第3話

 めいあ先輩が家に来てから2日後、俺は電車で20分くらい揺られて着いた駅の目と鼻の先にある立派なタワマンへとやって来ていた。


 ちなみに昨日は朝から晩までひたすらムリムちゃんのアーカイブを見ていた。可能であるならばそうして一生を過ごして生涯を終えたいという思いも若干あるものの、破怪師としての仕事をこなさないとそういう未来も訪れてなさそうなので来週の任務の情報を集めておこうとここを訪れることにした。


 次の任務は俺と先輩の2人で行く。つまり失敗したら死ぬのは俺だけじゃないということであり、失敗は絶対に許されない。だから出来ることは出来るだけやっておきたい。


 そんなことを考えてながらエントランスにあるエレベーターで最上階近くまで上昇し、ドアの横にある部屋番号を確認した後、俺はそばにあるインターホンを軽く押した。


「失礼します」

「あらナポリくん、いらっしゃい」


 すると間もなくドアが開き、黒髪ロングで白衣を纏った年上の綺麗な女性が顔を見せた。この方が破怪師協会技術顧問、東雲しののめ留子るこさんである。


 そんな留子さんに招かれて、俺は玄関で靴を脱ぐ。室内に入ると、昼間なのに薄暗く、あちこちにいくつものモニターがあり、近未来を感じる光景が広がっていた。


「竹の魔怪、倒してくれたんですってね。ありがとう」

「はい。でも先輩方が大勢……」

「破怪師として魔怪と戦っている以上、常に死と隣り合わせ。それは皆理解していることよ」

「それは……そうですが」

「だからあなたが気にすることじゃない。むしろ、死の連鎖を断ち切ったことを誇りに思うべきよ」

「はい……」


 モニターの前にある椅子に座る留子さんが優しい目をして、柔らかい声で言った。俺だって頭ではそうだと理解している。魔怪と人間の力の差は歴然だ。俺が破怪師になる前も、なってからも、何度も経験している。


 頼れる先輩が、俺の目の前で喰われて死んだ。こんな俺を慕ってくれた後輩が、人知れず変死体となって発見された。朝、同期が死んだという連絡で目が覚めた。


 一度や二度の経験じゃない。今まで何度も、何度もあった。


 でも、それは俺一人がどうにかできる問題ではなくて。しかしだからといって気にするなと言われても、本当に気にしなくなってしまったらそれこそ破怪師として、人間として終わりなのではないかと、俺は思ってしまうのだ。


「それよりも、今は自分とめいあちゃんの心配をしなさい。そのためにここに来たんでしょう?」


 黙って色々と過去にあったことを思い出してしまっていると、留子さんがデコピンをされたので、はっと現在に帰ってきた。


「そうです。めいあ先輩を死なせないために、俺はここに来ました」


 俺は単刀直入に聞く。今何よりも考えなくてはならないことは、氷嶺島にいる魔怪のことだ。相手は恐らくかなり強い。だからこそ、事前の情報が何よりも重要となる。だから俺はここに来たんだ。


「そうだと思って、しっかり纏めておいたわよ」


 留子さんはそう言って、手元にあるキーボードをカタカタと手早く叩き、目の前にある巨大なモニターをつんつんと指で示した。


「……女子高生?」

「右側の方ね。アムリタって名前で人間社会では通してるらしいわよ」


 モニターには、学校の制服のような服を着た女性が2人、スマホで自撮りをしたような画像が映し出されていた。目を引くのは右側にいる、白い髪で赤い瞳をした女性だろう。左側の方は、まあよくいる今時の女子高生って感じだ。


「こうやって女子高生のふりをして、隙を見て若い子を襲って血を吸ってるって話よ。言うなれば、吸血鬼の魔怪ってとこね。こんなことが出来るってことは、完全に一般人にも視認されてるってことよ。つまり、それだけ強大な力を持ってると考えられるわね」

「めいあ先輩はデスゲームしてるって言ってましたけど」

「そ。何でかっていう理由まではわからないけれど、そういうやり方が美味しい血を吸うには都合いいんでしょうね」

「弱点とかは?」


 俺が尋ねると、モニターの画像がどんどん切り替わっていった。共通点としては、どの画像も白い髪の女子高生――魔怪が映っているということだ。


「この写真を見て何か気づいたことはある?」

「……こんなスカート短くて寒くないんですかね。氷嶺島なんてずっと真冬の北海道みたいなところじゃないですか」

「そうね。女の子のおしゃれっていうのはいつだって己の限界との戦いなの。私もJKだった頃は冬でもミニスカ生足で表参道を歩いていたものよ。けど、この子はどうかしら?」

「……黒タイツですね」


 俺が答えると、留子さんはピンポーンと呟いて、画像を切り替えた。今度は魔怪が、傘を差して屋外を歩いているときのもののようだった。しかし、雨や雪が降っているようには見えなかった。


「タイツだけじゃないわ。氷嶺島にはね、一日中日が沈まない白夜の時期というものがあるの。これはそんな時期の、晴れの日に撮られたものよ」

「日傘?」

「ビンゴ。他に撮られたどの画像を見ても、冬服なのはいいとして、いついかなるときも傘は頭上から手放していないわ。まるで、日光に触れたら死ぬんじゃないかって程にね」

「そうか。吸血鬼だから日光には弱いのか……ちなみに今の時期は――」

「一度も日が昇らない、極夜の時期ね」

「え」

「今の時期になって活動が活発化してるのよ。だから極夜だろうが何だろうが一刻も早く倒さないと、どんどん被害が拡大して大変なことになるわ」

「つっても弱点消えてんのにどうやって倒せって言うんですか。ニンニクマシマシラーメンでも食べさせればいいんですかね」


 確か、吸血鬼はニンニク嫌いって聞いたことがある。最もそれが全ての吸血鬼に適応されるのか、果たしてそれが真実なのか、氷嶺島にニンニクマシマシできるラーメン屋はあるのか、何一つわからないが。俺の言葉を聞いて留子さんはキーボードの横に置かれたマグカップからコーヒーを一口飲んでから口を開いた。


「食べると思う?」

「思いません。でも他にどうしろと。強いってわかってる相手に正面から殴り合えとでも?」

「あら? 君の持つ――」

「簡単に言わないで下さい。はかなり疲れるしこっちも辛いんです。それに自分にも、留子さんにも一体何がなんだかわからない得体の知れないものに頼る訳にもいきません」

「……ま、ナポリくんがそう考えているならそれがいいのかもね」


 留子さんはどこかがっかりしたような声で言うと、机の引き出しから何かを取り出し、俺に手渡した。確かめると、それは新しい破怪銃のようだった。


「これは……」

「破怪銃・六式よ。銃身長4インチ、使用弾薬は.45魔壊弾まかいだん。装弾数は16発。まあ、結局はおもちゃの銃だし本当はあなたには必要ないんだろうけど」

「必要ですよ。真っ当に戦うためには」

「……そ。でも、これだけは言わせてちょうだい」

「なんですか?」


 留子さんは立ち上がり、俺の肩を手の平でポンと叩きながら、こう言った。


「使わないといけない時が来たら、躊躇わずに使うのよ。こんな銃なんかじゃない、あなた自身の力を、ね」

「……わかりました」


 そうしてしばらく銃を眺めてから、とりあえず鞄にしまった後、俺はモニターを見てふと疑問を感じ、留子さんに尋ねた。


「にしてもこんな危険な魔怪の情報、一体どうやって手に入れたんですか?」


 これほどにまで強い魔怪であるなら、戦闘をするかどうかは置いておくとしても、情報を集めるということだけでも至難の業であるはずだ。実際に先日俺が倒した竹の魔怪も、別の破怪師が身命を賭してようやく弱点を見つけられたほどだ。


 そして今、実際にここに情報があるということは集めることに成功した人がいるということであり、俺は一体誰が集めたのかが気になった。留子さんは俺の言葉を聞き、コーヒーを再び一口飲んでから話し始めた。


「氷嶺島には天才少女って呼ばれてる破怪師がいるのよ。これはその子が全部集めた情報なの。正直私もここまで情報を集めることができるなんて驚いたわ」

「天才少女?」

「ええ。ここ十年では一番の才能を持ってるって評判の破怪師でね、その子ね、なんと中学1年の女の子なの!」

「中1……早いですね」

「物心ついた頃にはもう破怪師になってたあなたがそれ言う?」

「俺は例外中の例外でしょう。母に無理矢理させられたんですし。つーかそんな天才少女とやらがいるならその子にやらせておけばいいのでは?」

「いくら天才とはいえまだ破怪師になったばかりなのよ。さすがに荷が重すぎるって判断されたんじゃないかしら。まあでも、私の方から協力してもらえないかっていうのは頼んでみるわ。少しでも戦力はいた方がいいでしょ?」

「ですね。よろしくお願いします」


 天才少女――一体どういう人物なのだろうか。プライド高くて扱いにくいとかじゃなければいいけど。


「それじゃ頑張ってね。かつての天才くんっ」

「なんですかその呼び方は」

「だって、ナポリくんだって天才破怪師って呼ばれてたでしょ?」

「今じゃそう呼んでくれる人も減っちゃいましたけどね」

「……そうね。だから、これ以上減っちゃわないように、頑張ってね」


 優しい声色で留子さんは、そう言ってくれた。


「やれるだけ、やってみますよ」


 俺のは天才じゃなくて天災みたいなもんだし、もしちゃんとした天才と言われる破怪師がいるのなら、願ったり叶ったりだ。


 ま、天災は天災らしく、防災対策をしてやっていこうと思いつつ、俺は留子さんの家を後にしたのだった。

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