第13話
「着きました」
1時間半ほど列車に揺られ、駅のホームに降りた後もルイは俺の手を取り歩き続けた。やがて海沿いのどこか懐かしさを感じるような外観の大きな建物の前で立ち止まると、俺にそれを指さしながら言った。
「ここは……水族館?」
建物の近くにある看板には「鎌倉水族館」という文字とデフォルメされた可愛らしいイルカのイラストが描かれていた。周囲を軽く見るが、客らしき人はいなさそうだった。日が沈みかけているし、もう営業していないんじゃなかろうか。
「もう5時半ですか。閉館してるので裏口から行きましょう」
そんなことを考えていたらルイが平然と俺の手を取りながら再び歩き始めたので慌てて引き留める。相変わらず幼女みたいな見た目の割には力が異常に強い。
「ちょっと待て。君は一体何なんだ? もしかしてここの従業員か?」
「ですからそれを今から説明して差し上げましょうと言っているんです」
と言ってルイは俺を連れて建物の裏側へと向かい、従業員以外立ち入り禁止と張り紙がされた扉の前で立ち止まった。すると肩に掛けていたバッグから鍵を取り出すとあっさりと開錠し、ドアを開けた。
「どうぞ」
「あ、はい……」
「もう一度言いますが、他言無用でお願いします」
ルイは俺が恐る恐る中に入ったのを確認すると、いくつもの水槽が見えるバックヤードの中を軽い足取りで進んでいく。
「この前あそこの大水槽のイワシこっそり食べたんです。何百匹もいますしちょっとくらいいいですよね」
「いやよくないだろ!」
「いいんですよ。私は可愛いんですから」
「どういう理屈だ! 可愛いからって何やっても許されるんならとっくに世界滅んでんぞ!」
「でも滅んでませんよ。つまり可愛いは正義ということです。素晴らしいですね可愛いというのは」
「このガキ……!」
眼鏡割ってやろうかと一瞬本気で思いかけたが、こいつの正体がわからない以上下手なことをするのは危険だとすぐに思い直し、拳を握ってなんとか堪える。顔が引きつりまくっているのを自分でも実感する。
「スパゲたんだって世間一般からしてみればまだまだクソガキもクソガキですよ。童貞」
「おい最後のは何だおい」
「事実でしょうに。私をチラチラと見るあの目は紛れもなく童貞のそれでしたよ」
「それは……! お前のことが気になりすぎてだな! ていうかそういう気になる見た目と気配してるお前が悪いんだよ!」
「私に責任押し付けるんですか。やっぱりスパゲたんはどうしようもない変態ですね」
「もういいよ変態で……」
なんかこいつと話すといつの間にか主導権を握られてしまっている感じがする。それに何だかめちゃくちゃ疲れる。ため息をついた俺を見てクスクスと笑いやがるし。なんなんだこいつは。本当になんなんだ。
「じゃあ今から教えましょうか。私が何者で、スパゲたんが何者なのかを。まずスパゲたんはただのロリコンの変態野郎ですね」
「違えよ馬鹿!」
気づいたらドルフィンスタジアムなるイルカショーとかをやるような大きなステージの上に立っていた。目の前には大きなプールと数百人は座れそうないくつもの客席。トレーナーからはこういう風に見えているんだなと思い何とか眼鏡割りたい欲を抑える。そしてルイが服も脱がず迷わずプールへと飛び込んだ。
「ちょ……はぁ!?」
俺は驚愕した。なぜならルイが飛び込んだ場所に――灰色の体をしたイルカがいたからだ。そしてイルカは俺を見てステージに座礁してきた。
「お前イルカかよ!?」
しかし不思議なことに魔怪特有の妖気は感じなかった。とはいえとても普通じゃない気配は漂いまくりだが。最早異常でしかないのだが。イルカの周囲を回りながら観察したが、どこをどう見ても水族館にいる普通のイルカにしか見えなかった。試しに背びれを触ってみると、魚のそれとは比べものにならないほど硬くすべすべとしていて、血液が通っている哺乳類特有の温もりを感じた。
「今、背びれを触って卑猥な気持ちになりましたね?」
イルカはしばらくして体をぬるぬる動かしてプールに戻ると、勢いをつけて大きくこっちに飛び上がってきたと思ったらルイがステージの上に着地していた。そして俺にこう聞いてきた。
「確かに思ってた感触とは違くて驚いたけどそんな気持ちにはなってねえよ!」
「本当にそうですかね。ところで今のはどうでしょうか」
「どうでしょうかってこっちが一体どうなんだって聞きてぇよ!」
「私はここで飼育されているハンドウイルカ、ルイちゃんです。そしてショーが休みの日はたまにこうして人間になって外をほっつき歩いてます」
「いや意味わかんねぇよ!」
アムリタのように人間のふりをした魔怪というのは珍しい話じゃない。だがこうも平然と姿を変えることができて、それを自在に使い分けているというのは今まで聞いたことが無い。前代未聞だ。そもそも魔怪じゃないのかもしれないが。だったらこいつは一体なんだんだ。なんて思いながら思考をぐるぐるさせていたら、ルイがステージの端にあったボールで華麗にリフティングをしながら喋り始めた。
「ここにいるイルカは、先祖代々人間に姿を変えられるんですよ。一体なんでそんなことができるのかは私にもわかりません。私も生まれたときから人間とイルカの姿を使い分けていましたし、一体何なんでしょうね」
「ほんと何なんだよお前は……」
「とっても可愛いルイちゃんです」
「はぁ……」
「という訳で、私は普段ここでイルカショーをやっているので年パス買って毎日来てください」
「それは無理だな。静岡在住だし」
「なら新幹線の定期も」
「無茶言うなよ……」
なんか身体の力が一気に抜けた気がする。こいつの正体を何としてでも知りたがってた俺が馬鹿みたいに思えてきた。俺は顔を手で覆いながら、ビジネススマイルっぽい笑みを浮かべているルイに尋ねる。そんなに年パスを買わせたいのか。まあいいや、さっさと肝心なことを聞こう。それで返答によっては対処したりしなかったりする。それでいいだろもう。
「一応聞いとくけどさ、その力で人間に危害を加えようとか思ってないよな?」
「思ってませんが、スパゲたんとかいうロリコンには全力で加えにいきます」
「俺だけかよ!?」
「あなただけの、ルイちゃんです」
「やかましいわ!」
「そこはありがとうございます。ですよ変態」
もうキレる気にもなれず、俺はルイに変態と罵られながら頬を触られたり身体をこすりつけられたりしまくられた。何なんだこのプレイは。
「ところで、リムリムの正体に関してですが」
「なんかもういいや……。VTuberの中身なんて知らない方がいいだろうし」
「何で急に俺はちゃんと解ってるファンだぜアピールしてるんですか気持ち悪い」
「お前のせいだろうが!」
「そうやってすぐ私のせいにする。だからいつまでたってもやわ麺のままなんですよ」
「どういう意味だよ!?」
「私の前ではもう少し固くなってくれてもいいのになと」
「下ネタか!?」
「麺の話ですよ何勝手に発情してるんですかこの変態」
「してねえよ! もういい帰る! 俺は純粋にオフ会を楽しみたかっただけなのにどうしてこうなった! 全部お前のせいだ! このクソガキ!」
そうして俺がクソガキにブチギレて踵を返そうとしたところで、プールから水飛沫が勢いよく上がった。
「今度は何だ!」
「えーっと……あー、こんばんはー……カマイルカのマイちゃんでーす……今出ちゃって大丈夫だった?」
「なっ……!?」
プールから飛び出てきたのは、やはりどこかで見覚えのある派手な髪をしていて、フリフリな服にミニスカートという地雷系ファッションに身を包んだ少女だった。しかし俺が驚いたのはその容姿ではなく、その容姿から発せられる声であった。耳に残るハイトーンボイス、その声を俺は今まで何度も聞いてきた。聞き間違えるはずはない。
「ムリムちゃん!?」
俺は、彼女に叫んだ。
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