第19話
「あまり無理して魔怪と戦えなくなったら本末転倒だし、今日はもう休もっか」
俺は先輩に連れられ、予定よりもかなり早く宿泊先のホテルにチェックインした。部屋は広々とした作りになっており、窓からはたくさんの観光客で行き交う京都の街が一望できた。そこまで確認すると俺はツインベッドの1つに倒れ込んだ。脳内であいつの声が響くことはなくなったが、あいつの顔は脳裏にしがみ続けてくる。そんな中、先輩の優しい顔と声が俺の心を崖っぷちで踏み留まらせてくれている。
「珍しく先輩が先輩らしい……」
「まるで普段は先輩らしくないみたいな言い方……」
「だってそうじゃないですか」
「自覚はしてるけど……ちょっとヘコむ……」
先輩が俺の率直な言葉に少し落ち込んだ様子を見せた。いつもは俺が先輩を助けてるし、実際正式に協会に加入して破怪師になったのは俺の方がずっと先だし。
「やっぱりこんな落ちこぼれ天使、先輩って呼べないよね……」
「もう天使って呼べるかも怪しいですけどね」
「うぅ……」
先輩が更に落ち込み、もう1つのベッドに俺と同じように倒れ込んだ。ボーダーTシャツが軽く捲れて白く綺麗な背中がちらりと見えている。そこにかつてあったはずの羽は存在しない。それを見て、先輩の出自について思い出す。
元々先輩はこの世界とは異なる世界――天使たちが住まう世界である、天界で暮らしていたという。天使の主な役割は人間を導いたり、魔怪を退治すること。そして先輩――小橋めいあも、天界に住まう天使だった。そう、だったのだ。俺は改めてうつ伏せの先輩に尋ねる。
「成績悪すぎて天使学校から追い出されて、この世界に来たんですよね」
「うん……頭悪くて要領も悪くて才能も無くて……ここでしばらく人間として人間について学びながら修行してこいって言われたんだよぉ……」
天界にも優秀な天使を育てることを目的とした天使学校というものがあり、先輩もそこで人間の導き方や魔怪について学んでいたらしい。結果は本人が話した通りだが。その期間を含めると俺よりも魔怪討伐の先輩ということになる。なので俺は彼女を先輩と呼んでいるのである。実際のところは小橋とかめいあ呼びだと年上という実感があんまりないからというのが本音ではある。しかし先輩もこの先輩という呼び方が気に入ってるらしいのでそうしている。
「先輩は……まあうん」
「まあうんって何……」
枕に顔をうずめている先輩に何か言ってあげようとしたが何を言えばいいのかわからず結果として訳のわからないことを言ってしまった。まずい、余計に落ち込ませてしまったかもしれない。何とかフォローしないと。
「でも、先輩が一緒に来てくれなかったら俺はずっとパイロキネシスについて勉強したり1人で過去の記憶に苦しんでましたから」
「過去の記憶……!?」
先輩が急に起き上がりこっちのベッドまで移動してくる。先輩の顔が、俺の視界を覆う。そんなに俺が苦しめられてたことが知りたいのか……。
「あ、いや別に大したことじゃないんですよ。ちょっと色々あっただけで……」
「別にじゃないよ!」
先輩が大声を上げて俺の肩を両手で掴む。その声には緊迫感があり、どこか心配しているようにも感じた。そして表情は、普段見ないくらいに強い怒りの感情が滲みだしていた。どうしてだ? どうして先輩は怒っているんだ?
「あ、いや、そこまで真剣にならなくても……」
「ダメだよ……!」
先輩は俺にしがみついたまま、俺の胸に顔を埋めてすすり泣き始めた。怒ったかと思ったらいきなり悲しんで。一体俺がどうしたというんだ。
「あたしにはナポリみたいな力はない……でも、一緒に居て、一緒に背負ってあげることはできる。だから……」
「あー……」
顔がぐちゃぐちゃにしながら俺を見上げる先輩を見て、気づいた。
多分先輩は、俺の過去の記憶というものをかなり大げさに考えてしまっている。とはいえイルカにロリコンの変態呼ばわりされたって言っても間違いなく信じてもらえないだろうし、どうしたものか。
「ナポリは何も悪くないのに……」
確かに俺は悪くないのかもしれない。悪いのはあのクソガキだ。でも先輩はそのことについて何も知らないからもっと深刻なことだと思っているのだとわかる。
とりあえず俺も先輩の肩に自分の手を置き、透明な鼻水をずるずる垂らしている先輩を見て、今改めて実感したことを言う。
「やっぱり先輩には俺がいないとダメですね」
「そうだよ……だからずっと一緒にいて……」
「重い……あと鼻かみましょう」
「わああぁ!?」
自分の人中を指で拭って驚愕する先輩に、枕元にあったボックスティッシュを差し出す。先輩は手早く5枚程抜き取ると、じゅるじゅると音を鳴らして鼻をかんだ。そういや天使の鼻水って人間のと何か違いとかご利益とかがあったりするのだろうか。確かめる気にはならないけど。
「ぐずっ……こんなのでも、一緒にいてくれる……?」
「まあ……俺以外にいないですしね」
「ナポリナポリナポリナポリナポリぃ!」
先輩は俺の名前を何度も呼びながら俺を強く抱きしめてくる。密着することにより体温が直に伝わってくる。涙で服が湿っていくのもわかった。やっぱり、先輩と呼ばなければ先輩とは思えない。この子はどうしようもないレベルでへっぽこだ。
「ぜっだい……あだじがまもるがらぁ……」
「俺が守らなきゃダメですよ……これは……」
なんで俺はこんな子と出会って、助けちゃったんだろう。
とにかく、この子が天界に帰るまでは俺は死ねないなと、温もりを感じながら改めて思い、一日を終えたのであった。
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