魔怪機構

第15話

 ナポリは今日も魔怪討伐の任務に行っている。私にはあまりよくわからないけれど、推しのVTuberがどうのこうのということでしばらく任務を放置してしまっていたので当面はみっちりやってなかった分の任務でスケジュールが埋まってしまっているらしい。ちなみに今は電波が届くのかも怪しい遠くの田舎に行っているみたい。電波が届いてねえじゃねえかってまた怒ったりしてなければいいけど。


 で、そんなナポリの先輩であるあたし、小橋めいあはというと。


「お、おじゃましまーす……」


 破怪師協会技術顧問、東雲しののめ留子るこさんの自宅にお邪魔していた。モニターとかがいっぱいあってサイバーチックなリビングに入ったあたしに留子さんが「はーい」と言いながら身体を向けると白衣の下に来ている縦セーターからたわわなものが自分の居場所を激しく主張してるのがすぐ目に入った。そして短いタイトスカートから伸びる黒いタイツに覆われた細い脚。やっぱりスタイルいいなぁ。あたしももう少し大きかったらVTuberなんかよりもあたしに興味持ってもらえたのかなぁ……。


「めいあちゃんの身体も、私は魅力的だと思うわよ?」

「はぇえ!? す、すみません見てしまって!」

「いいわよ別に。見たいなら見ても」

「は、はい……」


 留子さんに身体を見ているのがバレてしまい慌てて目線を逸らす。赤面しているのが自分でもわかるくらいに顔が熱い。手で仰いでちょっとでも早く冷ます。


「ところで、今日はどうして来たの?」

「は、はい。えっと……」


 そんなあたしの様子を軽く笑ってから留子さんはコーヒーを一杯飲んだ後、あたしに尋ねてきた。あたしはゆっくり深呼吸をしてから、話を始める。


「この前、ナポリと一緒に本部まで行って会長に会って話す機会があったんです。その中で会長が『僕にもかつて友達だった魔怪がいた。でも魔怪だから殺された』と言ったんです。その時……」

「その時?」


 あたしがここまで話して、留子さんの柔らかかった表情が少しだけ険しくなって、真面目な表情になった。それを見て一瞬言葉に詰まったけど、軽く息を吸ってから、再び口を動かし始める。


「今まで見たことないくらい、ナポリの顔色が悪くなっていたんです。何かあったのかなって話しかけようとしたところで元に戻ったのでちょっと疲れが出てきちゃったんだろうなって思ってたんですけど……」

「気になった?」


 留子さんの問いにあたしは首肯して、自分の胸の中の思いを打ち明ける。


「ナポリと出会って1年が過ぎましたけど、一緒にいるときいつも思うんです。1年経ってもあたし、彼のこと何も知らないなって。だからもっと知りたいんです。なんでナポリにあんな力があるのか、ナポリに昔、何があったのか」

「そう……わかったわ」


 留子さんはあたしの言葉に、またコーヒーを飲んでから返事をした。


「めいあちゃん。ナポリくんのこと、どこまで知ってる?」


 それからあたしの目を真っすぐに見つめながら尋ねてくる。あたしはしばし逡巡した後、口を開く。


「地上のことが何もわからないまま魔怪に襲われていたあたしを助けてくれて、魔法みたいな力を持っていて、VTuberが好きで、クールぶってるくせに中身は変態でヘタレで口悪くてだらしなくて中二病で文句ばかり言って沸点低くて肝心なことは適当に誤魔化して――」

「ただの悪口になってるから、そこまでにしましょ?」


 あたしが思ったことをそのまま口にしていたら留子さんに手の平を向けられて制止されてしまった。やっぱりちょっと言い過ぎたなと、口の中でナポリに謝ろうと思う。ごめんね、ナポリ。そう思いながら、あたしは最後にこう言う。


「でも本当はすごく優しい」

「めいあちゃん、本当にナポリくんが好きなのね」

「はひい!?」


 留子さんにそう言われて思わず変な叫びが出てしまった。何だろうこの事実なんだけど認めたくないみたいな感情は。むががががが。


「大事なことは本人から直接聞いた方がいいと思うけど、いいわ。教えてあげる。彼が何者で、過去に何があったのか」


 留子さんはあたしを見てまたしてもしばらく笑った後、ゆっくりとした声で、話を始めた。


「結論から言えば、その魔怪を殺したのは他でもないナポリくん自身なのよ」

「えっ……」


 私は耳を疑った。この前のとばりちゃんとアムリタちゃんの件だって、2人が友達だって知って倒すのをやめたのに。私の表情を見て、留子さんが話を続ける。


「今のナポリくんはツンデレだからなんだかんだ言い訳して討伐しないこともよくあるから、ちょっとびっくりしたわよね。そのことがあったのは今から10年くらい前なんだけど、その頃のナポリくんは魔怪機構――魔怪を殲滅するためだけに使われる装置だったの」

「使われるって……」

「物心ついた頃からナポリくんは破怪師だったってことは聞いてるかしら?」

「破怪師だったお母さんにさせられたっていう話は……」

「そうよ。彼のお母さんも大概よくわからない人だったし、お父さんもずっと行方不明で謎だらけの人なんだけど……とにかくナポリくんは、生まれた時から魔怪を倒すためだけに育てられたの。人間としての心なんてものは、彼には与えられなかった」

「でも、今はあんなに……」

「今でこそちゃんと思春期の男の子らしくなっているけど、幼少期はそうじゃなかったのよ。視界に映る魔怪をただただ無感情に圧倒的な力で消していたの。だからその頃の彼にとってはその魔怪が晴冬くんの友達だとかなんていうのはどうでもよかったの。『魔怪機構』の役目は人間に仇なす全ての魔怪を殲滅することだったから」

「そう、だったんですか……」


 破怪師としてではなく、魔怪を消すためだけの機械のように育てられて、実際に機械みたいに動いていただなんて。あたしが知っているナポリからはとても信じられなかった。そして留子さんはコーヒーを飲み終えると、再び口を開いた。


「でもね、その魔怪も他の破怪師を襲ったのが問題視されて協会からナポリくんをけしかけられたから、何もかもナポリくんが悪いって訳じゃないの。あれは皆が正しいと思ったことをやったが故の、不幸な事故だったの」

「事故……でも、なんでナポリは今――」


 あんなに人間らしくなっているんだろうと口にしようとしたとき、留子さんがあたしの唇を人差し指で押さえてきた。


「私から言えるのはここまで。そもそも今のナポリくんについては、私よりもあなたの方が詳しいでしょう?」

「そう……ですね」


 なんかはぐらかされた気もするし、やっぱりまだわかんないことだらけだけど、だからといってこれ以上ずけずけと聞く訳にもいかないと思って、あたしは首肯した。留子さんは飲み終わったコーヒーを流し台まで持っていった後、再びあたしに向き直って、あたしの顔をじっと見つめてきた。


「ところでめいあちゃん。あなたの力は戻りそうなの?」


 そしてあたしに、そう尋ねてきた。


「やっぱり戻りそうにないですし、これから戻ることもないと思います。だってあたしは『落第天使』なんですから」


 留子さんにあたしはぎこちなく笑いながら、素直にそう返した。

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