第14話
「あー、いやー、そのー…………ハイ。あたしがクリームパン系VTuber、繰夢ムリムです」
プールから飛び出た少女は俺を見てしばらく目を泳がせたのち、自分がムリムちゃんだと認めた。
「マジかよ!?」
「マジだよ! ていうかスパゲたんくんってそんな若かったんだ!」
プールからムリムちゃんの声がする人が出てきたからもう99%そうではないかと思っていたがしていたが、いざそれが100%になったら改めて驚かずにはいられなかった。もっとも、驚いているのは向こうも同じようだが。
「ネタバレすると、彼女もここで飼育されているマイちゃんというカマイルカです」
クソガキが隣で何か言っている。ネタバレにしては少し遅いし。
「なんで出てきたんですか。せっかく正体バレないままそのまま帰ってくれそうでしたのに」
そしてムリムちゃんに正論っぽいことを言い始めたが、俺に自分の正体をバラした時点で家に帰った後もしかしたらっていうくらいには気づいてたと思う。
「だってマジで帰ったらヤバいって思ったんだもん!」
「だからそれで良かったんじゃないかって言ってるんですよ」
「でもスパゲたんくんはずっと配信見ててくれてるし、1回直接お礼言わなきゃダメだなって感じてたし!
「必要ないでしょうこんなロリコンにお礼なんか」
「ロリコンじゃねえから!」
疲労困憊だがさすがにムリムちゃんの前では否定しなければならない。こんなに疲れたのはクジラの魔怪と戦って以来だぞ本当に。あっちはもっと怪物っぽい見た目だったけどこっちは見た目は美少女だが中身は俺の名誉を悉く剥ぎ取っていく怪物以外の何物でもないと確信している。
「ロリコンだったの!?」
「違う!」
「だ、大丈夫大丈夫! 別に犯罪とかしてなければあたしはどんな性癖があってもいいなって思ってるし! うん!」
「だから違うんだって!」
あはは……とムリムちゃんが苦笑いしている。まずいまずすぎる。完全にロリコン認定されてしまっているではないか!
「このクソガッ……」
と口走りそうになったところで、そのクソガキに肩を叩かれた。なんだと思って振り返る。すると軽く首を横に振り、こう言われる。
「素直に認めましょうか」
「嫌だ!」
あ。と思ったときにはもう遅かった。
「嫌だ、ということは自分でも内心そう思っているってことですよね。この
「あああああああああああああああああああああああああ!!」
刹那、俺はクソガキのでかくて丸い眼鏡を超高速で奪い取り――絶叫した。こんなに絶叫したのは何年振りだろうか。目の前にいるクソガキのことで頭がいっぱいになって思い出せない。やはりこいつは恐ろしい怪物だ。ここで始末してしまおうか。
「す、スパゲたんくん……え、エキセントリックだね」
ダメだ。ムリムちゃんがドン引きした顔で俺を見ている。ここでクソガキをぶちのめしたら一生生配信が見られなくなくかもしれない。落ち着け俺。俺は一体何のために生きている? このクソガキをぶちのめすためじゃないだろう。ムリムちゃんの配信を見るためだ。OK、大丈夫だ。うん。戻ってこれた。
「私に興奮するだけでは飽き足らず、私の眼鏡を取って興奮してるなんて本当にどうしようもない変態ですね」
「確かに興奮はしたかもしれない。あ、欲情してたからじゃないぞ!」
「……チッ」
「舌打ち!?」
先回りしたら舌打ちされた件。あと眼鏡が無くなった分顔がはっきり見えるようになってちょっと雰囲気が変わって――危ないマジでロリコンになるところだった。
「もういいや返すよこれ」
「そんなに欲しいならあげますよ。また新しいの買おうと思ってましたし」
何とか壊さずに抑え込めたので眼鏡をルイに返そうとしたらなぜかあげると言われた。これ貰っても困るんだけど。
「いや別にいらな――」
「それじゃ、また会える日を待ってますよ。変態ナポリタン」
ルイはそう言うとプールに飛び込むとまたイルカになってどこかに行ってしまった。変態ナポリタンって何だおいその呼び方は――と思ったところでまだステージに残っていたムリムちゃんと目が合った。
「えっと、お、応援してます」
「あ、ありがと。あはは……」
気まずい。気まずすぎるぞ。この空気どうしてくれるんだあのクソガキ。
「リメンバーオフ会、どうだった?」
「……正直、ルイが気になりすぎて全く内容覚えてないです」
「そっかぁ……。でも、悪い子じゃないから許してあげてね」
ムリムちゃんが両手の指を合わせながら苦笑いを浮かべて言う。
「善処します」
「ありがと。多分だけどルイちゃんね、スパゲたんくんと話せてすっごく嬉しかったんだと思う。あたしたちってどうしても隠したり誤魔化したりしなきゃならないことが多いから」
「まあ、それは俺にもわかります」
魔怪も破怪師も公には実在しないとされている存在だ。そのため赤の他人に易々と自分の正体を明かしたりはできない。第一本当のことを素直に言ったところで一切信じてもらえないし、そういうことは俺にも理解できた。理解できたがアレはちょっと……アレすぎた。
「あ、ちなみにさ、好きな配信とかってあったりする?」
「全部好きですけど……ASMRは寝る前によく聞いてます」
「あれ、もしかしてやっぱり変態……?」
「違う! ムリムちゃんの囁き声がいいんだ!」
違くない気がしてきた。どうしようやっぱり俺は変態なのかもしれない。これじゃ必死に否定してたのが馬鹿みたいじゃないか。
「あはは。でもありがと! あたしの声、聞いてくれて!」
でも、目の前で満面の笑みを見せる本当のムリムちゃんは、すごく魅力的で、可愛らしかった。この笑顔が見られて、ちょっとくらいはルイに感謝してもいいのかもしれないと、貰ってしまった眼鏡を見て思った。
「これからも聞いていたいので、頑張って下さい」
「うん! あと10年は続けるつもりだから安心して!」
「なら良かったです」
それから俺たちは、配信中にあったこととか、ムリムちゃんと同じ事務所に所属しているVTuberの話で盛り上がった。ちなみにムリムちゃんは「ぱんどらぶれっど」という事務所に所属しており、他のVTuberもクロワッサン系だとかメロンパン系だとかのVTuberを名乗っている。俺はムリムちゃん単推しだから他のVTuberについてはいまいちよく知らないが、それなりに全員人気はあるらしい。
「あ、そろそろトレーナーが様子見に来るから裏口に行こっか」
そうして時間は流れていき、19時になろうとしたところでムリムちゃんがそう言った。
「今日は楽しかったです。また配信見に行きます」
「うん!」
「ところでさ、どうしてあたしを好きになってくれたの?」
「やっぱりあのわわちゃんたちと一緒にやってた謎のゲーム耐久配信を観てですね。あれを観たとき凄まじい衝撃を受けました」
「あー! あのわっちんとドリザと一緒にやったやつね! あれで一気に登録者増えたんだよねー!」
そうして来た道をムリムちゃんと話しながら引き返す。そして裏口のドアの前に辿り着くと、ルイが立っていた。
「まあ……ムリムちゃんと直接会えたのはお前のお陰だから感謝してる」
「私も感謝してます。久しぶりに遊び甲斐のある方と会えましたので」
少し恥ずかしくなりつつお礼を言ったのにクソガキは相変わらずクソガキだった。
「これ俺が貰っても困るんだけど」
やっぱり眼鏡は俺が貰ってもどうしようもないので返そうと思ったが、ルイは首を横に振った。そして俺に言う。
「人が貰って困るものをプレゼントするのが私の夢でしたので」
「ひっどい夢だな!」
「人の夢を笑うとか史上最悪の変態ですね」
「今のは紛れもなく笑ってもいい夢だ!」
「では今度はイルカショーで会いましょう。スパゲたん」
そうしてルイは水槽にぶつかりそうになったりとおぼつかない足取りで再びプールの方へと歩き去っていった。
「大丈夫かあれ」
「いざとなればあたしも一緒に眼鏡買いに行くから大丈夫。うん」
「そうですか……それじゃあ、俺はこれで」
「また配信見に来てね!」
「はい!」
そうして俺はとっくに閉館している水族館の裏側から外へと出た。イルカの眼鏡という謎にもほどがあるお土産を手に持って。
「つーかイルカになってたときは眼鏡も服も無いのに人間の姿に戻ったら普通に服も眼鏡も濡れてないままだったよな……マジでなんなんだ……」
あまりにも疲れてもう何も考えたくなかったので、それから俺は真っすぐ駅へと向かい、帰路についたのだった。新幹線の中で眼鏡も一応掛けてみたが、度が全く合わなくてやっぱりいらなかった。でも、まあ……。
「一応取っておくか……」
とりあえずインテリアとして、部屋に置いておくことにしよう。
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