!!!?!?!?!?」


 先輩が絶叫マシンに乗ってるのかというレベルで絶叫し、俺は自分の過ちに気づく。


「あ、いや、違うんです。別にそっちのホテルに行きたい訳では……」

「てててて天使はね! 清純じゃなきゃいけないの! でも今は人間だから別にいいのかいやでも待って待って待って! 心の準備があるからね! あたしも行きたい……って何言ってるんだろうねあたし!」

「だから違うって言ってんだろこの色欲天使!」


 ……それから俺たちは、どこのホテルに行くかでしばらく揉め続けたのであった。

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