第6話
「ようやく着きましたねって寒っ!?」
「移動だけでもうくたくたって寒っ!?」
半日くらい飛行機に乗って氷嶺島に辿りつき、エコノミークラスですっかり硬くなってしまった足で島内唯一の小さな空港から外に出た瞬間、無数の針で刺されたかのような鋭い痛みが顔面を襲い、寒い冷たい暗いという情動が即座に脳を支配した。
「ねぇ今何時ぃ!?」
ぶかぶかの紺色のダッフルコートを身に纏いながらも身体をとんでもなく震わせているめいあ先輩が俺に震え声で尋ねてきた。建物が視界に一切なく、広々と見える薄朱色の空を見た感じだともう日沈寸前かのように思えるが、しかし。
「朝の10時です」
「マジ!? 夜じゃなくて!?」
「マジです」
これが今の時期の氷嶺島の恐ろしさである。日が昇ってもせいぜい頭頂部をチラ見せする程度で4時間くらいしたらまたすぐに沈んでしまう。燦々と照らす灼熱の太陽なんて文字通り夢のまた夢の存在だなと、目の前で吹き荒れて宙に白斑を作る地吹雪を見て思う。
「でも、これは確かに吸血鬼が好きそうな場所ですね」
「ふぃーふぃーふぃ……」
日が出ててもこの程度でしかないのならば日光に弱いという吸血鬼にとってはまさに理想郷とも呼べる場所だろう。隣でガクガクと震えながら白い息を漏らしている先輩にとってはそうではなさそうだけど。
「ねえとりあえずホテル行こホテル!」
「まだ10時だし空いてないんじゃないですか」
「うぇー!?」
「うぇー」
「真似しないで!」
先輩が変な声を上げたので真似したらキレられて肩を殴られた。先輩ってこんなにキレて俺を殴るような人だったっけ。寒さのせいで人相が変わってしまったのだろうか。きっとそうだ。モフモフのニット帽を深々と被っている先輩が可愛く見えるのもきっと寒さが生んだ錯覚だろう。つーかマジで寒すぎるな。早くどうにかしないと吸血鬼と戦う前に命の危機になりかねない。
「先輩、抱きしめていいですか?」
「ふえぇぇぇぇえ!? いやいやいや! いやいいやいやいや!」
俺が本能のままにそう言うと、元々頬が赤くなっていた先輩がさらに顔を赤く染めて全力でかぶりを振った。そりゃそうだ。
「ですよね。何言ってんだ俺……」
「あ……いやっていうのはその嫌じゃなくて……抱きしめられるのは嫌じゃないというか何と言うか……」
「やっぱりちょっと今の俺はどこかおかしい。すみません先輩」
「えぇ!? あたしを抱きしめるのは!?」
「んなもんやる訳ないだろ!」
「なんでぇ!?」
「こんなところで一体何を騒いでいるんですか。破怪師のお二人さん」
俺と先輩がしばらくそうして言い合っていると、コートのフードを深々と被った幼い女の子が近づきながら周りの空気と同じくらい冷めた声で俺たちにそう言った。その女の子は、俺たちの反応を待つことなく、言葉を続ける。
「神野ナポリさんと、小橋めいあさんですね。私はここ、氷嶺島で破怪師をやっています
「「よ、よろしく……」」
小さな少女に冷たい声色で言われた挨拶に対して、俺たちは白い吐息を吐きながら間抜けな声で返した。
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