序-④

 一難去って、森には再び静寂が訪れていた。


 絶命したゴブリン達の体が黒く変色し、溶解していく。

 間髪入れずに液体は蒸発。跡形もなく霧散して行った。

 一連の摂理を、君は地面に這いつくばったまま眺めている。

 かつてレヴィに教わった事を思い出しながら──。


 魔物とは『瘴気しょうき』の集合体。そして『瘴気』とは大地や朽ちた物から発生する世界の不純物。

 一定以上の濃度まで達した瘴気が凝縮されて形を成した『生物ならざる存在』。

 生きとし生けるものにいわれのない憎悪を向ける『世界の膿』なんだと語っていたレヴィ。

 その際の、複雑な表情が印象的で、今でも脳裏に浮かぶ。

 魔物達が──いては瘴気が──何故生まれ出るのか、その一切は不明とされており、創世の頃から今日まで、生物の敵として戦い続けている。


「──どうしたウェイク? 今更マジマジと見るようなモノでもないだろう?」


 黒い返り血で汚れた褐色の修道女が、少し呆れ気味に声を掛けながら君の隣で片膝を突いた。


「あ、すんません、姐さん。お怪我はないっすか?」

「フフッ、こっちの台詞だ馬鹿者」


 短い微笑と共に差し出された手をしっかりと掴み、君は立ち上がる。

 その短いやり取りだけで、全身の痛みが和らいだような気がした。


 和やかな雰囲気の中、妖しく光る物が君の視界の端に映る。


「……姐さん、ちょっと失礼します」

「ん? 構わないが、どうした?」


 怪訝そうな表情を浮かべるレヴィをよそに、君は妖しい光の発生源に近付く。

 先程までゴブリン達の死体が転がっていた場所に黒紫色こくししょくの石が数個転がっていた。

 念の為、警戒しながらゆっくりと石を拾って立ち上がる。


「あぁ、なるほど、『瘴石しょうせき』か。……それをどうするつもりだ?」


 『瘴石』は魔物の体内で蓄積された瘴気が結晶化した物質。

 人々の生活には全く必要のない忌み物だ。


「村長に渡します。馬車を貸す代わりに、もし拾えたらいくつか回収しておいてくれと言われてまして」


 放置していても、勝手になくなる物ではある。

 人体に害がある── 君自身は、触っても特に影響を感じた事はないが──とされており、好き好んで収集する者はいない。

 なので、今回君が受けた回収依頼は、かなり珍しいものではあった。


「なんでまた、そんな忌み物を村長が?」

「曰く、高値で買い取ってくれるツテがあるんだとか。買取額の一割を報酬としてプラスしてくれるらしいっすよ?」

「……ふむ?」

「気になります?」


 あからさまに訝しむレヴィに、君は問い掛ける。

 彼女の性格からして、この手の『怪しい依頼』は、裏の事情も把握したいところだろう。


「自分達の状況や立場は理解している。──が、教団に属する者として、見過ごすわけにはいかないのも事実」

「調べます?」


 溜め息混じりに提案する君を、レヴィは呆れ混じりの笑顔で見返して口を開いた。


「もとより、お前もそのつもりだろう?」

「そうっすねぇ。ただ、釘を刺されたら深追いはやめときます。十中八九、ロクデモナイと思うんで」


 言いながら君は自嘲気味に嗤う。

 その矛先は、自分の浅い人生経験に対してか、はたまた自分をこんな境遇にした世界そのものか。


 一通り回収し終わった後、上着の収納にしまう。


「お待たせしました。それじゃ、資材を馬車に──」

「ん? もう資材は積み終わったぞ」

「い、いつの間に……」


 君が目を離している内に、レヴィは散らばった積み荷を積み直し終わっていた。


「馬車はこのが引いてくれる。日が暮れる前に帰るとしよう」

「そう、っすね。ありがとうございます」


 驚き半分、感心半分の君の表情を見て、レヴィは少し得意気にを微笑んだ。

 想定外の足止めで、少し荒んでいた心が、スッと色を変えていく感覚を噛み締めながら君は頷き、改めて帰路に就いた。

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