序-⑤

 遠方にまで広がる森林地帯。その外れにひっそりと存在する小さな村。

 住人十数名が築き上げた、自然と共生する『名もなき村』が、今の君達の活動拠点だ。


「おい、小僧。これは一体どういう事だ?」


 開口一番に言われたのは怒気の混じった問い掛け。

 ねぎらいや、無事を祝う言葉など出てくるわけもなく、世知辛い世の中に君は嗤う事しか出来ない。


「何を笑っている? 何かおかしな事でも言ったか?」

「あ、いや、すんません……」


 君の目の前には、眉間に深い谷を有した初老の男が立っている。

 明らかに苛ついた表情と、射殺されそうな程の鋭い眼光。

 初老の男──この村の村長は、いつも同じ表情をしているなと、どうでも良い事を君が考えていると、村長は溜め息と共に再び口を開いた。


「……もう一度聞くぞ? 何故、がボロボロになっておるんじゃ?」

「いやぁ、実は色々ありまして……」


 君は馬車が破損した経緯とその後の顛末を村長に掻い摘んで説明する。


「──つまりは馬の暴走が原因で横転したと?」

「そうなります」

「……なるほど、お前の言い分は解った」


 眉間は相変わらず険しいままだったが、声に含まれる怒気の度合いが少し下がった気がした。

 君はホッと胸を撫で下ろし、改めて謝罪と感謝の念を口にしようとして──。


「──だが、それで無罪放免と言うわけにはいかない」

「ですよねー……」


 予想通りの結果に、君は静かに肩を落とした。だが、だからと言って、そのまま泣き寝入りする訳にはいかない。


「そこで、さっきの説明で出てきたゴブリンに関してなんですが、……、回収してきましたよ」

「……ほぅ?」


 君は腰に下げていた袋を村長に手渡す。

 袋の口を開いて中身を確認した村長は満足そうな笑みを浮かべる。


「なるべく、直接は触らないで下さいね」

「取り扱いに関しては心得ている」

「それは良かった。……それで、修理代の件なんですが」

「分かった分かった。瘴石を売った分から徴収する」


 君の魂胆を理解した村長は、呆れたように返事しながら君の提案を了承した。


「しかし、瘴石を買い取るだなんて、物好きと言うかなんと言うか。普通の商人ではなさそうですが」

「……先方の言い分では瘴気の研究をしていると言っていた。まぁ、わざわざこんな『ど田舎』の村に話を持ち掛けるんだ。『普通』ではないだろうよ。詮索せん方が身のためだぞ?」

「ハハッ、ですよね!」


 君の探りを入れる行動も、村長にはお見通しのようだ。

 流れるように釘を刺された君は、早々に諦めてその場を後にした。


 * * * * *


 村長は決して悪人ではない。

 少々口調に刺々しい所があるが、見ず知らずの君やレヴィを受け入れ、可能な限りの支援をしてくれている。

 今回、エルフの村に資材を分けてもらうよう掛け合ってくれたのも、馬車を貸してくれたのも村長だ。

 一応、村長からの『お使い』ついでという名目ではあったが、それすらも『貸し借りは無し』という村長の図らいによるものだ。


「お帰り。話はついたか?」


 村長への感謝の念を改めて送っていると、アッサリと帰宅することが出来た。


 村の外れに佇み、寂れた雰囲気を放つ小さな教会。

 入り口の前でレヴィが出迎えてくれた。

 レヴィの修道服に付着していた魔物の返り血は時間と共に気化しており、シミすら残っていない。

 君は彼女の凛々しくも柔らかい笑顔に絆されながら口を開く。


「はい、瘴石を売った際の代金から差し引いてもらえる事になったっす」

「それは良かった。今の私達には先立つ物が無い……。村長には改めて感謝しなくてはな」

「そうっすね……。と言いますか、すんません。自分がもっと気を付けていれば馬車も破損したりしなかったんすが」

「なに他人行儀な事を言っているんだ? お前が生きて帰れただけでも御の字だ」

「姐さん……」


 彼女の無償の優しさが、君の心を優しく包み込む。


「それに、私達は、なのだろう?」

「そう、っすね」


 何処か挑発的なレヴィの表情に君は心をざわつかせる。


 一連托生。それはかつて君から彼女に送った誓いと覚悟の言葉。

 所属する教団から実質的な『追放宣告』を受けた彼女を助ける為、従者である君が出来る最大限の決意表明。


 そう。まだまだ人生はこれから。

 彼女を守り、人並みの幸せを手にしてもらう。

 それが君の願いであり、君が行動する理由なのだ。

 例え、何度失敗を繰り返しても、レヴィさえ幸せに出来れば、それで良い。


「さ、今日は疲れたろう。教会の修復は明日にして、後はゆっくり過ごすとしよう」

「はい、……そうしましょう」


 どこか上機嫌な彼女の背中を追って、君は寂れた教会の扉を潜る。

 ステンドグラス越しに降り注ぐ多種多様な光が通路を色鮮やかに照らし出していた。

 まるで、今日という日の終わりを迎えられる者達を祝福しているような美しい輝きだ。


 だが、祝福の対象に君はいない。


 を直感的に理解している『追放者きみ』は静かに嗤う。


 あらゆる理不尽を強いる『神』の祝福のろいを跳ね除け、彼女を救う理想を掲げながら。

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