古都に咲く椿

第16話

「ナポリ……」

「家にいるのはもう別にいいんですけど本当に疲れてるんで……」


 ようやく溜まっていた任務を一通り片付けた後、丸一日休みになった途端ここ数週間の疲れが一気に押し寄せてきた。傷はすぐに癒えても疲れは取れないのが面倒臭いというか、ちぐはぐなところではあるなと自分でも思う。


 ムリムちゃんには申し訳ないが配信を見る体力も残っておらず、今日は一日中ベッドの上で過ごすつもりだったのだが、いつものように先輩が来て枕元で話しかけ続けてくる。先輩の声は耳障りがいいから入眠にちょうどいいものの、かといって寝たら先輩が怒りそうなので寝れないというジレンマに陥っている。


「この眼鏡誰の……? ナポリのじゃないよね……?」

「人がいらないものをあげるのが趣味の人のです」


 タンスの上に置いていたルイの眼鏡について先輩から尋ねられたが、詳しく話すと説明が非常にめんどくさいので一言で済ませる。人というかイルカのだけどそれを言うとキリがないのでやめておく。


「なにそれ!?」

「そう思いますよね俺もそう思います」

「なんで貰っちゃったの!?」

「なんででしょうね……」


 先輩は若干引きながらしばらく眼鏡を眺めた後、再び俺に顔を近づけてきた。


「えっと……」

「なんですか」


 寝返りで先輩に顔を向けると、先輩は俺と目を合わせたり逸らしたりと落ち着かない様子だった。ややあって、先輩は口を開いた。


「次の任務……あたしと一緒に行かない?」

「いいですよ……でも今日は休ませて下さい……」

「いいの……!?」

「またあんなことあったら俺以外誰も助けられませんし」


 俺がそう言うと先輩は嬉しそうに「やった!」と口にした。人の気も知らないでと言いたくなるが、喜んでいる顔を見ると無断で一緒に行かされるよりかはまあいいかと思う。


「今度も、ちゃんと助けてね?」

「助けないといけない状況にならないことを切実に祈ります」

「……むぅ」

「むぅじゃねえよマジで……」


 頬を膨らませている先輩を見てため息をついた後、俺は仰向けになり、白い天井を見つめた。次の任務が来るのはいつになるだろうか。せめてあと一週間はこうして寝ていたいけど人手不足だしそういう訳にもいかないんだろうな。なんて思っていたら枕元に置いていたスマホが着信を告げた。仰向けになりながらスマホを手に取ると、画面に映し出されている「風鈴」という名前を見て懐かしさを覚えた。それを見て俺は、先輩がいる方とは逆側の耳元にスマホを近づけた。


「もしもし」

『我が盟友ともよ! 幾千のときを越え、再び現世で相見あいまみえ、共に物語を紡ぐぞ!』

「なんて?」


 受話器から耳を貫くんじゃないかというくらいの大きい声とそこから放たれる意味不明な言葉を聞いて、俺は反射的に聞き返した。


『……世界を蝕む影を滅するため、京の都へと再度顕現せよ!』

「つまり、任務のためにまた京都に戻って来いって?」

『そうとも言う!』

「いつ行けばいい?」

『明くる週の終焉、命の源が流れゆく区域エリアの側にて待っている』

「来週末の……エリアってどこ?」

『鴨川の河川敷にて待っている!』


 切れた。結局答え言ってくれるなら最初から普通に話せよと思うが、あいつのことだし仕方ないなと思い、スマホをまた枕元に投げた。


「えっと……次の任務?」

「はい。中学の頃友達だった破怪師から来週末京都に来いとのことでした」

「中学?」


 先輩が首を傾げる。そうか、先輩はまだ知らないんだっけか。


「中学くらいはちゃんと通ったらと当時協会にいたお偉いさんに言われて、中学だけは一応まともに通ってたんですよ。まあ、人手不足が深刻になりすぎて最後の方は任務でろくに行けてませんでしたけど。電話の相手はその頃の友達の風瀬かざせりんといいます」

「そうだったんだ……」

「で、その風瀬も一緒になると思うんですけど、先輩も来ます?」

「行く!」


 即答だった。そんなにあいつが気になるか。まあ声でかかったし多分全部聞こえてたよな。


「そんな訳で、それまで寝ます……」


 あいつの声を聞いて翻訳したら更に疲れた気がしたので俺は布団を被って目を閉じた。多分また疲れることになるだろうし、今のうちに取れる疲れは取っておくとしよう。


「え!? な、ナポリー……」


 耳元で囁く先輩の声が次第に遠くなり、こうして俺は昼下がりの陽光が窓から差し込む中、睡魔に体を委ねたのだった。


 *


 赤茶けた砂塵が舞う荒地で、俺は死んだ魚のように生気のない目とゾウのように長い鼻と牙を持ち、四肢が半透明で白い煙に覆われている巨大な魔怪を発見した。その魔怪のすぐそばには、砂で汚れた白いワンピースを身に纏い、顔から赤い血を流している少女が倒れていた。少女は震えている声と体で、俺を見て言った。


「たす……けて……」

「すぐに片づける」


 俺はそう答えて、破怪銃を撃ちながら、魔怪目掛けて走り出した。


 *


「夢か……」

「あ……起きた」


 先輩がずっと側にいたせいか、初めて先輩と出会ったときの記憶を夢として見てしまった。確かあの後先輩の体の傷を治すから服を脱いでほしいと言ったら泣かれたんだっけ。いや、その前から泣いていたっけ?


「どんな夢見てたの?」

「先輩が泣く夢です」

「どういう夢!? ねえ!?」


 それから俺は、先輩にどんな夢だったのかをしばらく聞かれ続けたのであった。

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