第25話
魔怪から解放された教師や生徒の動揺の声が鳴り止まない中、俺と先輩は無人の保健室で鈴の意識が戻るのを待っていた。それとペペ子もいるが薬品棚を開けて色々漁ったり体温を測って「平熱だ」とか呟いている。服装も元通りになっており、ホルスターと破怪銃も俺の腰に戻っている。
「ナポリ……大丈夫だよね?」
「大丈夫なはずです」
正直手加減とか考えられる状況ではなかったのでかなりの威力で蹴ってしまったような気がしてならないが、外傷自体はもう治癒しているし大丈夫なはずだとベッドで眠っている鈴の黒い髪を完治した右手で撫でながら思う。この前のとばりといい、一体どうして破怪師同士で戦わなければならなかったんだろうか。
「あのさ、鈴ちゃんとナポリってどういう関係だったの?」
俺の隣で同じように鈴の様子を見ている先輩が尋ねてきた。心なしかいつもより距離が近いような気がするしなんか小型犬みたいだ。
「どういう関係だったのかと言われても、同じクラスで、同じ破怪師の友達だった……って感じでしたね。俺にとっては」
でも、鈴にとってはそうじゃなかったんだろうなと、今になっては思う。俺は鈴の頭を撫でながら、彼女との記憶を辿り始めていった。
*
「おい貴様! どうやら貴様も影で暗躍せし者のようだな!」
入学式の日、式典が終了して教室に戻ってくるや否や、鈴が俺に話し掛けてきたのが始まりだった。鈴は俺の返事を待つことなく口を動かし続ける。
「協会から聞いたぞ! 私と同じ
「俺が京都に来たのは魔怪の目撃情報が多いからだ。それと君の指導を受けろという指示は来ていないし、受ける必要も感じない」
「な……!」
事実を淡々と話す俺に、鈴は鳩が豆鉄砲を食らったような反応を見せた。しかしすぐに気を取り直したようで、俺に指をさしながら言う。
「聞いているぞ。貴様はこの世に生を受けてから破怪師の任務しかやってきていないとな! つまり破怪師の技量以外においては私の足元にも及ばない最弱の存在だ!」
「……どういうことだ」
「簡単な話だ」
最弱と呼ばれ少し苛立った俺に、鈴は借りてきた猫のようになっていた他の新入生のことは一切気にしていない大きな声で、俺に言った。
「貴様を、人間にしてやろう!」
今となっては、とても重い言葉だ。
*
「自分、神野ナポリって言うんかー。えらい変わった名前やなぁ」
入学式から数日後の休み時間、中学生にしてはかなり背の高い短髪の男子生徒が関西弁で声を掛けてきた。
「君はどういう名前なんだ」
「フッ……お前も俺のことが気になるのか……」
「別に」
「ならんのかい! まあええわ。俺の名前は
「そう」
「反応薄っ!」
直久が塩対応にコケそうになりながらも、馴れ馴れしく肩を叩いて俺に言った。
「ま、お前みたいなの俺は嫌いやないからこれからよろしくな!」
「よろしく」
その時の俺は特に何も考えず返事をしたが、直久はこれで俺を友達認定したらしくそれからほぼ毎日声を掛けてきた。ちなみにこいつも3年間同じクラスだった。
「おい。ナポリによろしくするなら私にもよろしくしろ!」
「はぁ? お前はナポリの何や?」
突然鈴が来てよくわからないことを直久に言った。直久は怪訝そうな顔で鈴を見ていた。
「ソウルメイトだ!」
「……こいつ何言ってん?」
「さあ」
「さあやない! 今日も放課後一緒に河原町に行くぞ!」
「今日も……ってどういうことや!? 俺も連れてけ!」
それから色々あったが、結局お互い友達にはなれた。
*
「えっと……その……あの……」
「今は自由時間ではないが」
「わ、わかってる……!」
修学旅行で旅館にいる最中、鈴は俺をロビーに呼び出してきた。この時、普段の制服姿とは何もかもが違う浴衣姿と下ろした髪が艶やかで雰囲気がまるで違ったのが印象に残っている。
「えっと……あの……な……何でもない」
「そうか。じゃあまた明日な」
「うん……」
俺がそう言うと、鈴は小走りで部屋へと戻っていった。
この時何かが違えば俺たちの道は大きく変わっていたのかもしれないと、先輩の告白を受け鈴の気持ちを知った今はそう感じている。
*
確かに、こうなったのは俺の責任かもしれない。もう少し彼女と向き合っていればと、今になって思う。
「魔怪も消えたので余も再び消えるとしよう」
なんて考えていると、ペペ子が俺たちの元へとやって来てこう言った。
「どこに消えるんだよ」
俺は単刀直入に尋ねる。
「それを言ったら消えられないだろうが。そもそも本来お前に正体を明かすつもりもなかったのだ。お前が自力で術を解いて魔怪に襲われてなければな」
「襲われてたの!?」
先輩が心配そうな顔で俺を見るがすでに傷は治癒しているので心配無用ではある。あるのだが。
「俺だって知ってたんならボコボコにされる前に助けてくれよ……」
「お前の成長を見たかったのだ。恒星を出したのは良かったが、余ならブラックホールを出してそのまま撃滅させていたな」
「質量大きすぎるし相手が一体誰なのかもわかんねえのに使える訳ないだろ……つーか俺の
「当然だ。余の能力がお前に遺伝したのだからな」
「……まあ、そんなんだと思ってたよ」
「えええええええええええええええええええええええ!?!?」
なぜか俺より先輩がびっくりしている。あんまりペペ子については話してなかったし、それもそうか。
「で、なんでそんな能力使えんだよ?」
「余も知らん。気づいたら使えてたのだ」
「適当すぎるだろ!」
「仕方ないだろう。それが事実なのだからな」
ペペ子はあっけらかんとした態度で言った。嘘をついているようにも誤魔化しているようにも見えない。結局これが超能力か魔法かそれとも他の何かの類いのものなのかはわからず終いか。
「由来がわからずとも破怪師の活動に役立っているのであれば良いのではないかと余は思うがな」
「それが怖いんだよ。暴走するかも後遺症が出るかもわからない力に頼りたくない」
俺はこの能力について思っていることを率直にペペ子に話した。今まで俺以外に似たような能力を持つ人間にも魔怪にも会ったことがないのも気になる。考えれば考えるほど恐ろしく感じる。
「そう思うなら使わなければ良いだけの話だ。余は使い続けて最強になったがな」
「そうかよ」
自称だけどな。
「ではな。再び会える時を待っているぞ」
ペペ子はそう言って白い光に全身が包まれたかと思うと、次の瞬間にはいなくなっていた。
「本当に消えたな……」
ドアも窓も閉じたまま去っていったペペ子に俺は驚愕した。ペペ子に出来るのなら俺にもやれるのではないかとも思ったが、一体どうやってやっていたのかがわからないので今のところは出来そうにない。
「なんか……ほんとに訳のわからない人だったね……」
先輩が苦笑いを浮かべながら言う。
「ますます一体何なのかわからなくなりましたよ……」
と俺が背もたれに背中を預けながら呟いた直後、ベッドで眠っていた鈴が意識を取り戻した。
「……終わったのか」
第一声、鈴はそう発した。
「終わらせた」
「……そうか」
俺が答えると、鈴は軽く身体を確認した後ベッドから起き上がり、澄みきった青空と生徒が駆け回っているグラウンドを眺め始めた。そして俺は、そんな彼女に向けて口を開く。
「俺はこれからも破怪師として生きていく。高校に行くつもりもない」
「本当に……それでええんか」
「いいんだよ。不満も文句も言いたくなるしもっと人増やせって思ってるけどな!」
「そう思ってるならなんで……」
「俺がやらないと人が死にまくるからな。正義のヒーローぶる気もないけど、救える命は救っておいた方が未来のためになるだろ」
「未来、か……そうか……ナポリは未来を見てるんだな……」
鈴はそう呟くと、再びベッドに倒れこみ、
「私は……過去しか見ていなかったんやな……」
右腕で両目を覆いながら、そう続けた。俺はそんな彼女に対してどんな風に声を掛ければ良いのか、わからずただただ鈴を見ていることしか出来なかった。
「過去があっての今だから、過去を見ることは悪いことじゃないって思うよ……。でも、あたしたちは未来を守るために活動してる……だからさ……未来も、見てみようよ」
すると先輩が、鈴に向けてたどたどしくもそんなことを語った。まるで本物の先輩みたいだ。
「そうだな……私も、そうしようかな……」
鈴は先輩の言葉を聞いて、小声でそう言った。
しかし俺は、過去とか未来とかの前に鈴が今直面している問題について話さなければならないことを思い出し、鈴に伝える。
「……理由はどうあれ、お前は魔怪と手を組んで無関係の人間を理不尽に巻き込んだんだ。これから一緒に本部まで来てもらうぞ」
「ああ……」
「未来を見るのは、それからだ」
そうして俺たちは、日常に戻ったようで全く戻っていない学校を後にし、東京へと向かったのだった。
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