序-③
殺意のこもった凶器は、優しい木漏れ日を引き裂きながら君に向かって飛んできていた。
(ハハッ、死んだか?)
禍々しい凶器の襲来に、君は自嘲気味に笑う事しか出来なかった。
世界がゆっくり進んでいるように見えるのは走馬灯が始まろうとしているからだろうか。
──まぁ、それはさっき見たから省略するとして。
君の意識とは裏腹に、『本能』は理解していた。
下手に動いてはいけないと。
『──グゲッ⁉︎』
君の背後から短い断末魔の叫びが響く。
君の頬を掠めて通り過ぎたメイスがその『何か』に命中したようだ。
君が振り返って叫び声の主を確認すると、頭部にメイスが突き刺さった痛々しい姿となった小鬼の魔物──『ゴブリン』が近くの林の前に倒れていた。
小柄な体躯に緑色の体色を有したゴブリンから、黒い液体と黒い煙が噴き出している。
それは生物とは違う存在の証。汚染された負の塊。
「
君の横を走り抜けながらレヴィが声を掛けてくる。
彼女は倒れたゴブリンに向かって真っ直ぐ走り寄ると、頭部に刺さったメイスと、ゴブリンが所持していた棍棒を回収した。
『ギャギャギャッ!』
『グギャギャッ!』
彼女の言う通り、近くの林から次々とゴブリンの増援が現れる。
通常であれば一人の人間が、しかも荒事に縁のないであろう修道士では、為す術なく蹂躙され、その美しい肢体を弄ばれてしまう事だろう。
だが、彼女は特別製だ。
『グギッ!?』
『ギェッ!?』
彼女は手にした二つの凶器を振るい、流れるような動きで次々にゴブリン達を返り討ちにしていく。
数の有利を活かして、嫌らしく立ち回るのが基本戦術であるゴブリンも、一騎当千の動きを見せる彼女の前では為す術なく蹂躙されるしかなかった。
「……む、もう終わりか? 意外に数が少なかったな」
何体目かのゴブリンの頭部を吹き飛ばした後、レヴィは周囲を見渡しながら感想を口にする。
体のあちこちに黒い返り血を浴びながらも、彼女は一切気にする素振りを見せない。
「なんとも、ヤリがいのない……? いや、私は何を言っている?」
力に耐えきれず、ボロボロになってしまった棍棒を放り投げて、彼女は悪態を吐いた。
そんな態度に君も、彼女自身も驚いた様子を見せる。
普段から争いを好まない彼女の性格からは、出てくるはずの無い言葉だ。
「……姐さん? 大丈夫ですか?」
「……瘴気の影響か? いや、そんなはずは──」
何か思考を巡らせているのか、彼女からの返事はない。
重い雰囲気に、君は続けて声を掛ける事をためらってしまう。
(……ん?)
不用意に近付く事さえ憚られる雰囲気の中、視界の端で怪しく蠢く存在を君の目は見逃さなかった。
獲物の隙を伺う
「──っ⁉」
林の影から彼女を狙うゴブリンが携えているのは、一組の弓矢。
所詮、ゴブリンと侮るなかれ。
不意を突かれれば、例えレヴィであってもたちまち餌食となってしまう事だろう。
ゴブリンは既に弓に矢を番えて、いつでも矢を放つ体勢を取っている。
対処している猶予はない。
ならば、君の取る行動は一つ。
思考するより先に体が動く。
飛び跳ねるように速度を上げてレヴィに駆け寄った。
「姐さん!」
「──ひゃっ⁉」
走った勢いを落とさずにレヴィに飛び掛かり、そのまま押し倒す。
地面に倒れる前に彼女を抱えて体を捻り、彼女と地面の間に自身の体を挟み込む。
鋭利な
「──っ、いてて」
「ば、馬鹿者! 無茶をしおって!」
痛がる君を叱責しながらレヴィは素早く立ち上がり、醜い狩人を睨み付けた。
「味な真似をしてくれたな、小鬼っ‼︎」
側から見ても、彼女のメイスを握る手に力が込められたのが分かる。
その後すぐ、森に断末魔が響き渡ったのは、言うまでもない。
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