第4話

 留子さんから魔怪の情報を聞いたのはいいものの、今は弱点が無くなっている時期であるという絶望的な情報しか結局聞けてねえじゃねえかということを駅のホームで帰りの電車を待っている中で気づいた。

 

 いくら天才少女とやらがいるとはいえ、果たしてそんな魔怪を相手に出来るのかなんて考えながらスマホで吸血鬼について調べていたら不死の存在とかいうこれまた致命的すぎる情報まで出てきた。これを一体どうやって倒せと? こんな無茶振りばかりやってるからどんどん人が減っているのではなかろうか。いや、人が減っているからこんなんやるしかなくなっているのか?


 どちらにせよ、今の状況は非常に困る。絶対に倒せない相手をどうにかして倒してくれと言っているようなものじゃないか。でも、それでもどうにかしなくちゃいけないんだろうな。それが破怪師の責務ってやつなんだろうな。


「……せめて、この能力ちからについても教えてから消えて欲しかったな」


 あのペペロンチーノめ、と独り言を呟いていたら、平日昼間でスッカスカの電車が俺の目の前へとやって来て、ドアを開けた。


 もうちょっとだけ、ムリムちゃんと触れ合っておきたかったなんて叶いもしなさそうな願望を思い浮かべたながら、無人の車内に足を踏み入れたのだった。


 *


「お、おかえり」


 絶望に落ちかけている中、家に帰って来たらなぜかめいあ先輩がリビングに普通にいた。なんでだ。


「……合鍵か」


 そういやこの前そんなに欲しいならやるよと渡したんだっけ。にしてもどうして今ここにいるのかは全くわからないが。


「なんで来てるんですか。連絡もなしに」


 俺がぼそっと尋ねると、先輩はビーズクッションから立ち上がり、なんか身体をモジモジとさせながら口を開いた。


「だって……あたしの家から本部って遠いし……」

「理由になってません。俺の家だって本部から遠いでしょうに。確かに先輩のとこよりかは近いけど」

「だあっ……!」

「だあじゃない。座敷童子か何かですか」

「あ、あのね、あたしも吸血鬼について調べてみたの。色々資料見たりして」

「そうですか。で、どうでした?」


 尋ねてみると、先輩はドアの前で立ち尽くしていた俺に駆け寄り、俺の服を掴みながら不安そうな上目遣いで俺を見てきた。そして、


「どうしよう!?」


 そう言い放ってきた。


「ですよね」

「今までで一番ヤバいなって思ってるんだけど!」


 先輩が慌てふためきながら俺の身体を揺さぶりまくってくる。どうしようどうしようわーわーわーと喚き続ける。そんな先輩の肩を、俺は両手でぽんと叩いた。すると揺さぶりが収まったので、俺はゆっくりと口を開いた。


「先輩は何のために俺を巻き込んだんですか? 俺と心中するためですか?」

「違う!」


 先輩はもの凄い勢いで完全否定しながら、首を横に振り回した。


「ナポリとなら……どうにかやれそうだなって思ったから……」

「そうですよね」


 俺は若干涙目になっている先輩に声を掛けながら、一番大切なことを思い出した。そしてそれを、先輩に向けて言う。


「去年先輩と出会ってから俺は先輩にたくさんのものを貰いました。それを全部返すまでは、いや、返した後も俺は先輩を死なせません。絶対に。だから――」

「ナポリ……」

「勝手に巻き込むのだけは本当にやめてください。あと家に来るなら連絡しろ」

「ご……ごめんなさい……」

「まあでも、先輩を守れるのなんて俺しか――あ、天才少女もいるか」


 俺がそう口にした瞬間、胸に鈍い痛みが走った。確かめると、先輩が俺の胸を握り拳で殴っていた。先輩はしかめっ面で喋りながらパンチを繰り返し浴びせてくる。


「かっこ悪い……。今のはすっごくかっこ悪かった。何としてでも俺が守ってみせるくらい言って欲しい……!」

「俺が守ってみせる」

「うんうんそうそう……」


 これでいいのかよ。先輩はご機嫌そうに首肯した後、言葉を続ける。


「あたしもナポリを守るから。そうしてお互い守り合って、やがて2人はひとつになって、それで……」

「変なこと言わないでください。とりあえず出発日までここにいていいですから、とりあえず落ち着いてください」

「いていいの!?」

「だから落ち着けって」

「えへへへへ……」


 先輩の顔が思いっきり緩んでいる。俺はそんな油断しきっている先輩を軽く抱きしめた。


「うひゃあ!? どどどどどどうしたのナポリ!? なにする気!?」


 動揺しまくっている先輩を無視して、俺は先輩の背中を軽く撫でた。


 なんてことはない、ごく普通の女の子の背中だった。


 もしかしたらとワンチャン思って確かめてみたけど、まあ、そんな都合のいい話、ある訳ないか。


「やっぱりないんですね」

「はぁ!? なななないってどういうこと!? ちゃんとあるから! あたしだってちゃんとした大人の女性なんですけど!」

「なくても大丈夫です」

「大丈夫じゃないっ! これでも結構気にしてるんだから!」


 なんか先輩が薄い胸を張ってこちらに見せつけてくる。どうやらとんでもない勘違いをしているようだが、面白いのでそのままにしておく。


「俺は気にしませんから」

「あたしが気にするの!」


 それから先輩は、涙目になりながら「ちゃんとあるもん!」とないものを数時間主張し続けたのだった。


「……これはないな」

「あるもん!」

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