第一章:血染めの聖女は従者を嗤う

第一項

第一節【 依頼 】

 それは翌日の昼下がり。

 持ち帰った資材で寂れた教会の屋根を修理していた時の出来事だ。


「資材が足りない……」


 昨日、君がエルフの村から調達した修繕用の資材。

 ひとまず雨漏りを防がなくてはと屋根から手を付けた結果、資材が底をついてしまったのだ。


(またエルフの村に行かないといけないかなぁ。雰囲気が独特で苦手なんだよなぁ)


 先の調達の際、村長の紹介と言う事もあって門前払いをされる事はなかったが、一部、君に奇異の目を向けてくるエルフもいた。


「背に腹は変えられない、か。俺が変な目で見られる程度で済めば儲けもんだな」


 幸か不幸か、晒し者にされる事には慣れてしまっている君。

 その流れるような自己犠牲の精神が彼女を救うと信じて、今はいくらでも嗤われても構わない。などと考えてしまっている辺り、自分は相当にお人好しだなと、君は自分を嗤ってしまう。


「やぁやぁ、ウェイク。久方ぶりだねぇ。元気してたかな?」


 何処か懐かしい声がした方に顔を向けると、軽装の鎧を身に纏った十歳前後の少年が立っていた。

 燃えるような赤い癖っ毛が特徴的な少年は、君と目が合うと爽やかな笑顔を見せる。

 君は、その笑顔と出で立ちに見覚えがあった。


「レックスの旦那? どうしてここに?」


 君は問い掛けながら屋根から飛び降りる。

 少々行儀が悪いかもしれないが、数少ない知人の来客に自然と心が躍ってしまっているようだ。

 赤毛の少年──レックスも同じ気持ちのようで、君との再会を喜ぶかのように両手を広げながら近付いてきた。

 かつて同じ志の下に集まり、クランを立ち上げた同士は相も変わらず貴族のような優雅な振る舞いを見せている。


「用事は色々とあるけれど、やはり一番は君達の様子を見る事、かな」

「相変わらずっすね。こちらは、まぁ、ボチボチやってますよ」

「そうかそうか、それは何よりだ。レヴィも息災かな?」

「えぇ、もちろんっす。今は村の農家の手伝いに行ってますよ」

「ほうほう、なるほど地域貢献か。実に彼女らしい」


 君の報告を聞いたレックスは、嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。


「もう少ししたら帰ってくると思いますけど、中で待ちます?」

「そうだね。積もる話もあるし、お邪魔させてもらうよ」


 しばらくして──。


 褐色肌の修道女──レヴィの帰宅後、挨拶もそこそこにレックスは世間話でもするかのように要件を告げる。


「君達に、教団からの依頼を持ってきた」

「教団からの依頼? 私達に?」

「いや、流石に直接俺達に依頼が来た、って訳じゃないっすよね、旦那?」

「その通り。この依頼はクラン、──ようは僕宛てに届いた依頼だ」


 レックスは質問に答えながら懐から依頼書を取り出す。

 依頼書の内容を要約すると、君達の村近辺で発生しているゴブリン種の調査・討伐依頼だった。


「ゴブリンなら先日何体か討伐したが、依頼が出る程に大量発生しているのか?」

「あぁ、ご明察通りだ。王都周辺でも、商人や冒険者が襲撃を受けたという報告が続いていてね。教団の下調べでは、この村近辺の森のどこかで瘴気が異常に高まっている場所がある、という事らしい」

「そこまで分かってて、クランに依頼を出すんすか?」


 君のもっともな意見に、レックスは笑顔で頷いてから口を開く。


「ようは、そこから先はより専門的な捜索・戦闘技術を持った人財が必要になってくるって事さ」

「なるほど、確かにここの森は広大だ。闇雲に人員を送る事は出来ないだろう」

「……まぁ、そういう事なら納得できなくはないっすね」

「そして、それはレックスのクランにも言える事だ」


 レヴィは指摘すると共に、紅と蒼の瞳で冷たい目線を向ける。


「ハハハ、こりゃまた手厳しい」


 レックスは観念したように両手を上げて笑った。


「でも、勘違いしないでほしいのは、君達を利用しようってわけじゃない。言い方はアレかもしれないが、ようは『依頼の横流し』だ」

「本当に駄目な言い方っすね!」


 君の指摘が欲しかったのか、レックスは悪戯っ子の様な見た目相応の笑顔を見せる。


「『代行』と言っても良いかな? 君達は依頼をこなして報酬を得る。僕は依頼完了を報告して教団からの信用・信頼を得る。ウィンウィンの関係だろ?」

「……まぁ、依頼書には方法に関して言及する記述はないっすからね。こちらとしては願ったり叶ったりっすけど……」

「ふむ……」


 レックスの提案に賛同しつつも、君はレヴィに目線を向けた。

 君としては、今は先立つ物が無いので、それを得られる機会があるなら積極的に採用したい。

 あとはレヴィが良しとするかだ。

 君とレックス。二人の視線が彼女に注がれる。

 依頼書を見ながら腕を組み、何事か思案していたレヴィはゆっくりと口を開いた。


「お前からの提案だ、断る理由は無い。だが、お前の協力も必要だ」


 レヴィの言葉を聞いて、レックスは嬉しそうな笑顔を見せると、うんうんと頷いて見せる。


「もちろんだとも。また三人で洞窟探検へと洒落込もうじゃないか!」


 レックスから差し出された手をレヴィが掴む。

 その光景を見ていた君の心は、何故かザワついていたが、今はまだその正体が何なのか分からなかった。

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