いじめっ子のけじめ(part2)




「…………もう、来ない方がいいと思うけどね」


テーブルを挟んで、二人の大人から向けられる鋭い視線を、私は真っ直ぐに受けていた。


夫婦の内、旦那の方が私に向かって静かに叱責する。


「昔のことを悔い改めて、謝罪を述べに来るのはいいとしても……当の本人が会いたくないって言ってる以上、君のしていることはただの自己満足にしかならない。そうだろ?」


「……………………」


……私は一度大きく息を吸い……その固い空気をごくりと飲んだ後、「はい」と小さく答えた。


私が訪ねに来ていたのは、白波 優奈という少女の家。彼女は昔……私がいじめていた内の一人だ。


中学生の頃、可愛らしくて大人しい性格から、よく彼女はモテていた。それが気にくわなかった私は、過激ないじめの末、不登校にまで追い込んだ。


その謝罪として……今回、三回目の訪問を行っていた。


一回目は門前払いされて、二回目は家に上がらせてはもらったけど、結局本人には会えず仕舞いだった。


だから三回目……今回こそ、私は本人に会いたい。


しかし……自己満足か。痛いところついてくれるわね。私も正直、その通りだと思っている節はあるもの。


「君が訪問して、優奈に謝罪したからって、彼女が部屋から出てこれるようになると、君は本気で思っているのか?」


「……………………」


「本気でないなら、そんな無意味なこと止めるんだな。こちらとしても、不愉快なんだよ。謝るくらいなら、最初からそんなことするなって話だろ?」


「……………………」


ピリピリとひりつくような空気感を、私は肌で感じていた。激昂されて、モノを投げつけられてもおかしくない……そんな緊迫した雰囲気だった。


だけど私は……そんな中でも、勇気を振り絞って口を開けた。脳裏にアキラとミユの顔を思い浮かべながら、二人に向かって告げた。


「……私の行動が、自己満足であることは自覚しています。この謝罪が……彼女の気を晴らすことになるかどうかは、私にも分かりません」


「……………………」


「しかし……私は今まで、この自己満足的な謝罪すらする気がなかった。いじめられた奴はみんな弱くて、バカで、引きこもるしか脳のない凡人たちだと……。そう見下していました」


「……なんだと?」


旦那の方が、額に青筋を立てて私を睨んだ。私はその眼から視線を逸らさずに、汗ばんだ手をぎゅっと握り締めて、さらに話を続けた。


「でも、私はもうそんな風に生きたくない。違う生き方を選びたい。もっと……もっと優しくなりたい」


「……………………」


「だけど、何が……どんなことが優しいことなのか、私はまだイマイチ分かりません。だからまず彼女に……私が傷つけてしまった優奈さんに、謝らせてほしいんです」


「……………………」


「優奈さんに殴られてもいいです。蔑まれて、見下されてもいいです。それで彼女の気が晴れるなら…………甘んじて受けます」


そうして、私は眼をぎゅっと閉じて、頭を下げた。自分の中にまだ燻っている、強気なプライド……『誰が他人に頭など下げるか!』という、不要な驕りを捨てるため、私はしばらくそのままの体制でいた。


「……………………」


しばらくの間、二人からの回答はなかった。私のことをただじっと見つめているばかりだった。



プルルルル、プルルルル



不意にその時、携帯の着信音が鳴り響いた。それは、妻の方の携帯だった。彼女はすくっと席を立ってその場から離れ、声を潜めて「もしもし?」と話していた。


「……え?でもあなた……。本当に?だけど……………でも……」


彼女は何やら、困惑気味に電話の相手先と話していた。そして時折、私の姿をチラチラと眼の端に盗んでいた。


「……そう、わかった。じゃあ、彼女に上がらせるわよ?うん、それじゃ」


そして、5分ほど経って電話を終えた彼女は、旦那の横に立つと、耳元でひそひそと囁いた。


それを聞いた旦那は、怪訝な顔をして眉をしかめ、「大丈夫なのか?」と一言告げた。


「本人は、大丈夫っていうか、むしろ来てほしいみたいな感じで……」


「……………………」


「私も何度か止めたんだけど、どうしてもって」


「……そうか」


二人は私の方へ眼を向けた。そして、旦那の方がひとつ咳払いをした後に、こう言った。


「……今、二階にいる優奈なら着信があった。君に部屋まで来てほしいとのことだ」


「…………!」


「俺たちとしては心配なところだが……本人の希望とあっては仕方ない」


「……………………」


「言っておくが、くれぐれも細心の注意を払ってくれよ。何かあの子にしでかしたら、すぐにでも追い出すからな。二度と会わせないし、ウチの敷居も跨がせない」


「……はい」


「あの子の部屋は、階段を上がって突き当たりにある」


私は二人に頭を下げて、二階にある彼女の部屋へと向かった。


ぎし、ぎしと、階段や廊下がきしむ度に、私の心臓もざわざわと揺れる。


「……………………」



コンコン



部屋の前に立った私は、静かにノックを行った。すると部屋の中から「どうぞ」と、か細い声が聞こえてきた。


(先生に呼び出される時の比じゃないくらい……緊張するわね)


汗で濡れた手をハンカチで拭って、なんとなく髪を整えた私は、「失礼します」と一声かけてから、ドアノブに手をかけた。


ギィ……と扉を開くと、散らかった部屋が目に飛び込んできた。お菓子の袋やカップラーメンの食べ残しなどが机の上に散乱してて、床には脱ぎ散らかした服や読みかけの漫画本で溢れていた。


当の本人はベッドの上に三角座りをしていて、私のことをじっと見つめていた。


「……………………」


随分と……やつれているわね。


当時の面影は確かにあるけれど、それでも変わった。髪はもう、腰まで伸びていて、四角いメガネの奥にある瞳は、どんよりと淀んでいた。


「散らかってて、ごめんなさい」


彼女の第一声は、それだった。私は「いえ、別に」と言いながら、部屋の扉を閉めた。


「……………………」


「……………………」


しんと静まる空気の中、私はまず何をするべきか迷っていた。


いきなり謝るのがよいのか?それとも、少し打ち解けあうための雑談が必要なのか?


(チアキかアキラに、前もって相談しておくべきだったわね)


胸の中でなんとなくそう思っていた時、意外にも彼女の方から私へ言葉を告げてきた。


「どうして、今さら謝りに来たの?」


「え?」


「私をいじめてたのは、中学一年生の頃……。あれからもう、五年も経ってるっていうのに」


「……………………」


「あの湯水さんが……謝りに来るなんて、考えられない」


「……そう、よね。いや、それは正しい疑問よ。確かに昔の私なら……一生、ここには来なかったでしょうね」


「……………………」


「……でも、私は…………」


「……私は?」


「……そういう生き方を、止めたいなと思ったのよ」


「……………………」


「今さら虫のいい話なのは分かってる。私が謝ったところで、あなたが引きこもってた五年間が戻ってくるわけじゃない。それは本当に……本当に、ごめんなさい」


「……………………」


「……必要ならば、私を殴ってもらっても構わない。召し使いとしてコキ使いたいなら、それでもいい。とにかく、何か……罪滅ぼしになれるものがあれば……」


「……それは、なんでも言うことを聞いてくれるってこと?」


「……………………」


「じゃあ、湯水さん……ひとつだけ、お願いがあるの」


「お願い?」


優奈は、こくんと小さく頷いた。


「あなたをここへ呼んだのは、そのお願いごとを聞いてもらいたくて」


「……どんな、こと?」


私は質問と同時に、固い唾をごくりと飲んだ。どんなえげつない要求が飛んでくるだろうかと……その不安と恐怖に負けて、今すぐ逃げ出しそうになった。


「……………………」


優奈は、視線を私から外して、うつむいた。そして、唇を噛み締めて……ぶるぶると肩を震わせて泣いた。


(な、なに……?)


どうすればいいのか分からず、ただその場に私は立っていた。優奈はぐすぐすと鼻をすすって、こう告げた。


「……湯水さんって、処女……?」


「え?」


突然、全く予想してなかった質問に、私はまたもや困惑させられた。


「湯水さんって、処女なの?それとも……経験済み?」


「……まあ、それなりには」


ここはもう、濁すしかなかった。アキラのことを犯したなんて話したら、絶対話がこじれるに決まってるからだ。


初体験が逆レ◯プって、相当酷い話よ……。本当に、ミユに刺されても文句言えないわ。


「……湯水さんの、その初体験、幸せだった?」


「……いや、まあ。そうね。独りよがりではあったけど」


「……………………」


「なに?それが一体、どうしたっていうの?」


「……羨ましい」


「え?」


「…………ねえ、お願い湯水さん」


優奈は、心の底から懇願する眼で、私のことを見つめて言った。






「パパを、殺して」

















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