第17話

 電話があった日から一週間後の土曜日の昼下がり、俺と先輩は温かな風が優しく頬を撫でる鴨川の河川敷に隣り合って座り、俺と先輩はここ京都を拠点としている破怪師の到着を待っていた。その間、スマホに送られてきていた任務の概要を眺める。


「椿の魔怪……人の魂を吸い身体を抜け殻にする……それ以外の情報は不明か……」


 植物の魔怪はこの前のテイクイットバンブーもだが、見た目は普通の植物、というか雑に作ったゆるキャラみたいな風貌でとても邪悪そうに見えないのがほとんどだ。しかしその実態は自由自在に身体を伸縮させて全方向から攻撃することが可能であり、なおかつ土から養分を吸い上げるかのように人間から生命力を吸い取り続けるという凶悪極まりないものだ。だからどんなに経験を積んだ破怪師でも油断し足元をすくわれて、敗北してしまうことがある。敗北した後の結末の説明はもういらないだろう。


「どっちにしても危険、か……」

「どっちにしても?」

「俺だけで行っても全員で行ってもハイリスクだってことです。本当は俺だけ行ってさっさと終わらせられればいいんですけど、いかんせん情報がないので」

「一人はダメ!」


 俺が自分の考えを整理しながら喋っていたら、先輩に強い声で言われ、体がビクっとする。周囲を歩いていた地元の学生や観光客の視線が一気に俺に突き刺さる。


「わかりましたから。もう少しボリューム下げて……」

「あっ、ご、ごめん……」


 なんて言いながら注目を避けまた周囲に溶け込もうとしようとしたところで、背後に植えられていた太く大きな木が不自然にざわめき、反射的に振り返る。するとそこには、セーラー服とミニスカートを身に着け、長い黒髪をツーサイドアップに結び、左目が黒い眼帯で覆われているという一度目に入れたら数日は忘れなさそうな見た目の奴が横に伸びた枝の上に立っていた。立っていたのだが。


「刻下、再度邂逅せし時――」


 座っている俺の視点からは、枝に立っている奴の履いているスカートが風に煽られ、その中にある黒い水玉模様の布がひらひらと見えていた。


「おい馬鹿! パンツ見えてるぞ!」

「な、何見てるんやこのアホ!」


 指摘してやるとそいつはばっとスカートを抑えながら木から飛び降りると、俺に指をさしながらキレ気味に言った。


「見えるような場所に立つ方が悪いだろ!」

「せやけど普通見たりしいひんやん!」

「見る見ないじゃなくて見えてたんだよ馬鹿!」

「な……ナポリのくせに生意気や!」

「あ、あのー……」


 俺とすっかり素で話してる奴が言い合っていると、先輩が気まずそうに手を挙げながら声を出した。そこで奴ははっと我に返ったように変なハンドサインの形で顔を覆った。また視線が刺さってくるから普通に話して欲しいんだけど。


「な、なんだ。まさか貴様がもう一人の影で暗躍せし者か?」

「あー……まあそうなんだけど、あなたがもしかして……」


 先輩が尋ねると、そいつは顔を覆っていた手を勢いよく先輩へと向けて、周囲の視線なんか全く関係ないと言わんばかりに、大きな声で叫んだ。


「そうだ! 私がこの京の都唯一の破怪師にしてゴッドナポリの盟友、風瀬鈴だ!」

「……ゴッドナポリ?」


 鈴の言葉を聞いて、先輩が俺を怪訝な目で見てきた。


「神野なので、ゴッドです」

「ああ……」


 先輩はそれを聞いて、納得したようなしてないような表情になった。まあ他の人にそんな呼び方されてないしなと思いつつ、俺は決めポーズをしている鈴を見て言う。


「ちなみにこいつはクラスメイトから風鈴ちゃんって呼ばれてました。風瀬鈴なので」

「ウインドベルとも言うぞ」

「それ言ってたのお前だけだろ」

「皆恐れているのだ。私の真名を呼ぶことを、な」


 薄い胸を張ってドヤ顔で言う鈴に俺は呆れて返す。ちなみにこいつとは3年間ずっと同じクラスだった。今思えば意図的にそうされていたのかもしれないけど。


「ウインドベル……まあ鈴ちゃんでいいか。あたしは小橋めいあ。一応ナポリの先輩破怪師だよ」

「フッ。やはり貴様も恐れるか……」

「普通に痛いからやめただけだと思うぞ」


 先輩は普通に自己紹介した。鈴は先輩が言い直したのを聞いて勝手に自惚れていた。俺のツッコミは届いていなさそうだ。先輩も「あはは……」と隣で苦笑いしてるし。


「ところで直久なおひさはどうしてる?」

「奴は今、の領域から来た球を上げたり打ったりするのに夢中だ」

「バレーボールか……」

「世間一般では、そう呼ばれているな。学び舎こそ同じだが拠点領域が違う故、近頃は対話していない」

「そうか」

「直久?」


 先輩が首を傾げる。


「中学の頃の友達です。破怪師でもない一般人ですけど」

「そっか」

「どちらにせよ、私たちは私たちの世界ですべきことをやるだけだ」


 俺が先輩に答えると、鈴がどこか浮かない顔で意味がわかるようでわからないことをまた言ってきた。


「どういうことだよ?」

「……明日、またここに来る」

「え?」


 鈴は俺の問いに答えることなく、俺たちに背を向けて河川敷から離れていった。


「何だったんだ?」

「何だったんだろうね……」


 嵐のように現れて嵐のように去っていく後ろ姿を、俺と先輩は戸惑いながら眺めた。


 とりあえず、こっちはこっちで、椿の魔怪について調べるとしよう。

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