第12話

 ドアをくぐり抜けると、やはり普通の家にしか思えないほどに平凡な玄関が目の前に現れた。だからつい玄関に入ったと同時におじゃましますと口が動いてしまった。中学の頃友達の家に入った記憶がふと蘇ると同時に自分の家とは違う匂いに懐かしさのようなものを覚える。


「もう既に他の皆さんは集まっていますよ」


 後ろでルイが話しているが、内容は全く頭に入ってこない。彼女は一体何者なんだ? 思考がその疑問に完全に支配されていて、正直他のことが全く考えられない。どうしよう。どうする俺。


 気づけば視界には小綺麗に家具が置かれたリビングが広がっており、中央に置かれた平べったいローテーブルの周りには5人程の男女が座っているのが見えた。


「スパゲたんさんです」

「あ、スパゲたんです。よろしくお願いします」


 俺が思考に囚われただ棒立ちになっていると、ルイが俺の紹介をしたので慌てて自己紹介をして、軽く頭を下げた。


「スパゲたんさん! こんにちは、ドラマロです!」


 すると俺と同じくらいの年齢の男性が立ち上がり、俺に頭を下げてきた。見た目はぶっちゃけいかにもオタクっぽかった。手を差し出されたのでとりあえず握手しておく。その後他の4人も何かハンドルネームを俺に名乗っていたが、ルイのことが気になりすぎて全く聞こえなかった。


 結局オフ会が始まってからもルイのことが気になりすぎていかにムリムちゃんが尊いかということを熱く語りあったときの高揚感しか頭に残らず、具体的な内容は何一つ覚えていなかった。


 そうしてオフ会は4時間程でお開きとなり、各々帰宅となったところで俺はたまらずルイを呼び止めた。このモヤモヤを抱えたまま家に帰ることなんてできない。なんかとても気持ち悪いことを言っている気がするが実際にそうなんだから仕方ない。


「あの、ルイさん」

「なんでしょうか」


 ルイも他の参加者と同じように帰る準備をしていたが、俺が声を掛けると準備の手を止め、無表情の顔をこちらへと向けてきた。前側が長い銀色の髪と度の強そうな丸い黒縁眼鏡に顔の半分近くが覆われているためぱっと見ただけではよくわからなかったが、俺よりも年下なのだと確実に感じる程に彼女の顔は幼かった。


「少し話がしたい」

「いきなり告白ですか。残念ですが恋愛事はNGなのです。普通に彼氏いる同僚の方もいますが私はNGなのです」

「なんでそうなる!?」

「違うのですか。じゃあ何なのですか」

「あのーそろそろ……」


 ドラマロさんがもうすぐ利用時間が終わるので、と言ったのでひとまず俺とルイは外に出て話を続けることにした。


 *


「結論から言うが君は何者だ。君から漂う気配は人間のそれじゃない」


 無数の人が行き交うレンタルスペースの前で、俺の肩ほどしか背丈のないルイに単刀直入に尋ねる。何かドラマロさんや他の参加者さんや通行人からめちゃくちゃ見られてる気がするがそれを気にしている場合ではない。俺は彼女が気になって仕方がないのだ。


「私は人間ではないと?」

「そういうことだ」


 ルイの返事に俺は迷わず頷く。それからしばらくルイは黙って俺の顔を見つめてきた。そしてルイは、ゆっくりと口を開いた。


「知りたいですか」

「何を?」

「私が何者なのか」


 ルイは俺の目を真っすぐに見ながら尋ねてきた。やはり彼女は――と思ったところで、ルイは更に言葉を重ねる。


「リムリムが何者なのか」

「え?」

「知りたいですか」

「は、はい」


 まさか彼女はムリムちゃんの中身を知っているとでも言うのか? まさかの言葉に俺が停止していると、ルイは俺の手を取り、俺を見つめ、問うてくる。


「この後、時間ありますか?」


 スマホで時間を確かめると時刻はもうすぐ16時になろうとしているところであり、太陽もまだ明るく路を照らしていた。帰りの新幹線のことを考えてもまだまだ時間はある。だから俺は、


「ある」


 と即答した。するとルイは冷たいような温かいような不思議な感触のする小さな手で俺の手を取り駅の方へと走り出した。小柄な割にはかなり握力が強く、足も信じられないほどに速かった。これでやはり彼女は普通の人間ではないのだと確信した。


「なら教えて差し上げます。ですが他言無用ですよ」


 ルイが人混みの中を縫うようにして走りながら俺に言う。


「ぬ、抜け駆けされた……」


 遠くでドラマロさんの悲しそうな声が聞こえた気がしたが、彼女はガン無視で駅へと向かった。そして改札の前で彼女は止まり、俺の方へと振り向き、再び開口した。


「あなたの名前は?」

「スパゲたん」

「それではなく、本名です」

「え?」

「教えて下さい」

「神野ナポリ」


 教えないと連れて行かないぞと言わんばかりに眼鏡越しの目で圧力を掛けてくるので、俺は一瞬の思案の後、素直に答えた。本名がバレても破怪師だということまで話さなければ特に問題はないだろう。


「ナポリ……ナポリタン……だからスパゲたんなんですね」

「悪かったな安直で」

「素敵な名前だと思いますよ。ちなみに私の名前は舞原まいはらルイと言います」

「本名かよ! そっちだって安直っていうか何も考えてねえじゃねえか!」

「では鎌倉まで行きますよスパゲたん」

「って結局そっちで呼ぶのかよ!」


 なんか完全におちょくられている気がする。と思っていたらドヤ顔をした後急に背中を向けて改札を通りやがったので俺もすぐさま改札を通り、後を追いかけた。

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