第9話

 本土へと飛び立つ飛行機の窓から次第に遠ざかっていく雪に覆われた小さな町の小さな夜景を眺めながら、俺はため息をついた。寒いし痛いしで今回も散々な遠征だった。


「あの……なんで……」

「アム達を……殺さなかったの?」


 なんかお土産まで持って帰ろうとしてるし。と、隣の席に座っているいるとばりとさらにその隣に座っている吸血鬼の魔怪――アムリタを見て思う。ちなみに俺が彼女らにつけてしまった傷は俺が全部治癒しておいた。それと俺の後ろですっかり無傷の状態に戻っためいあ先輩が爆睡している。


「あんたらがやめろってうるさいし、撃っても日光に晒さなきゃ殺せなさそうだったからな。金もくれるって言うし」

「でも……」

「こんな訳わからないこと俺じゃ判断できないから着いたら一緒に本部に行くぞ」

「は、はい……」


 ことのあらましは、こういうことらしい。


 3ヶ月前、とばりは討伐任務のためアムリタに接触した。吸血鬼の魔怪なんて前例がないから自ら近づいて弱点とかを探ろうとしたらしい。それはまあ、理解出来る。


 問題なのはアムリタがあまりにも氷嶺島に馴染みすぎていたということだった。若い人間を集めてデスゲームをやっていたという話も、主催者がアムリタであるということがあっさりと見抜かれて血が必要ならと参加者自らがアムリタに血を差し出し、結果誰一人死ぬことはなかったらしい。白髪の赤い瞳で日中は常に日傘を差しているアムリタは、当然どこにいても目立つ存在だった。その上実はとても心優しい性格でたちまち町の人気者になり、自らデスゲーム……もとい「アムちゃんに血を吸わせる会」に参加する者が続出していたらしい。正直もうこの時点でおかしくなってくるが、実際にとばりもそれを知る前に本部にデスゲームを主催していると連絡してしまったため、どうしたものかと頭を抱えたとのことだった。


 そうして紆余曲折ありとばりとアムリタは友達になった。どうしてそうなった。


 曰く、とばりがアムリタを殺すために接触したことを知っても、アムリタは「それがとばりのためになるなら」と言って無抵抗で受け入れたらしい。それを聞いてとばりは「この子は何としてでも私が守らなければ」と思い立ち、学校に通っている間以外はほぼずっと一緒にいることにしたらしい。で、そうしているうちに情が移ったとのことだった。


「馬鹿だよあんたは。俺も後ろの奴も馬鹿だし破怪師は全員馬鹿だ。こんな馬鹿ばっかだから崩壊寸前になんだよ馬鹿が!」

「ご、ごめんなさい……」


 俺が馬鹿みたいなことを言ったらとばりが申し訳なさそうに謝ってきた。


「どうか会長も馬鹿じゃないことを祈るよ。一応言っとくけど、会長がアムリタを殺すというなら俺は止められないし止めるつもりもないから、それは忘れるな」

「は、はい……」

「ま、人間に危害を加えない奴だってのがわかってもらえるといいな」

「うん……」


 アムリタが俺の言葉にこくりと頷く。人畜無害な振りをしていただけの魔怪も何度も見てきたから、俺のこの選択が間違っている可能性も大いにある。今呑気に一緒に飛行機に乗っていること自体危険行為なのかもしれない。だけど天才少女と呼ばれている破怪師がそうまでして守りたいのならば、本当に無害な存在なのかもしれないとも思う。とどのつまり、俺には結論を出せないから会長に判断を押し付けようということだ。


「あの……もしかして貴方も……魔怪……」

「なんじゃないかってか? 冗談はよしてくれって言いたいところだけど、全否定は出来ないんだよな。なんで自分にこんな能力ちからがあるのか自分でもわかんねぇし」

「そう……ですか……ごめんなさい……」

「謝る必要はねぇよ。自分が何者かっていうのにはいずれ向き合わなきゃならないしな。いずれ……な」


 そう。いずれ自分の能力、そして正体についてはこれから先、嫌でも知ることになるだろう、そのとき俺が一体どういうことになってしまうのか、俺にもわからない。でも、


「そのときはどうにか上手いこと受け入れるつもりだから、お前らも上手いこと頑張れ」


 今はこれでいい。


「はい……」


 とばりは小声で返事をしながら、こくりと頷いた。


 そして雲を突き抜けた飛行機は、本土へと飛び続けていく。

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